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No.3967 福岡に見る民主主義の本末転倒

2026.08.18

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 「政治は生きている」コラムではあるが、こうした形の議会の結末は、生きているとは言い難い。どころか県や県民の事をおもうと死んでいるとも言うべきか。
 全国の注目を集めた福岡県議会議長に対する辞職勧告決議案は思わぬ形で決着した。決議案そのものが葬られたのだ。多数会派の自民党県議団が決議案の採決を拒否する緊急動議を発し、それが可決された。こう書くと簡潔明瞭過ぎるが、実態は数の横暴であり、個々の議員の考え方を県民に知らしめない結論を選択したと言うことになる。煙に巻かれた県民の怒りは次期県議選でしめされるのかどうか。やはり、おらが地元の県議先生として再選されるのか。小選挙区制がゆえにその可能性は高い。
 それにしても、閉会後に蔵内議長は辞任をほのめかしている。決議案に法的拘束力はないが、多額の金銭授受という最低最悪の事案に対する決議案が可決されるとなるとイメージダウンには違い無い。しかるに、自ら辞める選択をすることで自民会派を納得させ、党議拘束をかけることにもなったのだろう。強烈なドンの存在を見せつけたのだ。議長を辞職しても自民会派の実態は変わらないだろうし、それが過半数を握る県議会であれば「視察旅行」も続くことだろう。
 今回の結末がよろしくない!と感じる理由は、地方の多くの議会で自民党会派が過半数を有する議会が少なくないことにある。

 幸手市議会の場合、自民党員は私も含めて複数いるが、会派としては2人だけの自民会派である。特殊と言えば特殊でまとまりに欠けると言われてもやむを得ない。党員ではあるものの無所属単独の議員が3人もいるし、別の会派を組む議員もいる。私の議長時代には、党員僚友から不信任や議長辞職勧告に賛成されるという実態もあった。一般的には考えられないことで、これ以上の詳細は控えるが、なにがしかの感情の行き違いが根底にあったものと感じている。その時の勧告理由は別にして、私の不徳という想いを有しつつ、それをバネにして今後に向かうという感覚だったことを想い出す。いずれにしても自民党員として忸怩たる思いでいるというのが正直なところである。

 特に都道府県議会には自民会派が過半数もしくはそれに近い数を擁している議会が多い。ということは、過半数会派自民党にとって都合の悪い決議案などいくらでも闇に葬れるということにもなる。少なくとも、提出された決議案は審議採決の段階を踏むべきだと思うが、地方自治法は動議という禁じ手を封じる決まりがない。つまり、この禁じ手というか悪手が全国の議会に波及する可能性もある。実際、似たような議会は1800ほどある議会の中で、すでに存在しているかもしれないのだ。
 市民県民は、通常議会に関心を持たない実態があるので、議会は何のためにあるのか!という根本的問題は解決しないまま放置されることになりかねない。
 決議案は議員の権利でもあるので、これを剥奪する手法がまかり通ることの無い自治法改正が早急になされるべきと思うが、いかがなものか。

