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No.3640 ブラボーNippon!!

2022.12.02

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 前夜9時半に床に入って4時起きでスペイン戦を。同じような方が少なくはなかったはずと勝手に思っていますがどうだったでしょうか。
 ドイツ戦同様に前半戦は戦況低迷だったが、後半戦に入って選手を2人入れ替えたと同時に、立て続けの逆転2ゴール。時間が時間ゆえこぶしを振り上げはするものの声をひそめて歓喜、よくぞ決めてくれた堂安、田中の質の異なるスーパーゴール。
ファイル 1567-1.jpg ファイル 1567-2.jpg サッカーは見るだけの素人ゆえに知ったかぶりの評論をする資格はないが、ドイツとスペインを打ち破っての決勝トーナメント進出は、まぐれでも何でもない、ただただ日本の実力を証明するものという実感を持たせてくれた。
 コスタリカ戦後は、SNSで心無い誹謗中傷があふれた現象は、現代社会の怖さを感じさせるが、基本は結果が出るまで静かに見守るのが真のファンだと思う。その結果は、まずは第一段階の決勝トーナメント進出だったはずなのだから。

 今回も、前回同様に現地の日本人サポーターの試合後のゴミ処理や選手のロッカー清掃が世界中から感心と驚異を持たれている。まさに日本的マナーが異質に想えるほどの感動を与えている。それは森安監督の試合中の態度が多国の監督のような感情的な動きとは異なるものを私は感じている。インタビューでも純真な人柄を常に感じさせてくれる人だ。
 とくに、攻守があっという間に入れかわるサッカーというスポーツは、その都度感情が揺れる特性があるのは理解するとしても、負けてがっかり、一番悔しい想いをしているのは、監督と選手なのは間違いないこと。当事者への誹謗中傷は日本人の心根が世界に感動を与えていることとのギャップがあることに残念な思い以上に悲しさを覚える。うがった言論の自由が行き交うSNSが持つ負の特性が無くなることは残念だが難しいのかもしれない。

 さあ、16強入り後のトーナメント1回戦はクロアチア戦だ。前回の準優勝国だったと思うが、ベスト8入りを目指して日本サッカーの歴史を変えてもらいたいと祈りをこめて見守りたい。誰しもがとまでは言わないものの、多くの人が監督になったつもりで見てしまうのかもしれないが、選手起用を結果が出てから批判するのはどうかと思う。すくなくとも、心で思っても文字で広めることがあってはならない。
 とにかく、勝敗に関わらずいつでもお疲れ様という言葉を捧げる準備を心根に観戦しようと思う。ただ、試合時間を歓喜の瞬間に声をあげられる時間にしてもらいたいものだ。どうにかならないものか。

No.3600 青春は密

2022.08.23

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 全国の高校野球ファンを魅了した甲子園大会は仙台育英の優勝で、東北勢に初の快挙をもたらして終わった。数年前の花咲徳栄による埼玉県勢初の夏の大会優勝を思い出している。
 今年は各都道府県代表を勝ち抜いてきたチーム同士の戦いながらも一方的な大差がつく試合を何試合か見かけたが、あの酷暑の中での試合は育ち盛りの選手たちにとって若さだけで乗り切れるものでは無かっただろう。ましてやコロナ感染者が出たことで厳しい状況に置かれたチームもあった。

 仙台育英の須江監督の言葉が心に染み入る内容で、聴く側がもらい泣きするほど感動的な挨拶だった。あふれる涙をぬぐいなら全国の高校生に思いを馳せた「青春は密」という言葉は暖かい愛情に満ち溢れた言葉で、有終の締めくくりとして最高の感動となったのは間違いない。
 私も過去ブログで何度か書いたこととして、今の10歳から22歳くらいまでの年齢の人は、コロナによって抑制した期間を送らざるを得ず、2度とない青春時代を密に過ごすことは叶わなかった。旅にも行けず、スポーツ観戦も出来ず、文化祭も無く、海外留学も叶わずといったように、学校生活はもちろん生活全般について感性豊かな青春の密とはかけ離れた時代を経験した。そうした思いを須江監督の涙と言葉は大いに癒してくれたのではないだろうか。

 ところで、いつの頃から優勝チームのインタビューがグランドで行われるようになったのかは記憶にないが、選手のインタビューまで必要なのかと感じたがいかがなものだろうか。選手への対応は皆平等の扱いをというのがその原点にある。育英の主将の冒頭挨拶で「くやし涙でなくうれし涙で良かった」との言葉があったが、下関国際側・・・とくに整列して神妙に聴いている選手たちにとっては更に悔し涙があふれる辛く厳しい言葉だったのではないか。喜びが爆発している高校生にそこまで気配りを求めるのは確かに酷だ。ならば、監督だけの挨拶でいいではないか。画面は母親までクローズアップしていたが、セレモニープランの在り方として違和感を持ったのは私だけなのか・・・。敗者への思いやりを大人が配慮すべきではないのかと。それがスポーツを通じた教育の本質的な姿であり、感動の上乗せを企画することにより本来の純粋さが剥がれ落ちていくような気がしてならなかった。
 仙台育英、優勝おめでとう!!
 下関国際、立派な準優勝でした!!

