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No.3895 校内暴力いや校内犯罪? 

2026.01.10

 前号に関してネット投稿がかなり増えているようです。私も真岡市以外の学校で発生している動画をいくつか確認しました。広島県の早鞆高校、熊本県の矢部中学校、大分県の大東中学校等々で、まだ他にもあることがわかっています。こうした事案が露見するたびに言われることが「氷山の一角」という表現ですが、言い得ていると感じます。確認したほとんどの中身は、既に大人並みの体格と筋力を備えた生徒が加減をすることなく相手に襲いかかっているという見るに堪えない光景です。感じるのはまるで何でもありの総合格闘技K1を見ているようです。パンチや蹴りで倒れた相手の腹や後頭部を蹴りまくり、馬乗りになって顔面を殴打するという忌まわしいというか、これはもう犯罪そのものです。
 加害者への批判の行き過ぎは訴訟の対象になるという投稿もあると前号で書きましたが、これとさして変わらない弁明をしているのが、ある当事者学校の教育委員会です。どういうことかというと「行為自体は良くないことと思うが、加害者を動画にさらすことはいかがなものかと思う」と語っているのです。加害者を庇うコメントが謝罪会見の場で出される状況ではないと思いますがいかがなものでしょうか。そもそも動画の撮影者は暴力生徒の仲間と考えられ、それをネットに投稿するのは面白おかしく感じた結果ではないかと思います。教育委員会は、被害者側家族の心理やこの後に襲われるかもしれない被害者本人のPTSDや不登校事態への危惧を慮るのがまず最初でしょう。
 いじめ問題が発生するたびに、多くの自治体教育委員会が発する方針は、及び腰の対応です。何に対して及び腰になるかと言えば、自らの立場とメンツの保持が揺らぐことへの不安なんだろうとしか思えません。
 いじめもここまでとなると・・・もはや犯罪です。思い出すのは、昭和64年に足立区で発生した女子高校生集団暴行コンクリート詰め事件です。大宮から幸手に越してきた年なので深い記憶として残っているのですが、この時から私は常々少年法の改正が必要だと思ってきました。
 2000年に刑事処分の可能年齢が16歳から14歳に変更改正されています。この改正の原点になったのが前述の事件だったと記憶しています。そして、3年前の2022年に再度の見直しがされましたが大きな疑義の残る改正でした。なぜなら、成年の年齢が18歳になり権利と義務責任が示されました。が同時に18歳と19歳が特定少年として扱われることになったのです。不思議ですよね、18歳が成年と見なされることになったにもかかわらず特定少年にも定義づけられたというわけです。さらに、起訴されない限り健全育成の必要性から実名報道はされないことに。現実には今回の中学校の事案では暴力生徒の名前を伝える投稿があり、法と実態の乖離は当たり前のような状態です。
 ともあれ、いじめは小学生まで、中学以上は校内暴力と表現を定義づけるべき状況になっていると思う次第です。あの暴力は死に至らないと誰が言えますか!ということです。
 不適切にもほどがあるというドラマが話題ですが、まだまだ世の中不適切なことが多いようで。

No.3894 嘆かわしいいじめの実態 

2026.01.09

 教育の未来というコラムの書き込みは久しぶりです。
 SNSで投稿された栃木県真岡市の高校で起った暴力事件は、拡散された結果、当然のように大問題になっています。トイレで行われた暴力は、パンチ、頭蹴り、パンチの3連発が力づくでふるわれた陰湿な暴力です。しかも、「はじめ!」とかいう声がかかってから行われていますが、事実は一方的なもので、加害者は怒っているというより楽しんでいるように見えます。その他にも同校での暴力動画があり、それは体格の違いがあきらかでほぼ一撃のパンチで被害者は倒れています。
 不思議なのは、これが撮影されていたことと、ネットに流されたことです。
 すると、これに続く形で大分県の中学校でのいじめ暴力が動画投稿されていたようです。これを確認することは出来ていませんが、双方の教育委員会はすでに謝罪をしています。
 この動画を問題視して、自然の流れのように批判の投稿が散見されることになりましたが、批判そのものが誹謗中傷として訴訟の対象だという見解が見られるのはいかがなものかと感じます。確かに陰湿なものは逆批判があってもしかるべきかもしれませんが、こうした場合、誰が訴訟を起こすというのでしょうか。加害者の親ですか、それとも教育委員会ですか。そんな思いがしてなりません。

 不登校が増え続ける現状に悲しい想いが抜けず、その原因をあれこれ考える中、箱根駅伝での黒田朝日くんを始めとする選手たちの走る姿に感動させてもらったこととのギャップがどうにも埋められずにいます。「人の心や身体の痛みを理解できない若者を増やさないための防止対策」は幼稚園に入る前の家庭教育、家庭環境に原点があると思います。つまり、私が常に思うところは、家庭教育における幼児期のしつけが人間教育の大前提時期として欠かせないということです。人の心や身体の痛みをどうしたら理解させることが出来るのか! 難しい問題です。
 その後の在り方としては明るい家庭環境も大切でしょうし、子は親の背中を見て育つということも欠かせない格言だと思っています。

No.3877 インフル大丈夫?