No.3966 どうなる?どうする?市長と議長

2026.08.17

 市長と議長が追い込まれている。横浜の山中市長と福岡県議会の蔵内議長の2人である。追い込まれているとはいえ、法的縛りは無いことと、ニュースを見る限り、とくに蔵内議長のふてぶしさはなかなかのモノだ。褒めているわけではないので誤解無きよう!
 議長職を巡って、金銭支払いを証言した元議長による議長辞職勧告決議案の採決が本日の予定だが、召集時間をかなり過ぎているが開会には至っていないようだ。こうした場合、議運だの会派代表者会議だのとやたら時間を要するばかりで、傍聴者はもちろん市民の存在は脇に置かれるのが常だ。何をしているかと言えば、採決に際して、可決するのかしないのかを巡って、賛否双方の関係者が調整を図る場面が繰り返されることになる。政治かつ議会の最も恥ずかしい場面と私は感じているが、これは何時の時でも性懲りもなく行われる悪の儀式と言っても過言ではない。テレビも注目しているが、法的拘束力のない決議案でも賛否が拮抗しているからこそのせめぎ合いなので、ワイド番組の時間内に開会されるかもあやうい。提出者の「蔵内議長が恐くて、誰も何も言わない」という言葉にうなずく全国の議員は多いのではないだろうか。
 一方、横浜市長はまたまたパワハラの結果がもたらす辞職要求で、これには自民、公明、立民などの会派が要望しているという。第三者委員会が認定した結果であれば市長も認めざるを得ない。しかし、その責任の示し方については、支援者に説明する機会をもってからと名言していない。そういえば、蔵内議長も県政を前に進める責任があるとのこと。問題視されているのに、この発言。いかにも厚顔鉄面と言うしかない。山中市長については、そもそも学生時代からとかく周囲との軋轢を生む特異な人格だったと語る人もいる。
 さてさて、二人の今後はどうなることやら。

 政治や議会には、様々な矛盾や対立が生まれては消え、また生まれるといった流れが絶え間ない。本来そこにあるべきは、限りない倫理観と思慮深さであって、それにより街としての前進力がつくのだろうと思う。私欲のための妥協や大衆迎合からは良いものは生まれないし、それは政治とは言えない。
 ところが、現実的に多くの議会で、過半数かつ押しの強さで牛耳る政治の実態があることは残念と言うしかない。特に地方政治において議員を先生呼称で呼ぶなかれ!と私が説くのはこうしたことによる。

No.3963 消費税減税は全ての政党の公約でした!

2026.08.05

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 高市首相は、食料品の消費税減税を先の総選挙の公約に則って実行すると宣言しました。選挙公約ですから至極当然のことのはずですが、問題は野党の多くと自民党内の反発です。党内事情は単なる反高市派の整合性を欠く反対理論でしかありません。
 つまり、石破さんは「公約は必ずしも実現しなければならないものではない」とか「党内議論もせずに」などと訳の分からない理論で、前首相が現首相を批判する醜い姿を示すだけです。村上誠一郎にしては「総理が言ったからとか首脳陣がいったからというだけでは民主主義ではない」と、これも反対の為の理屈付けに民主主義を持ち出す始末。稲田朋美、や西田昌司などは選挙で消費税減税を絶対やりますと、ハチマキ宣言をしていたのですから、豹変も甚だしいのです。
 民主主義の行き着く先は多数決です。ただし、悪しき多数派が実権を握ると、要するに税のロンダリングが行われ始めたり、街や市民のことを脇において自分の為を優先することになるのです。これには、有権者が有賢者にならないと改善されないことだというのが私の持論です。それは、福岡県議会の今回の事件がわかりやすく示しているではありませんか。オラが地区の大将だからはいけない投票心理だと思いますね。

