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No.3278 休校延長措置

2020.04.28

 インターハイ史上初の中止は対象となる高校生にとって突然の目標消滅という点において教育面で考えさせられる点が多々あります。選抜高校大会を中止した高野連では、夏の全国大会については無観客でも開催したいと検討しているようです。打ち込んだ青春の結晶は、甲子園の前の地方大会でその成果を思い切り発表するはずだったのに、フィニッシュ目前になってそのステージが消えてしまった・・・涙するのは当然のことだろうと思います。

 見方を変えて、小中校の生徒たちは、学校というコミニュケーションの場を失い、日々の過ごし方さえ定まらない状況が続いています。ようやくゴールデンウィークという当たり前の休暇を迎える段階まできて、その終わりとなる5月6日まで我慢すれば、翌日から本来の子どもらしい生活を学校で迎えられるはずでした。しかし、今日、幸手市では5月末日までの休校を発令しました。
 勉強のカリキュラムではネット教育があちこちの自治体で活用され始めるなどアイデアと工夫で乗り越えようとする動きがあります。しかし、それ以前の問題として、社会生活という点で子どもたちにどういった影響があるのだろうかと多くの大人が感じるところかと思います。とくに、新しく小中校に入学予定の子供たちには早く学校生活に送り出してあげたいと思うのですが武漢ウィルスの終息がままならない状況では、命優先の選択は致し方のないところです。子どもたちにしてみればどこまで切実に考えているかはわかりませんが、少なくとも友達との交流を待ち望んでいるのは間違いないと思います。
 通学時の子どもたちとのふれあいを、鋭気と活力につなげている立場としては、いつまで続くコロナ騒動といった感じです。
 熟慮を重ねて救国施策を発する安倍政権では、非常事態宣言期間をどうするか深い議論が進められているようです。命を立てれば経済立たずといった観点は現時点で派生している社会問題ですが、命立てれば教育立たずということになれば、それはすなわち国の未来にも影響することですから、悩ましいことこの上ないありません。いろいろ考えて、休校延長止む無しといった感じでしょうか。
なお、5月31日までの延長措置は、休校だけではなく6日までとされていたすべての対象がそのまま31日まで延長措置されますのでご承知おきください。

No.3216 幼保無償化の本末転倒

2019.12.06

 国による幼児教育・保育無償化が始まったのは10月からでした。これまでにも、施行直前に値上げをする施設が多いことを問題視しましたが、その額が700億円にふくらみそうだというニュースにやれやれと思っていました。厚労省の試算はどうなっているんだろうと。
 ところが、今日の報道によると、この無償化の実施により給食費の減免措置を廃止する自治体が、全国1741ある自治体のうち13あることが判明したというのです。国の法改正にともなう生活支援関連制度が結果として負担増につながっている事実は、理由があるとしても、対象となる家庭にしたら無償化が有償化になったわけで、ありがたい制度の本末転倒と感じることでしょう。
 首長の考え方が反映しているのか、職員の事務能力が関係しているのか、考えさせられる13自治体ではあります。

No.3203 幼保無償化の功罪

2019.11.12

 10月から幼児教育の新制度が始まったことはすでにご承知のことと思います。収入の低い家庭を視点に、どの子どもも平均的に通園受益を受けることを目的として始まったわけですが、タイミングとして消費税引き上げを考慮したものでもありました。ところが、国の調査によると制度開始直前になって便乗値上げと思われる実態が相当数あり、関係者に戸惑いが広がっているというのです。
 制度としては、無限の無償化ではなく月25,700円を上限とされていますが、わかりやすく言えば、この上限幅にまで値上げをする施設があったということでしょうか。もっとも、そこまで露骨な値上げがどれほどあったのかまでは不明ですが、無償化対象の子どもがいる世帯にだけ値上げをした例もあるようで、いささか考えさせられる状況ではあります。理由は職員の待遇改善というのが大半だそうですが、確かに経営が必ずしも順調に推移している施設ばかりではなく、これまでは、値上げすれば入園者が減る可能性もあり、少子化が進む時代にあって経営環境を変えることが出来にくかったことはあるでしょう。
 特に、共働き世帯が増える傾向にある中、幼稚園より保育園を希望する家庭が増加していることから幼稚園経営が悪化している事実は全国的に広がっているといいます。職員の確保にしても、給与水準の高い大都市圏に集中する傾向もありエリア格差は広がる傾向にあるようです。
 しかしながら、幼児教育の質を上げるための無償化目的が、単なる経営改善の補助金的性質になりはしないか。それが、職員の安定的確保や良質なモチベーションの向上につながるかどうか、経営者自体の報酬アップにはなっていないか、施設の修繕改築に充てられることはないのかなど、判定には一定の期間が必要でしょうし、なかなか難しい問題だと思います。
 要するに、制度開始にタイミングを合わせての料金改定が、意図的かつ便乗的に感じられる点は拭えないとしても、経営環境の改善が真に子どものためという実態に至れば、それはそれで幼保無償化制度の効果とみなすことも可能だろうと思われます。
 ともあれ、子ども及びその世帯のための無償化と思っていたものが、恩恵を受ける対象が子ども世帯だけではなく経営者側に広がっている実態。税金の使い方というのが、いかに難しいかという一つの例だと感じます。

