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No.3036 3034の踏切はどこ?

2018.09.21

 前々号で紹介した昭和26年ごろの幸手市内のある踏切地点。何人かの方が回答のみならず古き幸手への思いをお寄せくだいました。ありがとうございます。
ファイル 945-1.jpg 幸手を走る鉄道は東武線一本です。踏切は幾つもありますが、ポイントは深い森と丁字路だと、察しの早い方はお分かりになるのでしょう。
 今現在の写真を掲載しました。権現堂西のはずれ行幸橋南地点の国道4号信号から高須賀池方面に進むと、現在は東武線が高架化されており、道路はアンダーパスになっている場所。行幸地区高須賀が古き幸手との合致地点です。
ファイル 945-2.jpg №3034でも書いたことですが、私はなにより踏切の表示板と歩いている人の着ているものに関心を持ちました。「戦中は外国語表記や呼称がこととごく廃止されていましたが、戦後、GHQの占領下でこうした地方にも英語表記の表示板が使われたんでしょうかね?」と貴重な写真を提供してくれた方に伺ったところ、近未来の幸手に不安を隠さないものの幸手を愛してやまないこのご老人曰く「断定は出来ないけどおそらくそうでしょうね。検閲の厳しい戦中にこの表記があったというのは・・・ちょっとそれは考えにくいでしょ」と。確かに! 
 会うたびに「枝久保さん、私はもう長くないから色んなことを整理しておきたいんだけどなかなか出来ないでいるんですよ」と言うのが口癖。偉ぶらないほっこりとした語り口や物腰は、老いた人の在り方として尊敬しており、町田市政時に金婚を迎えた奥様とのやりとりもほのぼのとしていて、時折訪ねて共に過ごすのが最高に楽しい時間です。
ファイル 945-3.jpg 話を戻してと・・・歩く人のファッションはどう見ても和装に見えます。そこから勝手に推測してしまうのは、この人は農業に従事する方ではないかと思うのですが、当時は地域によってまだ洋装より和装の方が多かった時代だったと思うので確かなことは言えません。はたして誰なのか・・・それはわかるはずもないことですが、古い写真は見る者の心を当時へ限りなく誘うものです。ファイル 945-4.jpg
 
 

No.3035 校庭貯留システムの功罪

2018.09.19

 昨夜の豪雨、間違いなくゲリラといった様相で特定の地域を襲った。今朝、近くの西中、長倉小、行幸小の3つの学校を見てきた。たしか、西中と行幸小は雨水貯留浸透対応の校庭(校庭貯留システム)に小生の市議時代に変わっていると記憶している。今朝の行幸小は半面以上が池のようで、もしも今度の日曜日にイベントでもあろうものなら縮小化もしくは体育館を使用しないと不可能と思われる状況であった。西中は校庭北部が泥水化しており野球部の部活が数日は不可能な状態か。今日以降の天候にもよるが、生徒たちの活動がままならないことは容易に理解できる。それに比べ長倉小は小さな水溜まりが数カ所あるだけで使用に関しては今日でも問題ない。この雨水貯留浸透システムは条例を設けて導入する自治体が全国的に増え、豪雨対策として脚光を浴びた時代があったが、実は、いまでも賛否両論あるようだ。

 行政の豪雨対策を考えるならば、人口が減る傾向に歯止めがかからない状態で新築家屋は増え続けている。新築家屋の増加は市全体の雨水浸透対策を低減化させていることは間違いないが、法の範囲において住宅業者へのミニ開発許可はほぼ通過となる。ミニ開発には調整池造成の義務付けもない。土地を手放したい地権者が多いこともあるだろう。
 校庭の豪雨対策利用で子どもたちが校庭を使えなくなる学校行政との対比ではどこか矛盾があるように感じられてならない。教育行政の観点からすればいかがなものか。学校によって差があるというのも考えさせられる。
 新築と変わらぬ率で増えているのが空き家であり、使用に供することのない空き家を解体すれば雨水浸透力は増すが、解体費用や税金対策など各種問題もあってか空き家の解体はほとんど進まない現状にある。行政の強制代執行も空き家対策法によって認められてはいるが、これにもいろいろあって思うようには進まない歯がゆい現状にある。
 こうした観点から、幸手市のみならず人口減少化が進む地域の豪雨洪水対策はほとんど進んでいないというのが実態ではないかと感じている。

No.3034 あれから70年の幸手

2018.09.17

ファイル 943-1.jpg 足掛け15年、3000回を超えた小生のブログですが、「えださんのブログは長文で読むのに一苦労だよ」と言われることがあります。たしかに気合が入るうちにそうなる面があるのは自分でも認めます。
 そこで、おそらく過去最低の文字数のブログになると思われる今号を!
 さて、掲載の写真は昭和26年ごろの幸手のある場所を写したものです。特徴的なのは、英文の踏切表示でしょうか。なつかしい方もいらっしゃるのでは。
 読者の皆さん、どこだかわかりますか?