2025.11.21

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 インンフルエンザの脅威が身近なものになってきています。全国的にはとくに5県での感染が多くなっているということで、埼玉県もその一つになっているようです。今朝のスクールガードでも、4つの通学班のうちの一つがまったく姿を見せませんでした。今週に入って28人学級で7人が休んでいるクラスがあると聞いていたので、もしかするとと思っていましたが、既に休校クラスが出ている可能性を憂慮しています。
 今日は午後に毎年恒例の長倉小感謝の会が開催される予定になっていますが、子どもたちとの交流のお楽しみがどのようになるのか期待と心配の想いでいます。
 また、本日は6月3日に野球歳(89歳)で亡くなられたミスタプロ野球長嶋茂雄さんのお別れ会が開かれます。参加したいと思っていたのですが、もちろん地元行事を優先するのは言うまでもありません。

No.3876 不登校を考える

2025.11.19

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 政治活動のテーマには議員個々の想いが繁栄するのは当然ですが、私の議会における言動の多くは子どもの未来に重点を置いてきました。それは国家体制の永遠の安寧を築くには、子どもの健全な成長が欠かせないという理念によります。
 ということから、いじめ、虐待、不登校といった解決困難な子ども社会の問題に加えて、大人まで巻き込む状況にあるSNSも新たな問題となっています。
 そうした中、昨日の読売朝刊に記載のあった人生相談が目に尽きました。
とくに申し上げることはありませんので、ご覧いただければとだけお願いしたいと思います。同時に本年6月の記事についてもあらためて読んでみたところなるほどといった感を持った次第です。
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No.3812 2日目からの1年生の変化

2025.04.11

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 今号は前号の続編みたいな内容になります。
 9日の初登校ではご両親に甘えてグズッていた新1年生でしたが、2日目の昨10日は、別人のように変化して、私の持っている黄色旗に笑顔でいたずらっぽく触るなど気持ちがほぐれて少しゆとりが出来ていました。班にも素直に並び入って後ろを振り返るでもなく歩いて行きました。
 そして今朝ですが、私の姿を見るなり手を振る仕草も出ていました。お母さんに下校はどうだったですか?」と聞くと「学童なんです」と。「あれ、最初から学童なんですね」と返すと「はい、お兄さん、お姉さんと遊ぶのが楽しいみたいなんですよ」「そりゃあいいやー、いいね、優しいお兄さんたちで」というと、ニコッとした笑顔が返ってきました。
 さらにお母さんが「今日から給食なんですよ、ねー」と少しお母さんが不安そうに。「そうなんだー、美味しい給食しっかり食べようねー」と声かけると、それには無反応でした。給食の意味そのものがわかっていないのかなとも思いましたが、おそらくわいわいとみんなで食べる姿が目に浮かびます。
 ということで、小1の壁も大人の側の取り越し苦労といった一面があったように感じる次第です。親御さんにすればまだまだ先は長いと思いますが・・・。
 それと前号で中1の壁の事を書きましたが、実際は「中1ギャップ」というのが正しい用語だと思い出しました。訂正させていただきます。

 さて、今日は12の市で構成する県第4区議長会の総会が10時半から会長市の三郷市で開催されます。まだまだ議長公務が予定される4月~5月です。

No.3811 入学式と小1の壁

2025.04.10

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 8日は市内小中学校の入学式が行われました。毎年のこととして、新入生の姿に微笑ましさを感じる入学式ですが、中には不安な気持ちを隠せない子どももいて、始めて会った先生や仲間たちに一体自分はどうしたらいいんだろうといった様子が垣間見えるのも常のことです。
 今朝のテレビで、小1の壁というのを伝えていましたが、なるほどと感じた次第。と言うのは、昨日9日の最初の登校日のことです。いつものようにスクールガードで交差点に立っていると地域内の1年生が、まだ班構成のメンバーに入らない状態で両親に連れられてやってきました。そして、班がやってくると親御さんが手を放して「イッテラッシャイ」とやり過ごそうとするのですが、当人は行きたくないといってベソをかいて手を放そうとしません。あれあれと心中感じながら行けるかなと思いつつ「大丈夫だよ、学校行ったらお友達が沢山いるから仲良く出来るよと声をかけるのですが、しばらくはご両親もどうにもできず、手を放そうとするのですが、子どもが応じない状態が続きます。ようやく班に引きずられるように一緒に歩行を始めましたが、後姿は明らかに不安な感じが目いっぱい出ているのです。
 お母さんは陰に隠れて、お父さんは私と共にしばらく眺めていたのですが、これは大変ダナーと思っていたところの今朝の小1の壁報道です。
 さて、今日はどうか。数年前には中1の壁というものがありました。今でもあるのかどうか確認していませんが、環境の変化に即ついていけない子供がいるのは社会として理解しなければいけないと思いますが、どうしたらいいかというと、なかなか本人の心の問題ですから難しいとも感じます。
 入学式の時、校長先生から聞いた話では、入学式に出ることを渋るお子さんがいたので、先生が説得に行ったとのことです。それで、私が出席した学校では全員が入学式に出たとのことでしたが、小学生になることを、誰もがワクワクし、楽しみにしている訳ではなく、辛く悲しい思いをしている子がいるという話に、なんと言っていいやら心が痛むところです。
 下校時はどうだったのか・・・?
 両親共働きという世帯が多い今、子どもの登校見守りに時間を割けない家庭が多いので、登校時間を早めようとの声があるそうですが、これは教師の立場にすればどうだろうかといった問題もあるでしょうし、さすれば、地域のこどもたちとの登校ではなく、車で送ってしまう親御さんも出てくるだろうし、なかなか事態は複雑だなーと感じるんですね。
 さて、登校2日目はどうでしょうか。

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