まだ、なりを潜めているかのように静かな天空。明日3日からどれほど荒れ狂うのかと思うと不安は拭えません。既に幸手市では、市内10カ所に緊急仮設排水ポンプを配備しました。また明日は小中学校の休校が早々と議会開会時に連絡されました。既に市ホームページにも掲載されています。
荒れ狂うと言えば、人心もクマも荒れ狂っていますね。今朝のニュースで驚いたのは、60代のケアマネージャーが刃物で切られ失血死させられた事件。そのニュースに接した瞬間、思い出したのがしばらく前にあった保護司を殺した事件です。面倒見てもらっていた保護司さんを殺したという仁義なき殺人事件でした。
犯罪者の更生は、その犯罪の大きさや種類に関わらず、なかなか難しいものがあるということでしょうか。麻薬でも万引きでもギャンブルでも依存症から抜けられず常習的行為に進んでしまう場合があるという。人の為に尽くす立場の人が、裏では悪人だったというのはテレビドラマの話で、逆に、実際にそうした立場の人がその相手に殺されるなどは、怒りを通り越して虚しさ、はかなさで胸がつまります。ケアマネが殺される対象になるとは・・・。
そして、今日夕方のクマ報道。福島県のある民間会社の門先に入ってきた人のすぐ後からクマが・・・人を追い回し、4人もの人がケガを負ったそうです。画面には信じられない光景が。最初の被害者に後ろから抱き着いたとき、クマの大きさに驚きました。完全成獣しかも肉食獣が住宅地をうろうろするとは、女性や子どもだったらどうすることも出来ないと感じるほど圧倒的なクマの存在です。これでは街を気軽に散歩も出来ません。
そういえば、つい先日のこと。幸手市南3丁目で発生した交通事故、いや交通犯罪により、散歩していたご夫婦の後ろにいた奥様が無免許飲酒運転の22歳によって轢かれ命を落とされました。まったく、栃木県上三川の事件もそうですが、今どきの青少年のモラル道徳は一体どうなっているのやら。クマにはモラルも道徳も通用しない話ですが、怖いのはどちらか? 人は成長過程で精神鍛錬の場はあると思いますが、我が子をぶてば犯罪の時代ですから難しい点はあります。新時代の依存症にスマホがあります。スマホっ子は関心しません。スマホには子ども心をワクワクさせる良からぬ情報が際限なく送り込まれていますから。情報の良し悪しを判別できるかどうかですし、部屋に引きこもってスマホにかじりつく生活はさせるべきではないと感じますが、厳しいでしょうか? 子どもは外で遊ぶくらいでないと。と言っても、東北では子どもを外に出せない事態ですから親の悩みも新時代に突入です。
最後に、本庄市でクマらしき生き物を見たというのは間違いだったと本庄市がコメントを出しました。これがもしもクマだったとしたら、熊谷、行田、羽生と利根川伝いに関東平野に縄張り拡張をしてくるのはそう遠くないとおもいましたが、ひとまずヤレヤレといったところです。渡良瀬遊水地のクマ目撃情報はどうなったのでしょうか。
記事一覧
No.3947 モラル道徳の醸成を!
No.3945 ドレスコードの是非
![]()
埼玉県議会では、6月定例会からドレスコードが無くなりフリースタイルでの出席が可能になるとのことです。ジーンズ、Tシャツもオーケーだといいますから、議場の雰囲気も一気に変わることでしょう。
これは着る側、見る側にとって、いいか悪いかより、好き嫌いの観点が優先することになるでしょうし、似合わないのに好きであればジーンズを着る議員も出てくるでしょう。そもそも、全国的には和装はもちろん、作務衣、法衣、あるいは真夏のかりゆしなどが許される環境もあります。覆面すら職業的に必要だということで許可された例もあります。
しかし、視察や研修、国会訪問といった公的な場でジーンズやTシャツがいいかどうかは好みの問題ではなく、常識が優先されるべきだと私は思います。酷暑日が公用語になるほど異常な夏ですから、その改善策としてのことかと思いますが、基本的に議員は車通勤者が多く、議会につけば車を降りた瞬間から冷房下に入ります。公務外出の場であれば、まさにいろいろな人々との公的付き合いが生まれます。最低限のドレスコードはあってしかるべきではないでしょうか。議場に入る際や、公務外出の際、バッジはどこにつけるのでしょうか? 議員としての必需品のはずですが。
さらに、これが多様性文化を重んじるということであればいかがなものかと感じるのですが、私は古いのでしょうかねー?