No.3033 細々でも災害対策

2018.09.14

 はてさて世の中とは常に新たな事象が飽きることなくこれでもかと湧くものである。
 今、内外政治では自民党総裁選挙、沖縄知事選挙、極東外交、トランプ旋風等々、スポーツ・芸能の世界も事件満載と言ってもいい状況であるが、これらは誰がどう批評しようといずれ結果が出る。
 それに比して、災害列島日本の実態は、自然が各地にもたらした傷が癒されぬうちに次なる災害がどこかを襲うという「矢継ぎ早災害列島」という点から、復興と防災の同時対応において被災地はもちろんのこと国も国民も気を揉む状況にある。
 先日のガス復旧訓練を見て感じたことは、電気、ガス、水道などのライフラインに被害が及ぶと、文字通りヒューマンライフは立ち行かなくなる。北海道の例として、酪農家が搾乳後の牛乳を熱殺菌するための電気が無く、結局廃棄することを承知の上で搾乳する。なぜなら牛が乳房炎にならないためで、ゆえに発電機を借りて搾乳をするという実情を知った。これは地域や職業面での特性ということが言えるが、とどのつまり、民力は自然の驚異に無力であり、太刀打出来ないことにうなずかざるを得ない。 
 北海道胆振東部地震の際に書いたことだが、タンスに押圧されて亡くなった方がいた。関西の地震ではブロック塀倒壊が大きな話題になったが、やはりタンスや書棚の被害に遭われた方がいた。こうした危険性はかなり前から言われていることなので、対処しておけばと思うと残念でならない災害ということになるが、一般的に各家庭での防災対策はどういった状況になっているのだろうか。家屋の耐震対策まではなかなかコストが向けられないが、細々とした対応でも緊急時には役立つことを信じて準備することが大切で、我が家では「明日は我が身」「災害はいつ何時・・」と心してかかるようにしている。 
ファイル 942-1.jpg 昨日、我が家では防災グッズの定期点検を行った。写真のような細々としたグッズたちだが、ライターも点火オーケー、ラジオも良好といった様子で問題はなかったが、食料品はアルファ米以外はどれもが長くて年内一杯の消費期限になっていた。その結果、二人で2日分程度のものだが、これらの缶詰は必然的に近々我が胃袋に収まることになる。細々とした対応だが、個別に出来る防災対策はするに越したことはないと信じて実行しています。

No.3032 大坂選手の快挙を素直に喜ぼう!

2018.09.12

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 大坂なおみ選手の全米オープン優勝は、日本国民のみならず世界に広く、そしてテニスに親しみのない人たちにも大きな感動を与えた・・・はずと思っていた。小生も率直に喜びを前号ブログに書いた。その際、セリーナの驕りに満ちた言動や表彰式での慇懃無礼な司会者や観戦者の対応は、あえて書くことをやめた。結果だけで十分じゃないかと思ったからである。
 しかし、なおみフィーバーの余韻は人種差別や性差別の社会問題にまで波及することとなってしまった。そこで、少々の怒りを込めてナオミフィーバーの続編を書き足してみた。