No.3561 28年ぶりの完全試合

2022.04.11

 これほどのスポーツ万歳はなかなか見つからない。昨年の大谷選手のMVPにも喜悦したが、昨日の佐々木朗希投手の完全試合は28年ぶりという四半世紀を超える快挙であった。残念ながら、ライブで見ることは出来なかったが、深夜にネットダイジェスト版で9イニング27アウトすべてを視聴したが、160キロのストレートは言うに及ばず、カット、スピリット、フォークといったあらゆる球が完璧なコントロールでバッターをなで斬りしていた。
 驚くことに、105球という球数の少なさで19もの三振を奪ったということは、ツースリーのフルカウントになったのが少なかったことになる。1イニング平均11球ちょっとということだから、バッター1人当たり3.8球程度なのだ。
 13連続三振というのも驚異的で、それまでの記録が9というのだからとてつもない記録である。永久に破られることのない記録というのはこういうことを言うのかもしれない。
 なにより、素晴らしいのは佐々木選手が捕手の松川選手を讃えていたことだ。市立和歌山高校という公立高校出でドラフト1位入団したばかりの新人だが、開幕試合で史上3人目となるスタメンでの起用をされ、その落ち着いたリードぶりが報道の対象になっていたものだ。ちなみに、高校で松川選手とコンビを組んでいた小園投手もDNAに1位入団しており、同学年の同校バッテリーが揃って1位ドラフトされたのは史上初めてのことだという。
 20歳の佐々木に18歳の松川という38歳コンビによる完全試合も今後破られるものではないだろう。というか、このコンビは始まったばかりのペナントレースで、また完全試合やノーヒットノーラン試合を実現する可能性すらある。期待感と共に楽しみが何倍にも増幅するのである。

 今日の大谷選手は2塁打を打ったが、開幕して4試合でまだホームランはない。出だしたらと思えばわくわく感が引くことは無いが、佐々木投手のポテンシャルをあまり遅くならないうちにメジャーリーグで見てみたいと思うのは自分だけではないと思う。なにしろ、今のメジャーを見ていると出てくる投手のほとんどが150キロ台の球速を持っている。
 身体の線が細いという理由などがあったようだが、井口監督の英才教育宜しく、3年目で類まれな実力を発揮し始めた佐々木投手。逆に新人で即、しかも捕手という難しいポジションで松川選手をスタメン起用するという監督手腕も完全試合を生む元になっているのだろう。なにしろ、この試合で松川選手は3打点を叩き出してもおり100%の女房役ぶりを発揮している。佐々木投手が讃えるのもわかる話である。
 大谷選手への期待も半端なく膨らんでいるが、NPBにも野球ファンが増えるようなとてつもない逸材が出現したことにたまらない感動をもらっている。これで佐々木投手の登板予定日に地デジででも放映されるほどになれば、野球人気の復活と共にパリーグがセリーグの壁を超えるかもしれない。最近の原采配はジャイアンツファンを落胆させることが多いと感じている。

No.3523 強い大関いでよ!

2022.01.24

 コロナの影響か、大相撲のテレビ観戦が以前より落ち着いて観ることが出来ている。特に日曜の千秋楽をライブ観戦するのはここ2年で何回あっただろうか。力士の顔ぶれからは物足りなさがあるものの、これもコロナの影響か、ぶつかり音、息遣い、行事の発言が生々しく耳に入るせいか、相撲の醍醐味がしっかり伝わってくるのがたまらなくいい。場内が静まり返っていることが原因だが、昨日は結びの大一番で「てるのふじー!」という野次が珍しくとんでいた。テレビでこれほどはっきりと野次が聞こえるのもそうは無い。とっさに場内に野次注意のアナウンスが流れたのがコロナ社会を感じさせたものだ。

