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No.3125 平和とは

2019.05.31

 令和の時代を迎えてマスコミも国民も異口同音に語る希望は「平和な時代」が圧倒的に多いように感じました。平和に対峙するワードには戦争がすぐ思い浮かびます。したがって、頭に「戦争や災害のない」という言葉がつくようです。それはそれで平和の在り方を大きなくくりで捉えたものと理解します。
 最近あまり耳にしなくなりましたが、政府に大小を問うことが流行した時期がありました。同様に平和にもそれに近いニュアンスのものがあるのではないかと思うのです。つまり、戦争だなんだという前に、平和に結び付くワードに日常という言葉があるのではないかと。身近な日常に小さな平和があって、それが小さな幸せに結び付いている。日常が満たされていれば、それは個人にとって幸せ=平和を意味するのではないか。屁理屈のようでもありますが、まさに平和とはそんな日常にあるはずです。
 川崎市登戸の通り魔事件は亡くなられた方にとって突然降りかかったおぞましい人的災難であり、なんとも無念な出来事です。他人の未来をないがしろにし、命を道連れに弄ぶ事件が、再び社会を震撼させたのです。ご遺族にとって憤怒の矛先も無くなってしまった結末はどうにもやりきれない心境のことでしょう。亡くなられた方は勿論のこと、ご遺族にとっても長い年月平和な感覚を取り戻すことは出来ないものとお察しします。
 慎んでご冥福をお祈りいたしますとともにお悔やみを申し上げます。
 今後は、小中校児童の安心安全な平和の維持は「door to door」で守らなければならない時代へ向かいそうな予感がしてなりません。 
 池田小事件、秋葉原事件、土浦事件、取手駅事件などなど。他にも車を意図的に凶器に用いた事件も数多くありました。相模原の介護施設大量殺人、サリン事件、和歌山の毒入りカレー殺人・・・・こうした事件が終わりを告げない限り、身近な平和を安定的に得ることは難しいと理解すべきなのでしょうか。小学校の運動会で複数の警察官が場内を歩く姿は異様です。その光景を見るだけで平和な感覚を有することは出来なくなりました。

No.3124 想像にない灼熱の北海道

2019.05.27

 昨日は確かに暑い一日でしたね。5月の時点で熱中症による死者が出るとなると、これからの数カ月、いったい日本列島はどうなってしまうのだろうかと気が重くなります。なにしろ、昨日は史上最高歴史的な気温が各地で示されました。なんといっても、北海道佐呂間町の39.5℃には驚きました。反面、襟裳町では14℃台だったというのですから、いったい、この25度の差はどう理解したらよいものやら。
 多くの人がいうところでは、北海道は5月から6月、または9月頃に訪れるのが最高だとか。しかし、灼熱地獄の北海道を思い描くことは通常ありませんし、困難な想像です。まして、日により、土地により気温差が大きいとなると落ち着いた旅にはならないこと必死です。事実、今朝の佐呂間町は10℃程度で昨日より30℃も低いといいます。
 伝統、慣習、風習、思考性、価値観などがあるゆる状況下で変化が認められる時代にあって、自然現象もこれほどまでに移り変わる様は日本だけのことではないはずです。気候変動も結局は人間がもたらした結果と考えると、文明開化以降の人間社会は随分と罪作りなことに時を費やしたものだと感じます。これでもかこれでもかの生活向上を求める人間の欲望の輪廻は、猛威をふるう自然現象を生み、人命をも奪う地球にしてしまったと理解すべきなのでしょうか。
 少し、話が大きくなりましたが、要するに自然災害も元をたどれば人災ではないのかと思えてならない昨今です。
 今日は、午後から全員協議会があります。執行部からの報告があるということです。

No.3123 会派変更

2019.05.24

 暑かったですねー! とは言え、エアコンをつけるまでには気持ちが向かなかったのは湿度がさほどではなかったからでしょうか。しかし、ニュースでは24度程度で熱中症の気配にまで襲われる可能性を報じていましたので、これからの陽気変動にはくれぐれも用心用心といったところです。 

 幸手市議会では新議会最初の定例議会の前にもかかわらず会派に異変が生じたようで、自民党会派の藤沼・木村のお二方が会派を解消したということです。こうした内容はたとえ裏事情の詳細を知っていたとしても、それを明らかにすることはそれ自体が問題にもなりかねませんので、あくまでも事実だけをお伝えします。というと、小生が詳しい状況を知っているようですが、そのあたりは読者のご想像にお任せいたします。
 それにより、議会運営委員会から自民党会派がいなくなるという一般的な感覚としては「いびつ」な議運になってしまいました。これで議運は5名で運営されることになります。あらためてご紹介しますと、

■議会運営委員会委員長・・・本田議員(新政改革)
■議会運営委員・・・・・・・小林英議員(新政改革)
■  〃   ・・・・・・・武藤議員(幸手市政クラブ)
■  〃   ・・・・・・・四本議員(公明党)
■  〃   ・・・・・・・大平議員(共産党)

 分裂した自民党会派は木村議員が単独で名乗りますが、公党会派でも一人では議運には入れないということになっているということです。小生の市議時代とはこの点変わったところです。藤沼議員は無会派単独という立場で、小生や坂本、青木の各議員と同様になります。
 幸手市議会のこうした状況は、多少の経験がある小生にとっても皆目理解しにくいとしか言いようがありません。なにせ、まだ議会人事を中心とした臨時議会しか開かれていないのですから。