 
 原因はいろいろあろうが、もとよりセリーナの言動が大きな禍となっていると小生は感じている。過去に何度となくグランドスラムに勝利し、トップアスリートの称号を手にしているセリーナであるが、それにふさわしい人間性が備わっていないことを感じさせる試合だった。大坂選手の成長に驚きつつも、こんなはずではなかったという思いが焦りとなって試合中に暴挙を生んでしまった。自身のGS制覇回数の記録がかかっていたこともあるだろうが、要するに我慢が足りなかったのは驕りから来ているという見方が適切ではないだろうか。その心中には、大坂選手が格下であり決勝戦まで上がってきたのはフロッグだと決めつけ、産後復調なった自分が負けるはずがないというプライドもあったかもしれない。
 「泥棒」という審判への言葉も、これ自体が神聖な決勝戦の場での、真正な審判に対する名誉棄損に値する言葉である。コートは、グランドや土俵と同じく当該競技にとって神聖な場所であり、入退場に際し一礼をするリスペクトすべき場所なのだ。また、よくよく考えてみれば大坂選手に対する審判を通じた冒瀆ともとれる発言である。
 大谷選手の活躍で大リーグ観戦をする人が多いと思うが、メジャーでは審判の判定に対する抗議には即座の退場勧告が待っている。よほど感情が高ぶらない限り審判にくってかかる光景は見られなくなった。
 表彰式でブーイングが起こると、セリーナは勝者である大坂選手を称え、ブーイングはやめようとマイク発言。これを美談のように語るキャスターがいるが、そもそもこういった発言をしなければならない原因はセリーナ自身にあったのであり、大坂選手の優勝を称える表彰イベントは、その意義を半減されてしまった。勝利した選手が「(皆さんの期待に反し)こんな終わり方になって残念です」と発言して涙するほど追い込んだ会場の雰囲気そのものがナショナリズム的判官びいきに満たされていたのではないかと思う。ブーイングを諫めるためにはセリーナが語るしかなかった場面でセリーナはそれを理解したのだろうが、それは自己の暴挙を反省してのものだったかどうか・・・試合後に、セリーナは男子戦にはない女性差別があったと発言したというが、審判を泥棒呼ばわりするセリーナに差別うんぬんを指摘する資格があるだろうか。このセリーナの主張にはジョコビッチもデルポトロも異論を唱えているが、過去の大選手であるマッケンローが賛同の意を示した。しかし、マッケンロー自身が試合中にちょくちょく感情的暴言を審判に浴びせる問題児で、悪童というニックネームががつく選手であったのをテニスファンであれば記憶にあることではないだろうか。
 セリーナは「謝りなさい!」とも審判に言ったようだが、そこにも驕りを感じるし、なによりセリーナ自身が大坂選手に謝るべきではなかったか。
 その後、セリーナは「勝つべき価値があった」「大坂選手から学べるものは多い」と評し、この言葉で小生も納得はしたが、出来れば表彰式で発して欲しい言葉だった。
 「人間、どれだけ苦しみに耐えることができるかによって、はじめてその人の値打ちがわかるのだ」という山本有三(米百俵)の言葉を噛みしめるならば、大坂選手はたびたび中断する試合展開やセリーナの怒りを見せられる苦しい状況を耐えて耐えて我慢して大願成就を果たしたのであり、逆にセリーナは忍耐よりも感情を優先した自らのコントロール不足により一敗地にまみれた。
 

 さて、大坂選手に対する反応では別の観点での問題も感じる。SNSで伝わる内容に、大坂選手は日本人とは思えないという意味の書き込みがある。やれ二重国籍だ、日本に住んでいない、日本語が片言だとか、他に感覚的なものも含めて日本人初の快挙を素直に喜ばない人たちがいる。すでに時はグローバル化が進み、それは今後更に加速するであろう。そんな状況にあって時代遅れの、まさに民族差別的物言いにどんな意味があるのだろうか。スポーツの世界で通用する話でもない。
 世の中には、目的に対する理解度を示すことなく反論のための反論を、しかも重箱の隅を突くかのように唱える輩も少なくない。いわゆるマッチポンプ的思考とでも言おうか。ところが、結果に対しても率直に認めることが出来ず、勝利者批判にまで及んでしまう人がいる。世の事象にはいろいろあるが、少なくともスポーツはそういうものであってはならないと確信している。
 断っておきますが、日本の高校選抜チームが出場したU18野球大会の決勝戦で韓国が劇的優勝を果たした。ところが、選手たちがマウンドに駆け寄りペットボトルで水かけをした後、そのマウンドには空のボトルが散らばったままだった。これは結果を称える以上にアマチュア高校生という点からも徹底注意すべき事象であろうと思う。それこそ、グランドという神聖な場を汚すなかれ!なのだ。そもそも水かけ自体が許されることではない。甲子園での優勝場面でそのような光景は考えられないし考えたくもない。マナー遵守に加えて勝利に対する謙虚な姿勢が望まれると思うのだが厳しすぎるだろうか。
 ここまで書いてふと・・・スポーツ諸団体の陰湿な体質が続けざまに露見される状況に、スポーツは人間教育の場ではなく指導者エゴの場になってしまったかのようであり、指導者教育が求められるという論説を目にしてむなしさを感じてしまう。いかがなものだろうか。
 

No.3031 ナオミフィーバー!!!