No.3088 現代社会のジキルとハイド

2019.02.12

 前々号でDV家庭、とくに外と家での異なる2面性を持つ父親がDVの主体の場合について書きました。
 人は外見で判断してはいけないと言うのは人物評価の基本ですが、外見の取り繕いが周囲を惑わすパターンも間違いなく存在します。それは、外見や物腰から好人物との評価で受け止められているものの、実際はまったくその逆というものです。そうした場合の虐待事件では、近隣による通報が遅れることも想定されます。子どもの命を護るには一刻を争う場合が少なくないし、そこがカギとも言えます。
 11日の新聞が伝える野田市の心愛ちゃん虐待事件は、父親の詳細が不明な状況で、小生が語ったジキルとハイドのたとえがぴたりと当てはまる特異な点を示していました。この父親は、職場や近所からは実直で温厚な人柄と思われていたというではありませんか。上司は「事件とはとても結び付かない人物像」と驚いているのです。学校の校長が語るには「腰が低く、物言いも丁寧な保護者」だと。これでは、近隣の方々が心愛ちゃん虐待を感じるどころか想像することさえ難しいことでしょう。
 さらに、夫婦のやりとりからも父親の異常性が感じられます。しつけと称した虐待に傷害容疑で逮捕された母親が「やめて」と懇願すると「俺が保護者だ」とすごむ。これ以上、止めに入れば冷酷な鉄拳が我が身に向けられると思えば願いもそこまで。まさにジキルとハイドそのものの人間性の父親。児相や役所に対しては理詰めで大声を上げることはなかったと新聞は伝えるが、聞くほどに、こういう親のDVが発覚することの難しさを考えさせられます。
 「ナニが保護者だ!」我が子を虐待しておいて保護者とは笑止千万。ひとつも理詰めという感じはしないが、夫婦間ではこの暴言で立場が決定的になっていたものと思われます。母親も保護者なのに・・・。
 この父親の逮捕容疑は傷害です。日本は刑法も少年法もそうですが、むなしいほどに刑法犯に対する罰則規定が軽いと思いますし、そう思う国民が多いのではないでしょうか。
 虐待も命を奪ってしまったら虐待にあらず! 虐殺ではありませんか!!
 

No.3087 子どもへの想いと乖離する大人

2019.02.10

 一夜の雪、予報ほどには積もらなかったものの冷気の強さはかなりのものがありますね。昨日は所用で3年ぶりに渋谷に出向きましたが、気温表示の電光板は1℃を示していました。都心でこれですからまさにしばれるといった感じですが、北海道各地の-30℃という気温にはまったく実感がわいてきません。昔、凍ったバラが粉々になるというコマーシャルがありましたが、そんな感じなんでしょうね。