 野党も押しなべて減税反対の方向で高市批判をしています。共産、れいわ、社民、などは廃止を党是くらいの勢いで選挙戦で激主張をしていたわけですから選挙戦は嘘の行列、詐欺集団に近い公約違反です。立民しかり中道も政権に反対するための反対ですから、この時点で国民生活への認識は希薄化しています。政争ありきです。
 税調と福祉関連の2回目の会合では75名の議員が減税に賛成し、反対は9名だったという。この数字が示すものは単純明快ではないですか。反対の狼煙を吐けば吐くほど、政治家としての醜態をさらすことになります。反対の為にはより明解な理由を語らなければなりません。しかし、それはあるはずもないのです。公約なんですから。
 高市・片山最強コンビが思慮しているのは、景気の動向に照らして消費税率を効果的に上下できるヨーロッパ各国で実施しているシステムの日本式を実現しようとしているのです。プライマリーバランスを重視する単年度財政を5年にするというのも、長期的視野にたった経済戦略を目的としているのです。
 高市総理の選挙戦で何度も聞いた話では、日本経済の再構築の為の投資戦略を惜しまないとしていました。消費税減税は、その為の第一段階の経済戦略であると考えられます。つまり、国民生活的には可処分所得が物価上昇の上をいくようになる必要があります。GDPや為替といった経済指標も大事ですが、高市総理は、企業投資をおしまず、生活支援もしっかりやるという経済音痴の我々でもわかりやすい主張をしています。つまり、減税だけを単体の経済戦略と考えるべきものではなく、そこに連なる経済還流を実現できれば、GDPや為替どころか、日本が国際環境においても重要な立場を再構築できると意識しており、更に云えば、税制改革の実現による財務省の支配力を縮小させる狙いが見て取れるのです。ですから、財務省は必至の抵抗を続けています。これにオールドメディアが反対意見を中心に報道して加勢しているというのが実態です。したがって、反対している議員たちは財務省の代弁者としての立場で発言しているとしか思えません。前述の議員の他に小渕、河野、船田、逢沢、古川・・・そうそう、この宮崎3区の古川が言う事には「総務会の了承を得ていない」です。真冬の選挙戦で自民党が訴えた公約はいったいなんだったのか!怒りを通り越して呆れますね。候補者全員が、自民党パンフレットを選挙戦に使い、減税を口にし、当落スレスレの候補者の多くが当選したのではなかったのか・・・ですよね。
 さらに言えることは、こうした議員たちは媚中、親中の議員だということです。わずかに西田氏が違うかもしれないくらいです。国旗損壊罪の採決で退席した岩屋も同じ穴のムジナです。彼は、地元大分で問題化しているイスラム系の埋葬を土葬にという要望に添った言動もしている議員です。

 まずは実行です。そして、実験的に税制改革を続けながらより高度なものへと進展させるのが高市片山コンビの狙いでしょう。財源については、誰よりも片山大臣が把握しているはずです。なにしろ、高市総理の発言に合わせたかのように、財務金融の重要人事を数日前に行ったばかりですから。今度は、総理が来月あたりに内閣改造の実施をするかもといった感じありますね。
 給付金システムで減税分をという反対議員の声は、地方自治体の実態を理解できていないのです。各街のプレミアム商品券でもそうですが、補助金のかなりの分が協力団体に入り、市民への配金はその分少なくなるし、時間もかかるのが実情です。これはどちらもシステム上やむを得ないところですが、一番の問題は、一時金で高額の給付をしても、それが生活資金として活かされるかどうかは不透明だということでしょう。そもそも、消費税1%分は6000億円です。これの8%分を給付金で処理する単一戦略では、その後の戦略もなにもあったものではないでしょう。
 高市政権は、財務省主導の緊縮財政によって失われた30年、いや35年を必ず取り戻してくれると思います。
 ということで、減税はチーム未来を除くすべての政党の公約だったのです。国民民主の玉木代表さんは、総理が何か発言するたびに自論を変節させて批判論に変えるスタイルを常套手段にしていますが、党の低落の要因を理解出来ていないようです。変節や裏切りは国民はしっかり見ているものです。