幸手市議会も明後日開会の定例会からネクタイ着用は無用です。もとより、私は立て襟詰めのシャツが好きで、最上ボタンをしめることでネクタイの着用はせずとも良いはずと考えているので、ネクタイそのものはよほどのことがない限りしないつもりです。若い時はネクタイ当たり前のアパレルメーカーに勤務していたので、ファッション感覚はそれなりに身に着けていると自負していますが、ネクタイは若い時からけっして好きではありませんでした。かといって、まさか議会でジーンズやTシャツがオーケーになるとは思いもよりませんでした。
出来ることなら、膝のあたりにわざと穴を開けたようなジーンズは遠慮してもらいたいものです。フランク過ぎるのは議会のイメージに似合いませんし、市民感覚からすれば遊びにいっているイメージにつながるでしょう。子どもたちに対してもどうかなと思います。
ただ、ドレスコードは組織的にまとまる必要はなく、その時折の判断は個人が発揮することでいいと思っています。私個人で言えば、Tシャツ、ジーンズ、半ズボンは議会で利用しようとは思いません。
No.3936 日本が憂慮すべきこと
ありとあらゆる事象により、社会不安が増している近頃です。平穏無事な日が続く世の中が訪れることを願ってやみませんが、地球的にみれば領土拡張やエネルギー資源の争奪戦で国際社会は平和どころではありません。日本がこの80年いかに平和であるかと感じますが、米国の知識者によれば、左翼思想がひそかに底辺で日本の国家変貌を画策している状況にあるというのです。いや、変貌というよりは滅亡ということのようです。
これには、中露北の世界での公のロビー活動とは異なる秘密裏の工作員活動などが日本に対して活発化しているというのです。無くなったと言われて久しい世界冷戦は、実際には続いているといっても間違いないでしょう。ロシアでエリツィン、ゴルバチョフが作った政治体制はプーチンによって元の木阿弥。中国がそうしたすきをついて新たな覇権主義を貫いています。プーチンも習近平も半永久独裁体制を構築している状況です。そうした観点に目をやれば、日本にそれらの動向があるのは理解できる話です。表向きにはアメリカの動向に気遣いながらではあるにせよ、着実に日本の中に浸透させているのは間違いないでしょう。
著名な組織団体やメディアや出版社、放送局といった一流企業にそうした人材が入り込んでいるというのもうなずけます。能力自体が優秀なわけですし、公平・平等・温和・融和の精神では高いレベルを有する日本ですので、受け入れやすい土壌があるということなのかもしれません。
だからこそ、今高市政権で進めている国家情報局や国家情報会議の構想は、防衛という観点から求められているものと思います。
No.3933 知恩・報恩
![]()
前号の“一本の桜”に対してお褒めとも思える感嘆された様子のメールを複数いただきました。私自身もそうですが、何に感動を覚えるかは人それぞれですが何処に感動があるかわかりませんね。
最近、アクセスが80を超えるような日があることに驚いていますが、議員だから議会や街に関連する内容と思いつつも、それにこだわることをせず、エッセイとしてのブログ思考で内容構成をすることに、今回のようにホットするような言葉をいただくのでこちらの方が心安まる感覚になります。そして、必ずそこに書かれていることは頑張ってくださいという励ましの言葉です。有難いことです。
今号のタイトルは文字通り、受けた恩を忘れることなく、感謝の心を持って恩に報いるというものです。特に仏教用語を意図したわけではありませんで、通用語として、まさに議員であれば、その職の特性において、なったいきさつから維持・継続について多くの恩をいただいているという意味で忘れてはならない心根を言い当てた言葉だと思っています。一般的には人生の幾つかの通過点で恩人と感じる人は少なくないのですが、そうした感性は人次第ということもありますね。それがトドのつまりは人としての本質を示しているのかもしれません。そして、そんな過去を懐かしく振り返ることが多くなった現実は、私もそれなりに・・・ということでしょうか。