 初場所は御嶽海がいつになく安定した取り口で優勝した。関脇どまりで3度優勝するのがもったいないと思っていたが、本割で勝って3場所33番白星という大関昇進条件を達成した。本割で負けていたら、たとえ巴戦の優勝決定戦で優勝を勝ち得たとしても昇進出来たかどうか。下位力士に取りこぼすパターンの多い御嶽海でしかもそれが続くのがこれまでのイメージだったが、三役を張り続けていることは立派だと感じていた。
 高安、栃ノ心、貴景勝、朝の山、正代、照ノ富士、そして御嶽海・・・近年の大関は2015年7月場所で246代大関に昇進した照ノ富士以来8人いて、うち照ノ富士が優位条件無しの昇進を2度果たしている。幕下以下への陥落が決まっている朝の山が同じように実績で大関復活を実現できるかどうか。
 とにかく、カド番というワードが毎場所のように出る大関陣のひ弱な実態は、大相撲の盛り上がりにブレーキ以外の何ものでもない。昇進前は強かったが昇進後に実像が変わってしまうのが不思議なほどである。今場所の正代などはどうしたというのだろう。来場所は奮起の場所にしてほしい。朝の山の恩赦の話もあるそうだ。時と場合にもよるだろうが、相撲学校的な機関で人間としての再教育をして早期復帰を可能にすることも一考ではないかと思う。

 御嶽海の笑顔は見るものを和ませるものがある。発言も力まず、惜しまず、口ごもらずで品位も感じる。ぜひとも精進して強い大関はもとより横綱を張ってほしい。明生、大栄翔、阿武咲、若貴景、隆の勝、そして宇良といった突き押しを基本としつつも技も併せ持つ力士たちも楽しみな存在だ。
 実は、奇抜なことを期待しているのだが、御嶽海が長野の名大関「雷電」の名跡を継ぐのはいかがなものだろうか。稀勢の里が横綱に昇進した際、私は心ひそかに茨城の名跡である「常陸山」を名乗ってもらいたいと考えていた。残念ながらその声を聴くことはなかった。今回、もしも実現すればスキャンダルの続いた国技大相撲のイメージが一気に挽回どころか連日大入り満員間違いないと思っているのだが。
 雷電のノボリの立つ国技館で、雷電と縫い込まれた化粧まわしを着けた強い大関の出現によって1790年代に雷電が絶大の人気を誇った江戸相撲の輝きを取り戻すかもしれない・・?
 久しぶりのスポーツ投稿、夢にしても過ぎた話か?

No.3454 遅すぎたコールド宣言

2021.08.17

ぐずつく天候が続くが、国内全域を見れば半年分の雨量だとか、128年ぶりの冷え込みという地区があり、関東平野は比較的穏便な状況と言える。
 そんな状況で、全国高等学校野球選手権が行われているが、すでに3日も中止となっている。また、宮崎商が1回戦を前に、1回戦を勝利した東北学院が2回戦に進むことなく、選手に陽性者が出て出場を辞退した。そういう事前ルールがあったというが、選手たちとしては悔やんでも悔やみきれない結末となった。

 今日の第一試合の8回表終了時点で、狐に包まれたかのようなゲームセットに東海大菅生が泣いた。開始早々から雨に見舞われ、3回を過ぎる頃にはグランド一面が水で覆われる最悪のグランドコンディションとなり、とてもまともな野球が出来る状況にはなかった。雨中の決戦という言葉が蘇るが、今日の場合は水上の戦いだった。それでも選手たちは懸命に雨まみれのボールを追い、東海大が7回表に1点差までにせまった。
 私は同点になったら審判が中止宣言をすべきだし、そうしてあげて欲しいと思っていたが、続くチャンスで東海大は後続が続かなかった。ますますひどくなる状況で、その裏桐蔭は2点を上げ再び3点に差が広がった。いや、何が辛いかといって土砂降りの中で投げる投手ほど大変なことは無い。滑る指をコントロールするには、腕の振りが遅くなり、指使いの極端な大きな変化球などを投げるのは困難だからだ。

  どうしても試合を続けたいかのように8回表に入ったが、東海大は1死2・3塁と相手投手を攻めた。と、ここで中断。 
 30分後にコールド宣言。主審が両キャプテンを呼びなにやら説明していたが、主審の顔にはなぜか笑みが感じられた。選手を納得させるための笑みだったと思うが、どうあっても納得できるものではなかったはずだ。
 シビアさが増すスケジュールを考えると強行したいのはわかるが、結果論として純粋に戦う主人公たちに対して不誠実な最後通告となった。
 この結末であるなら、7回表に1点差まで詰めた時点で中止再試合を宣言してもよかったと思う。その時は、同点、同点と思いながら見ていたが、お互いに本来の実力を出すことが不可能な事態になって、負けているチームが残すところ2イニングの攻撃を残しているところで1点差なら、互いに納得のいく中止にすることが出来たのではないだろうか。ところが、試合は続行され、差が3点に広がってしまった。皮肉なものである。
 コロナ辞退も、変則コールド試合も、当事者である選手にとって、心の傷にならないものかと危惧するが、野球人生をこれで最後と考えていた選手にとっては尚更のことだろう。学問とスポーツ・・・教育の一貫として尊ばれるスポーツも自然とウィルスを相手にしては敗者とならざるを得ないのかと、悔やまれてならない。