No.3960 ふてくされ辞職

2026.07.24

 福岡県議会自民会派№2議員が辞職した。平静を装いながらの「誰も信じてくれなかった」と辞職決断の理由を語っている姿は、とても議員というイメージには程遠い。声紋99.9%の音声データは、さすがに自分のものだと認めざるを得ない状況に追い込まれたようだ。それでも、金銭は受け取っていないと言い張るのがいとも異様で滑稽に感じられた。なぜなら、音声の中で「大金だから大切に持ち帰らないと」といった発言があることを考えると、声紋結果は認めても、話の内容は認めないという頓珍漢な辞職会見であった。
 さらにおかしいのは「蔵内議長は私の師で、いろいろなことを教わった」と、蔵内氏を間接的に擁護した。その蔵内氏はと言えば、「トカゲのしっぽ切りのようだと彼が言うから、君はトカゲはトカゲでもガラパゴスとかいうところにいる大型のトカゲだよと言ってあげた・・・」よくわからない話で、いわゆる記者をケムに撒くといった物言いなのだ。
 ここまでの一連の受けごたえで感じるのは、誠実さがまったく感じられないことだ。ましてや、今後の調査の在り方として、告発した吉松議員は第三者委員会の設置を望んでいるが、疑惑の本丸である蔵内議長は、調査するためのふさわしい人を選抜するという。そんなことが許されるのか! 
 政治家の最も醜い部分を白眉に晒された当人としては、場合によっては禁固刑の可能性すらある贈賄カツアゲ事件の渦中にいるのだ。その人が調査の在り方に口を挟むこと自体異常ではないか。
 過去にいくつかの同様の事件があったが、茨城県の場合は疑惑の議員がその後の選挙で当選している例もある。前号でも書いたが、議員の矜持の在り様とは別に、有権者にも問題があるのはいつの世も変わらない。有権者ならぬ有賢者になるのは難しいことなのだろうか。

No.3958 国旗損壊罪と自民党内逃亡劇

2026.07.13

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 国旗損壊罪が6月30日に衆議院本会議で可決され、現在参議院に送られ審議入りしている。これについては、共同提出者として名を連ねていた国民民主党と参政党は直前逃亡している。理由は比例一本での定数削減に噛みついたゆえである。党利党略を優先させる議論ごちゃまぜの両党については後日書きとどめたいと考えている。
 JNN調査によると高市政権への支持率は67%という高い数値を維持している。外交に努力し、諸外国から高い好感度を得る総理を揶揄するオールドメディアの卑しい状況は相変わらずだが、どうして、自国の政権を貶めて喜々としていられるのか不思議でならない。
 非民主主義の独裁政治下にある中露は、言論統制を敷かれ、国民が物言えば弾圧という強権をもって厳しい対応を迫られる。しかし、独裁ゆえに事の決定は早い。身勝手な方針も即実行される。日本ではどうだろう。民主主義の元で与党が3分の1を得ても、なりふり構わぬ野党の非常識政治手法がまかり通る。日本のマスコミは国会の低次元議論を維持させるために存在しているとしか感じられない。人の感性は個人のスキャンダルに目が無い。今、国会に影響を与えている中傷動画問題やサナエトークンなど、まさにマスコミがでっち上げた証拠の無いスキャンダルだが、これによって当事者である週刊誌は売り上げが上がることは間違いない。姑息な企業理念に国会が踊らされ、国民生活の議論とはかけ離れた委員会質疑が繰り返されている。
 これを中心に質疑している杉尾秀哉議員を筆頭に、立憲民主党や中道の存在はもはやその意義すら感じない。国旗損壊罪に対する質疑で、誰かが怪我をした時、そこに国旗しかなかったら包帯代わりに使えないのかという頓珍漢な質疑も、人間がいる限り国旗以外に包帯になる生地が無いなどという仮説が成り立つはずも無い。また、損壊罪で罰になると思うと、国旗を掲揚することに怖さを感じないかという質疑も。ここまで屁理屈が創作される国会でいいのだろうか。こうした質疑をする議員は資質に欠けていると断言していいだろう。