 さて、冷たいという表現に人の心が拘わると世の中が寒々しくなってきます。野田市の虐待事件報道がやみませんが、ことに児童相談所の役割がクローズアップされています。
 つい最近、港区南青山で児童相談所建設問題で行政と住民のやりとりがありました。また、住民間による意見の食い違いも明らかになりました。驚くべきは建設反対派住民の思考です。
◆ブランドのメッカである青山に傷がつく
◆地価が下がる
◆子供が騒ぎを起こしたら近所迷惑だ
◆事業費が高額過ぎる
 さらに酷い差別意識も・・・
◆一流ブランドのファッション店があるから万引きが発生する
◆この地の小学生は、塾やお稽古事に通っているから疎外感を抱く
◆非行少年の脱走に対処して、自警団を作って正当防衛をしなければならない
逆に、賛成派は・・・
◆昔からここに住んでいる人は、ここが高級地とは思っていない。
◆学校もとくに名門校が揃っているわけではない
◆日常品の買い物も不便
◆南青山ブランドとは、最近住み着いた人たちの独りよがり
 賛成派の意見に少し救われる思いがしますが、このように「子どもは宝」という言葉が軽く感じられてならない社会通念が存在しているのです。あえて社会通念と言うのは、同様の問題は大阪でもありましたし、幼稚園建設計画に際し、うるさくなるからと反対する住民運動も各地で発生しています。発達障害児などの面倒を見る施設でも建設地の選択では苦労するという話を聞いたことがあります。こんな世の中で少子化問題が解決するのでしょうか。子どもを産みたくないと女性が感じるようになったらどうするのか。
 指摘したいのは、政治うんぬんの前に人の心が寂し過ぎる社会を問いたいですね。政治だけで解決できるわけがありません。ゴミ処理施設や火葬場的発想を児童相談所にも芽生えることが理解できません。ましてや、児童相談所を少年院と勘違いしているような意見には耳を疑います。
 意外にと言うか、案外に表向きの正義感や綺麗事が横行している世の実態は、この冬以上に冷たいという思いがしてなりません。児童相談所の職員の能力にもかかわりますが、相手に暴力を振るわれる段階では、警察との連携を深めるために、警察出動依頼を相談所の義務行為に加えるくらいの法整備を早急に図るべきです。
 増える一方の児童虐待はとうとう8万件を超えた状況で、相談所職員の苦労は相当なものがあります。表に出た野田市の事件だけで判断するべきではないと思います。また、国連をはじめ世界から批判が集まりつつあるこの問題に対応するには、相談所に採用する非正規職員を警察退職者から採用するべきではないかと。それが暴力的親に対処する防衛策にもなるものと考えます。
 南青山住民のことばかりではなく、エキセントリックでヒステリックな冷徹身勝手論理が無くなることを願うばかりです。難しいでしょうけどね。

No.3086 悲しい虐待心理と女性の悲劇

2019.02.05

 当ブログが栗原心愛ちゃんの虐待事件を綴ったのは今月1日のことでした。その後、これまでにないほど毎日のようにメディア全体がこの事件を報道し、昨日は心愛ちゃんの母親が逮捕されました。いわゆる、夫の行為を見て見ぬふりをしていたことが傷害罪にあたるということですが、母親の供述に驚かされるものがありました。
 「心愛が暴力されているうちは、私は暴力されないと思った」
 過去の虐待事件でも、止めれば自分にふりかかるであろう母親が持つ心理的恐怖は容易に想像はつくことで、今回の事件をきっかけに、虐待暴力の実態の本質にはいろいろな意味で母親側の人間心理が渦巻いていることがわかります。
 今回の千葉県の例では、暴力亭主の職業等詳細が不明で、過去の事件と照らし合わせるには情報が不足していますが、夫婦の年齢差が10歳あり、心愛ちゃんの妹が1歳というのがなんとなく目をひきます。そうした中で実父が実の子を虐待したというのも多くある例と異なり特異な虐待事件と小生は受け止めています。


 母親が虐待の主になる事件もないではありませんが、仮に、継父を含む父親の非道なふるまいを前提に母親の交錯する心理を描写してみると、止めれば火に油をそそぐことになるとか、止めれば自分に火の粉がふりかかるという空気は感じて当然だろうと思われます。日常的な我が子への虐待に、離婚を考えたにしても、子どもをおいて分かれるわけにはいかないし、暴力的な亭主が許すはずもなく、家出すれば追いかけてる可能性もある、生活維持の面で現実的ではないなど、出口のない現状に苛まれる日々なのではないかと思います。
 DV家庭における女性の立場とはこれほどまでに弱く、追い込まれた状況にあるわけで、外では勤労者としてかしこまった夫のジキルとハイドの実態に苦しんでいる女性はまだまだ多く存在しているのではないでしょうか。ましてや、働かず亭主であればなおさらです。実際、こうした状況にいたたまれず親子心中した例も少なくないのではないかと思えるほどです。
 現代社会は、ことさらに女性の社会進出を叫び、尊ぶ声が強くなっていますが、女性が子供を産み育てる過程で人間らしい暮らしが出来ない実態があることに早急な社会施策を考慮すべきだと強く感じます。
 麻生副総理の発言は、産めないとか産みたくないといった理由には、その女性の人生にかかわる深い事情があることへの配慮が足りないと思いますが、少子化は現実の問題でもあるので、社会進出という意味も大切ですが、その前に女性の母親がゆえの社会的地位に配慮した世の中になってほしいと思います。そういう意味で、心愛ちゃんの母親は逮捕されてもやむを得ないとは感じるものの、被害者としての一面もあると思えて仕方ありません。各方面の報道から感じる話とご理解ください。

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