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No.3980 9月議会から特筆事項❶

2026.10.01

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 長い長い雨曇天がようやく収まりそうな気配である。東京レベルだと35日連続の雨日が市場最長記録だったようで、これほどお天道様が恋しいと感じたことはなかったのではないでしょうか。
 9月議会も29日に終わり、今日は正に快晴。千葉にまたか!と思った26号もそれたようで一安心です。暦も神無月入り初日で気分爽やかな一日となりそうです。
 さて、9月議会では面白い・・・というかこれまで出会ったことが無い場面にいくつか出くわしました。そのうちの一つを今回ご紹介したいと思います。

 今議会の主要議案は前年の令和7年度決算承認及び今年度補正予算で、項目別に3委員会に付託され審議された。他にも条例改正等々あるにはあったが、多くは質疑なく可決と相成った。
 そして、9月15日に開催された総務常任委員会の場で・・・決算審議において、ある議員が「○○ページの○○について」と発言したところで、別の議員が「自分がチェックしたんでしょ」と横から不規則発言だがなるほどと感じる指摘を。
 どういう意味かというと、質疑した議員は議選の監査委員なので決算については、その職制上歳入歳出すべての数値資料を審査確認した上で(のはずである)決算書に審査意見書を付けている。これは、外部監査委員と議選監査委員の2人だけが権利を有する職務ということになる。
 一般的に、どんな団体でも年一回の総会の決算報告の後に、監査委員が「詳細かつ慎重に審査した結果、すべて正常に処理されていることを報告いたします」と発言する役の人である。つまり、決算の正当性を担保する役目を持つのが監事とか監査役であり、自治体では監査委員と呼ばれる職制のことを言う。
 したがって、議会で決算審議をする決算書は、監査委員の承認を得ているものなので、監査委員自らがこれについて質疑するのは矛盾することになる。自分が監査した決算書に監査委員が質疑するなどあり得ないということである。
 ゆえに、不規則発言した議員は、これを指摘したのであり、ごくごく必然的な指摘なのだ。
 問題はこの次である・・・。

 この指摘に対して、かの議員は。かなり甲高い声を張り上げ、「いいじゃないですか。好きにさせてくださいよ」と、エキセントリックな反応でやり返したのだ。
 この監査委員議員の発言には、いろいろな意味で問題があるが、問題発言だとして削除や訂正の動議を起こしても、おそらく否決されたであろうと思う。それは、今の幸手市議会の在り様に根があるのだが、ここではそれは論じることはしない。
 ただ、監査委員を兼ねる議員が発した発言としてはいかがなものかということなのだ。
 どういうことかと言うと・・・
❶「いいじゃないですか」・・・監査委員としての分をわきまえない、認識不足の発言である。監査委員が決算について質疑すること自体おかしいのだ。まともに監査しなかったのか! あるいはお任せ監査だったのかという疑問を周囲に与えることになるからだ。
❷「好きにさせてくださいよ」・・・監査委員及び議員として、モラルハザードから著しく逸脱する発言である。なぜなら、議員の発言には一定のルールとマナーがある。好きに発言出来ると考えていたら、それは大きな間違いなのは誰でもわかる。考えようによっては、この議員はこの発言自体で、すでに好きにしていることになる。議員としての自覚と品性に欠ける発言であったと指摘されても止むを得まい。
 また、そこまでの大意は無く、正しい指摘をされたことへの瞬時の反論だとするなら、それは売り言葉に買い言葉ということにもなるので、いずれにしてもいかがなものかなのだ。
 当人が反省するかしないかは問うてもせんないし、すでに終わった委員会のことなので今更ということだが、県内の他の議会では監査委員の一般質問すら出来ないルールの議会が複数ある。
 また、幸手市議会の議選監査委員は、常任委員長が兼任しているが、他に同様の議会は現在存在しないのが現実である。なぜそうなったかの経緯は話すと長くなる。
 一般会計から特別会計までのすべてを監査チェックする職制かつ職性の監査委員にあっては、その重い役割を深く認識し、専門性を年頭に職務にあたらなければならない。

 そこで、一つの提案だが、決算審査議会である9月議会の本議会において、執行部から決算議案についての説明が為された後に、議選の監査委員が決算審査意見書を登壇して読み上げるようにしてはどうか。
 委員長報告がそうであるように、監査委員意見書は執行部が作成しているとするならば、監査委員は本議会でそれを朗読することで、その責務を全うするというスタイルである。それを議選の監査委員の職務にするのである。とにかく、監査委員議員が決算数値に質疑するなどという矛盾は無くさなければいけない。なんでもありや、好きになどさせられないということである。