2018.09.10

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 大坂なおみ選手の全米オープン優勝にメディアは最大限の言葉で称えている。歴史的快挙というのも胸のすく表現だが、この快挙、今年のスポーツ界全体の№1ニュースであることは間違いないし、ランクダウンすることもないだろう。とにかく滅茶苦茶嬉しいという感情が冷めずにいるものだから、何回ニュースを見ても飽きないし、見るたびに鳥肌が立つ。なにより、見た目は派手に見えるが、質素で謙虚かつ控えめな言葉と、ちょっぴりあどけなさの残るユーモアなどは頂点を射止めた選手とは思えない。優勝の瞬間にラケットを空高く放り投げて、コートに大の字になるといったダイナミックな歓喜の表現をよく見るが、彼女は目頭を押さえながらセリーナに歩み寄っていった。慣れていないこともあるかもしれないが、そんな人柄なのだろうと感じ入った。
 グランドスラムという表現が付き物のスポーツはゴルフとテニスくらいだろうか。ワールドワイドなもので他にあったかどうか思い出せない。どちらも年間に最高峰の大会が4つあり、ゴルフではそれぞれをメジャー、テニスではメジャーという呼称よりグランドスラムと称するのがならわしのようだ。4つの大会をすべて制するとグランドスラマーと言うのは一緒である。
 個人的に感じていることだが、テニスはハードスポーツの割には選手寿命が長く、限られた少数の選手が常に優勝を争う傾向がある。ゴルフはテニスに比べベテラン若手が入り交じり、場合によっては今年の全英女子オープンがそうであったように初優勝がメジャーということもある。つまり番狂わせが少ないのがテニスの特徴といえ、それほどまでにわずかな選手が強烈な印象を与え続けるスポーツである。
 今回の大阪なおみ選手の快挙は、男女を通して日本人初と言うことに尽きるが、GSのベスト4にも入ったことのない選手がいきなり優勝というのもとてつもなく素晴らしいと思う。実は、3回戦で6-0・6-0で勝った時、あれ?今回の大坂選手どうしたんだ、何か別人のようだなと感じていた。サプライズ以上の異変といったらよいだろうか。その後はあれよあれよの快進撃が続き、最後は、一皮、二皮どころではなく、一気に何枚も脱皮して成長してしまったように思えた。
 樋口久子さんがアジア選手として初めて全米女子プロ選手権に優勝したのが1977年のこと。その後は、ゴルフの世界でもメジャーを制する日本人は生まれていない。ましてや、テニスである。思い起こせば、イチロー選手の年間ヒット数の史上最高記録や松井選手のワールドシリーズでのMVP、なでしこ日本のワールドカップ優勝、そして去年は佐藤琢磨選手の日本人初のインディ優勝などなど、世界に通じる快挙にもいろいろあったし、その都度歓喜したものだ。しかし、今回の喜びはどこか違う感覚に満たされるから不思議だ。それだけ、テニスのグランドスラムが世界に冠たるビッグイベントということなのだろう。ベスト4でも1億を超える賞金というのだから驚くばかりだ。
 大坂選手はまだ20歳というから今後の伸びしろは計り知れない。謙虚な中にも他を圧倒するパワフルプレーで魅了する大坂時代を築いてもらいたいものだ。そして時の経過とともに堂々とした貫録を身に着けていけばいいのではないだろうか。とんかつ、カツ丼、カツカレーに加えて抹茶アイスクリームが好きだという。今や地球上どこに行ってもグローバルが当たり前となった。まさに、どこに住んでいようが正真正銘の日本人である。
 東レパンパシフィックで帰国する大坂選手が早く見たいものだ。そういえば、多くが楽しみにしていたなおみ選手の全米オープン決勝戦は、ウィンブルドンと違って有料チャンネルの独占中継だった。女子ゴルフも似た傾向にあるが、NHKには頑張って放映権を確保してもらいたと思うのは小生だけだろうか。有料の国営放送であるNHKはほとんどの国民が有料顧客である。それが、日本人が歴史的快挙を成し遂げた瞬間を放映出来なくては国を挙げて応援することが出来ないではないですか!

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