No.3917 閑話休題
![]()
にゃんにゃんにゃん・・・これは2月22日のことを言うのだそうですが、いつからそうなったのかは不確かです。私はどちらかというとネコ派ではなくイヌ派なので、少々不納得なのですが。とはいえネコも嫌いではありませんよ。以前、家内の実家には3匹のネコちゃんがいましたしね。
えー、何の話をしてるのかって? 実は昨2月22日は私の誕生日だったもので、いろいろな方からお祝いメッセージをいただいたわけですが、その中に先の話を書いてくれた方がいたのです。
日曜日ということもあり、例によってソフトボールの練習にいそしんだあと、ささやかな誕生日の夕食をふるまってくれたのですが、とくにプレゼントらしきものは数年前からありません。これは不満ということではありません。
まだまだ気持ちは若いし、体力的にも60代だと数値上ではなっているので、無理せず健康第一で行こうと自分に気合と注意を呼びかけて、また1年頑張ろうと思った次第です。来年は我が名の一文字を構成している喜寿になる予定です。さして喜ばしい感じはしないのですが。
No.3912 政治家と人間的魅力
![]()
おはようございます。いや、既にあの劇的選挙から5日経過しましたが、まだ余韻が残っていろいろな場面を思い出す状況です。政治家に限らず人という存在は、人間性、人格、人柄、思想信条等々いろいろな言葉で示される生き物ではありますが、それが選挙となるとあからさまになるところがなんとも言えません。まさに人それぞれであり、有権者から必ずしもリスペクトされる人ばかりではないことを強く感じます。
選挙の当落にあたってインタビューする著名人の思考や捨てゼリフ的言葉を発する落選議員のなんと多いことか。選挙は民主主義最大の民意集約のイベントであり、そこで示された国民の大意に対し、まずは謙虚に応じ、為すべきは自らの反省が優先されるべきなのに、逆に不満や対峙の思考が示される現実は、人としてどうなんだろうかと思えて仕方がないのです。
その代表がオールドメディアであり、今回破れた大物議員と言われる姿にも見られるし、政治思想を隠さない芸能人にも多々います。一つの例を示すと、開票後半途中で高市総理にインタビューした某漫才家はひどかったですね。「私が言ってるんじゃないですよ」と他責にして失礼な質問をする姿に、総理も呆れながら「意地悪やな!」と返したものの、そこで時間が来ましたと場面を変えるに至っては無礼も極まれりでした。もうお笑いですませる問題ではないと感じた視聴者も多かったのではないでしょうか。この局が反保守報道で有名なTBSだったのでなるほどと理解するより、またか!という怒りが生じたのは言うまでも在りません。政治の劣化はこうしたところに原因があるように想えてなりませんでした。
人間が、その欲を隠さない事象には金銭と異性が2大対象で、それはありとあらゆる現実に発生する事件の根本にあることは間違いありません。ドラマの世界では、とくに政治家が利権の裏で暗躍し、最後にはその悪意が壊滅する結末で終わるドラマがなんと多いことか。残念ですが、政治の世界とはそもそもそういうものなのでしょうか。地方議会でも行政職員を恫喝することで存在感を示すという、議員の立場を誤解する現実が引きを切らない状況です。
高市政権にはそれを感じさせない清廉潔白な雰囲気が漂っています。これからは、高市政治に反目する党内の媚中利権左派一派との戦いが、それを裏で支えるメディアを含めて高市政治の闘いが始まるのです。
三ツ林裕巳衆議院議員は温厚で謙虚な人柄を発揮し、高市政治のど真ん中で働いて働いてもらえるはずです。謙虚さは強引さと異なり官僚と良好な関係を構築するのに欠かせない人柄要件ですから期待の目で見守りたいと思います。三ツ林議員の人脈、絆、経験、そして地元愛による政治がスタートします!
ページ移動
- << PREV
- NEXT >>

