 

No.3979 信念揺るぎなく物言う総理

2026.09.29

 高市総理が国連で行なった演説の評価が国際的に高まっている。戦後81年が経過している国際関係にあって、ここまではっきりと物言える首脳は少ない。
 故安倍総理が戦後レジームからの脱却を宣言して後、高市総理はこれをしっかり踏襲する形で、他の誰もが為し得なかった主張を国連の場で示したのだ。これは、石破前総理が国連で各国代表に不敬かつ無礼な対応をしたこととは天と地ほどの差がある。
 中国やロシアの思考は、日本という国の存在感が高まることをよろしく思わないお国柄だと、つくづく感じる。国政選挙において反対思想政党を排除するという暴挙を実行するロシア。中国が香港に行なった行為と変わりが無い。日本とドイツの常任理事国入りに反対するのもロシア。新型軍国主義とまるで日本が防衛力を高めることを戦争を仕掛ける目的だと吹聴する中国。高市総理の台湾有事発言に中国式理屈を乗せて始まった狡猾な対日対応は、北方領土や尖閣諸島への現状を思えば危険極まりない状態といえる。
 既に、認知戦と言われる中国式他国侵略はかなり前から行なわれており、独裁全体主義により民主主義の弱点を突くことを長期戦略としてひそかに進行させているとする中国。地下シェルターの必要性すら議論される時代に入っていることを私たちはどのように理解すればよいのだろうか。
 そんな状況下での高市総理の国連演説は、正に世界に訴える内容であったと思う。今、こうした地政学的国家論に等しき信念をはっきりと口に出来る政治家が少ないが、高市総理はまれにみる物言う総理だと確信した。

ファイル 1912-1.jpeg 添付は、産経新聞の社説ですが是非目を通していただきたいと思います。今回の高市総理の発言から感じることは、戦後レジームから脱却すべきは中国でありロシアだと思いますがいかがでしょうか。
 明日29日は市議会最終日です。国政も市政も私たちの生活に密着していますが、今議会の議案に反対すべきものは見当たりません。問題は議員間協議の在り方に正常性が欠ける議会内にあると感じますが、現状さしたる変容は無さそうです。

No.3978 死球後遺症

2026.09.23

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 今回は最初にお断りとお詫びをしておきます。というのも、醜いデッドボール後遺症写真をアップしたものですからご容赦のほど願います。そして、更なるお断りは、一切AI加工や修整アプリは使っていないということです。
ファイル 1911-1.jpg 先週土曜日の練習時のこと。キャッチボールの後に行うウォームアップ的練習のトスバッティングの際のことでした。ピッチャー返しでポンポンと順調にリズム良く進んでいたところ、少し乗ってきた投げ役が急にスピードを上げ、指にひっかかったところで、左打ちの私の左足にドスン! 右足はよけたものの両足よけるのは至難の技でした。
 ソフトボールなんですが、トスの時は上から投げるのが普通になっていて、通常12mほどのバッテリー間と違って、せいぜい6m程度の距離ですからよける間もないスピードにトスでは珍しいデッドボール! 痛いのなんの、一瞬ウッーとうずくまるくらいの痛さです。そして写真の始末となったわけです。
 この死球のなごりですが、若い時のそれとは少々出来具合が違うようで、この広がりと濃さにはビックリです。そして拡大してみると内出血は点の集約状態なんですね。実は、内出血痣が出来るだろうとは思っていたのですが、情けないことにそれに気がついたのは今日です。鈍感もいいところで、あらためて押してみると結構な痛みです。試合で投げるスピードはかなりのものがありますので、頭に当たろうものなら笑えないアクシデントになります。
 いやはや、生涯スポーツと思いながらやってるソフトボールですので、これきしのこととは考えたいのですが、こうした後遺症はつきものだなどと軽く考えられないことを実感した次第です。
 という情けない失敗談でしたが、スポーツ万歳には変わりなく!