No.3450 パラリンピックに目を注ごう

2021.08.09

 オリンピックが17日間の熱戦の幕を閉じた。もう、我が身が命ある間に自国での開催は無いと思うと、なんだかんだ物議を醸したが、やはりスポーツイベントの最高峰であるオリンピックには得も言われぬ興奮と感動を拝受した。観客がいようがいまいが、選手たちのほとばしる汗と涙は、ここに至るまでの厳しい修練の集大成として集中するからこそ観る側の心をうつ。
 個人的には、開会式、閉会式ともにIOC、五輪委員会、プロデュース会社、プロデューサー、NHK・・・何を伝えたかったのかが今一つ理解できなかった。出来栄えうんぬんとは違うスポーツとの関りという意味で、膝を叩くほどのマッチングが感じられなかった。人権問題、ジェンダー問題に多くの人が意識するようになったと評価する知識人もいるが、五輪にそういう役割を求めることがはたしていいことなのかどうかと思えてならない。
 多文化共生、多様性と調和を基調テーマとした五輪であったが、それをどう理解するかは人それぞれに全く異なるはずであり、それこそ強要できるものではない。閉会式のアナウンサーのコメントもそうしたテーマに関して原稿を整え、画面とは切り離す形で読み切ることに徹していたように思う。ウポポイアイヌの場面では外国人にどのように理解してもらおうとの思いだったのか。たしか、この閉会式は選手たちに対する慰労の意味で日本の文化イベントを企画したという説明だったが、本当に慰労になっていたのだろうか。先に挙げた企画組織の自己満足になっている一面が何割かはあったと思うのだが・・・。

 そもそも、多様性や多文化共生を、こと五輪という場でおいてあえて唱えることなのだろうか。BLM運動を主体とする人権問題も、よくよく考えてみれば、世界の国々で黒人選手が代表になっている例は枚挙にいとまがない。いつの間にか自然と受け入れているのが現実ではないだろうか。日本でもそうした選手は各分野に存在する。いずれも日の丸と君が代をバックに全力を尽くしてくれているのだ。観る側として、支える側としてそれを応援し、見守るのは当然なのだが、それを改めて意識しろと言われているかのような在り方こそ純粋なスポーツイベントにそぐわないと感じるし、あえて人権問題として世界の祭典に持ち込む必要があるのだろうかと思う。まして、中国やロシアの人権問題に触れるわけでもなく、たまたま亡命希望の選手がいたベラルーシの独裁政権の実態が浮き彫りになりはしたが、それに前述の主催者側組織がなんらかの対応をしたかというと、何も手を出さずにいたというのが実態ではなかったか。受け入れを表明したポーランドの政治姿勢が際立って見事に感じられたくらいだ。

 閉会式当日に至っても、五輪反対プロパガンダデモを国立競技場周辺で行う人たちがいたが、利権だ、なんだと言っても、地球規模のイベントを開催するのであるから、大きな資金が動くことは当然と言える。私個人的には、1964オリンピック時にアマチュア五輪にこだわった名物会長のブランデージ氏の存在が忘れられないが、開催ごとにプロ選手の参加が認められることになったのも、ショーアップ五輪につながる理由の一因だと感じている。
 古い人間なのだろうが、たとえそう言われようと、開会式も閉会式も1964東京五輪が2020より記憶に残ると感じている。あの古関翁のオリンピックマーチも編曲しないオリジナルの素晴らしさを改めて知った。

 閉会式直後の今朝一番のSNSニュースに菅政権の支持率が28%に下落したと報じたマスコミがあった。あえて社名は言わないが、海外から日本の対応のすばらしさに賛辞と感謝の弁が報じられる中のことで、感動のイベントが終わったと同時に、選挙目当ての印象操作を開始する反日メディアの存在は、日本の国力を劣化させるだけだ。
 「菅総理、長崎式典に1分遅刻」「バッハ会長ポロシャツ姿で銀座散策に人だかり」「ネット騒然 バッハ会長選手は観光禁止なのに銀座散歩」「閉会式で選手次々退場 懲りない橋本会長 日本人であることが恥ずかしい」「日本のバドミントンはあぐらをかいていた」
 こうした表現で2020の後味を悪くするのは、いずれも五輪中止を唱え、日頃から政権批判に明け暮れるメディアである。「五輪が終わって残ったのはガラクタだけ」といったサンモニコメンテーターもいた。寂しい思考だ。
 17日間、そうした反日喧騒から若干解き放たれていたが、いよいよ解散総選挙ともなると、またそぞろ世間の騒々しさが政治に向けられることになるのだろう。 
 その前にまだまだ世界の祭典は続く。パラリンピックも同様に注目したいと思うが、まさかパラリンピックに開催反対などの批判的な目が向けられることはないと思うがさて。

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