No.3122 非常識が議員になってる

2019.05.24

 前号で書き忘れましたが、前々号でお伝えした地域の思いやりが一部欠落していることへの同意のメールをいただいてます。それには、私が書いた事実は思いやりという気配りのレベルではなく常識の範囲だというご意見もありました。悲しい話ですが確かにそうかもしれません。
 そういえば、国会議員が大衆の模範になるというのは、もはや捨てるべき格言になりはてました。尊敬できる人物がいるにしても、それすらも解消したくなるほどの体たらくな国会議員が目立ちます。もっとも、有権者が選んでいるのですから、いったい何を理由にその名前を書いているのか聞いてみたくなります。
◆丸山穂高氏・・・氏を付けるのもはばかられるが、彼の発言には驚くものが多すぎます。「北方領土は戦争しないと取り戻せない」「女を買いたい」「国会議員には不逮捕特権がある」バカか!と思うほど稚拙な人格を披露しているこの30代の若者が社会にもたらした不浄な言動は重い!国会議員としてのものゆえ重すぎるのだ。小泉チュルドレンで名を馳せた杉村太蔵元議員も、当選時に「新幹線がタダで乗れる」とか「高級レストランで食事が出来る」といったようなことを発言し、顰蹙をかったが、丸山氏のそれと比べたら期限付きで許せる範囲でしょう。丸山氏の発言は不問に付すわけにはいかないし、期限が来れば許せるというものではありません。人格に問題ありです。
◆山尾志桜里氏・・・国会中に無届けで外遊。本人は「届けを失念していました。アメリカの政治経済の実態を視察に出かけました」と。これで済んでしまうのだから気楽なものです。脛に傷持つ議員が他にもいると考えれば、さほど責められずに済むでしょう、きっと。一昨年暮れの選挙でもプライベートでの問題を振り切り当選した山尾さんですが、考えたら地元意識で投票した有権者もすごいものだと思います。実際は、振り切ったのは有権者だったということです。私が、この議員に好感が持てないのは元検事にあるまじき問題性を有する人間ということと、国会発言がエキセントリックでやたらと恣意的に感じるからです。もっとも、立憲民主党の女性議員にはこういうタイプが多いようです。


 常識か思いやりか? いずれにしても国や県とまでは言いませんが、優しさが息づく地域であってほしいと思います。

No.3121 一般質問

2019.05.23

 せわしない日々が続く中、今日は一般質問の通告期限日でした。8年ぶりのことでしたので、少々勝手が違いましたが、無事通告することが出来ました。
質問の内容は次のようなものです。

1.デマンドバスについて
2.消防組合西消防分署の廃止計画について
3.学校給食費の公会計化について

 聞きたい事、言いたいこと、とにかくいろいろありますが、一般質問はあまり手を広げるとアブハチトラズになるので、せいぜい3項目、発言の構成構想次第では5項目までが可能な範囲です。そのために、過去の議事録を確認するなどしたところです。
 県議会ですと冒頭30分程度の範囲で8項目程度を質問の対象に選定し、それぞれ800文字から1000文字でまとめたものを通告します。当初質問でそのすべてを発言し、知事ないし部長級による答弁があり、再質問となりますが、再質問に至る確率は少ないのが実態です。およそ市議会とはまったく異なる形式となっています。また、議員が90人もいるので質問機会は年に1回程度しかありません。
 それに比べて、内容が市政に限られますので規模という感覚では物足りなさもありますが、中身はより具体的な日常が含まれることと、毎回できる市議会はその分やりがいがあるのは間違いありません。久しぶりのことですがどうなりますやら。質問はおそらく6月6日の出番になるかと思います。

No.3120 地域の思いやりはどこに?

2019.05.17

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 今朝はこれまでにない快適な五月晴れでした。一年中こんな陽気なら最高なんだがなーと、つい独り言を口にしてしまうほど素晴らしい朝。大規模営農者の田植えはまだ続いていますが、遠目に見る風景も漲る水が陽に映え、この時期の風景が醸し出す感覚にうっとりするほどです。里の原風景は全国各地に素晴らしい名所がありますが、我が郷土のそれも若干ひいき目としてもなかなかのものがあります。
 そんな感覚に浸る間もなく、今朝のスクールガードで今日最初に通過した班の3年生が「枝久保さーん、○○がうんこ踏んじゃったんだよー」するとその後ろを歩く当の本人が「枝久保さーん、どうしたらいいんですかー」と。
 この言葉のイントネーションに独特なものがあるので雰囲気を正確に伝えるのは難しいのですが、最初の言葉は面白半分、からかい半分で、本人は腹だち、ふてくされ、恥ずかしさが入り混じると言えばわかりやすいでしょうか。

 問題は、やはり糞を放置したままにするペット管理の在り方を問わねばなりません。こうしたことがきっかけで「いじめ」が発生することもないとは言えません。この班の場合は心配ないと思いますが、学校に行っても話題になることは十分考えられます。そう考えると、飼い主の無責任さは小さくありませんし、そもそも犬を飼う資格はないと言うべきでしょう。
 昨今の犬事情は大型犬から小型犬に傾向が進んでいることもあって、糞の始末が簡単になったようで、放置糞を見かけることが少なくなりました。しかし、今朝のような状況で子どもが被害を受けることもあります。健康ウォークに励む高齢者だと踏んだことすら気が付かないかもしれません。そう考えると、地域住民間の最低限の気配りは発揮してもらいたいものです。それが思いやりというものでしょう。

 肝心の子どもの訴えに「落ち葉の塊でゴシゴシして、土のある場所に行ったら、そこでまた同じことをしなさい」と言うのがやっとでした。
 「わかったー」と返事があったので、とりあえず理解してもらえる回答にはなったのかもしれませんが、最適な回答だったかどうかを思うと心残りです。

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