 笑止千万な議員の存在は、与党内にもいる。岩屋氏と村上氏はこの採決を“サボった”党紀反乱議員だ。党議拘束はかかっていたとすれば重大な党規違反と言う意味だが、たとえ、そうであろうとなかろうと、この二人は公然と総理の批判もしている。また先の総選挙で自民党が公約とした食品の消費税減税に関する調査会副委員長の職にあった小渕優子氏は、この職を辞任する形で政権批判に舵を切った。財務省の事情に詳しいということで選ばれたようだが、実は財務省べったりだったということのようだ。前総理の石破氏もそうだが、高市批判を公然とする議員が党内にいるということは、考えてみれば、ある意味民主主義が機能しているということではある。なぜなら、これが中国やロシアであったら、こうした議員たちはどうなっているかよくよく想像できる話であるからだ。しかして、こうした言論の自由や表現の自由を身勝手に振りかざしたいのであれば、党を離れるべきだ。それがしたくても出来ないのが政界らしさと言えばそれまでだが。
 思い起こせばといった話で恐縮だが、私たち民間のサラリーマン出身者の経験からすれば、会社の方針に納得がいかない場面に遭遇した際、そこで、出来ることは従うか辞めるかの2者択一なのだ、私はこうした経験を何度かして今に至っているが、山崎豊子さんの「白い巨塔」や「沈まぬ太陽」では、政治と大企業等の癒着、そして、それに翻弄される企業人の辛く悲しいストーリーがある。まさにノンフィクションそのものだ。

 それにしても、高市総理は野党やマスコミのハチャメチャな攻撃にさらされながらも、多くの分野でしっかり事を進めている。こうした実績を書かず語らずの反高市勢力にめげず、日々研鑽を続けている総理を長い目で見守り、期待することが今こそ必要だ。3分の1を得ながらも、じっくりと事を進める総理を静かに見守りたいと感じる昨今である。

No.3953 世にも奇妙な国会質疑

2026.06.23

 日々の気候は、今の季節がいったい何なのかわからないような体感が続き、風邪を引きやすい陽気です。
 この陽気と同じようなことが言えるのが国会です。陽気は気まぐれですが、国会は人心が為せる悪行続きと言うのが今の実態。まったくもって予算委員会の体を為していない状況の原因は、ほぼ立憲民主党の議員群による週刊誌ネタを原点にした質疑で、高市政権を貶めようとする国民不在の質疑対応に終始しています。これには、テレビメディアが加わり、文春や日刊ゲンダイ、女性自身といった印刷媒体がペンの暴力を続けている。いわゆる総合的に言論暴力そのものです。しっかり答弁していても「勝手にベラベラしゃべってなんですか」という杉尾氏の発言は失礼そのもの。

 後藤祐一発言「大事な課題山積みなのに、国旗損壊罪、副首都、比例定数削減といった話ばかり。優先度を考えてください。では、中傷動画問題をやります」ひどい思考ですな。
 杉尾秀哉発言「立憲民主党の害獣ってどういうことか」と週刊誌に書かれたことを総理に質問。この人がTBSのアナウンサーだったというのだから中立公正な報道基準に照らすまでもなく、サンモニでも明らかなように真正保守高市自民党政権を貶めたい連帯が実態としてあることを証明する存在です。
 蓮舫発言「メロニーさんと同席時のファッションはおかしい」質疑の途中でため息をついた総理を「この態度は今までのどの総理にも無かった。説明しない。答えない。自己の正当化ばかり」
 蓮舫こそ反省すべき点であり、まさにブーメランそのもの。
 打越さくら発言「総理、ここにいたって謝罪すべきではないですか」とにかく誤らせたい立民議員だが、謝罪すべき核心が何も示されていないのです。

 究極は古賀千景発言「自衛隊には貧しい人が入るのです。ゆたかな子どもたちは自衛隊とかには入りません」
 これほど極悪人権無視の発言をする国会議員がいることに驚きました。職業差別のみならず自衛隊員とその家族の皆さんに対する人権無視。そして、これはひどすぎる貧富差別でもあります。この発言が元教師であった人から発せられたことは看過できません。
 自衛隊をその時々の都合で便利感覚で見つめる人たちがいる日本は世界から笑われます。人生と命がかかる、いやかけている自衛隊の存在をこれほど感謝の気持ちも無く、罵倒する国会議員には辞めてもらうべきと思います。
 一時的な話ではなく、継続的に続く立憲民主党議員の国民生活無視の発言は次期選挙に影響が出るのは必定。先の選挙結果に対する反省も無いこの政党そのものの存在が疑われます。

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