No.3977 国民の理解度は

2026.09.19

 起床時間が早いのは健康的とは思うものの、早過ぎるのも考え物だ。それもこれも、大谷選手がメジャーで活躍するようになってからと決めつけていたが、どうやらそれが日常的になってきたようで、逆に体への影響を感じる状況にある。よく嵯峨という言葉が使われるが、嬉しい嵯峨と悲しい嵯峨は別々に存在するもののはずだが、メジャー観戦で早起きして日本選手が活躍するのは両方の嵯峨が同居している感覚だ。
 ところで、悲しい嵯峨と言えば、金に執着する政治家の姿もそのようだ。目の前に転がっている合法と言えば合法なのだろうが、巨額の政党交付金を解党同様の状況を作りながらも受領するというあさましい姿もその種に入るに違いない。
 ネットにはかなり激烈な意見が集中しており、新着ニュースでは、アンケートの結果これを問題視する人が89%、つまり容認する比率が11%である。もっとも、これは不思議な数値で、たしか立憲民主党の支持率は5%あるかないかだったと思うので、11%は多過ぎると思うくらいである。11億7千万円もの金銭を選挙の借金と落選者の生活保護にというのは金銭感覚というより常識の感性が無いと言うのに等しい。
 いずれにしても詐欺同然という声があるのは、この受領のために議員一人を残して完全解党はしなということなのだろう。言ってみれば、オレオレ詐欺の受け子スタイルとほぼ同じ状況設定に感じられるが・・・。
 目の前に転がった金を搾取するために受け子役を残して、他は全員次期選挙の為に逃げて、議席の無い議員にもお恵みを施す。この対象となる金こそ国民の血税ではないか! しかも、この政党交付金の一部約17億は既に受領しており、落選議員の月40万円の給付等々に充てられている。選挙資金の返済にしてもどうにも理解に苦しむ。
 モリエールの守銭奴ならぬ守銭党と命名してはどうかと思うほどの愚行である。

 
 新内閣の発表に際し、裏金だの不記載だのと相変わらずのオールドメディだが、裏金不記載の対象は支援者のパーティー参加費。だから問題ゼロとまでには言わないが、今回の政党交付金受領はしつこいようだが我々の税金である。何十年も前にこうした制度を決めたのは自民党だが、これについては、新内閣で即時の法改正をすべきと思うが、皆さんはどう思われますか。ただ、文書交通費ですら自民党を始め多くの政党が使途公表に同意しない現実がある。国民に対する可視化、透明化は必要と感じさせる今回の一件ではないだろうか。
 新党結成が政党交付金の持つ魅力もしくは魔力によってもたらされるのであれば、国民にとって喜ばしいことではない。各政党がどれほどの交付金を受領しているか、AIに問えば簡単にわかります。よろしかったらご意見をお聞かせください。
 今朝のニュースでは、泉健太、大島敦の二人が名を変えただけの民主改革の会に入らないそうだ。最低限の賢明な判断と思うが、中道、公明と作る統一会派には大島氏は入るという。きっちりとした判断が為されないのも悲しい嵯峨だろう。おそらく、次期選挙では有権者の鉄槌が下され、再度解党論が出る可能性もあると思うがどうであろうか。
 昔から、早起きは三文の得(徳)と言ったものだが、この詐欺的政党交付金受領事件の先に、得も徳もない旧立憲民主党の行く末が待っているように思われてならない。小川代表の苦し紛れの言い訳も悲しい嵯峨にしか聞こえない。
 国政、県政、地方議会ともに金銭問題のあるなしや疑問のレベルは違えど、それぞれに悲しい嵯峨は存在しているのが現実だと言っても過言ではない。

No.3976 ツクツクボウシとヒガンバナ

2026.09.18

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 晩夏特有の耳に心地よい蝉の声。夏ゼミの最終ランナーとしてツクツクボウシの声が溢れ始めた。と言っても、我が家の周りでは、溢れるほどではないのだが、樹々がこもる地区では耳障りになるほどオーシンツクツクと響く鳴き声があちらこちらでけたたましい。そう感じたのが今の権現堂桜堤である。明日19日から始まる秋の権現堂花ごよみ「曼珠沙華祭り」の前にと、出かけてみたが、車から降りてまず五感に入ったのがツクツクボウシの声だった。自分は好きな鳴き声の一つなのだが、人それぞれとすれば、やや鳴き過ぎといった状態なのかもしれない。しかし、蝉全般に言えることだが、肺活量が小さいせいか、あの独特なオーシンツクの声も、10秒かかるかからないくらいで止まる。そして、また数秒して泣き出すといった風で、成虫になって20日前後しかない命の限りを尽くして鳴く姿は尊いとかんじるほど。肺活量の短さは、袋状の気管ではなく気門という気管を通して呼吸をするので、そうは長く鳴けないのかもしれない。
 
 さて、権現堂堤で次に五感に入ったのは、もちろんヒガンバナ。保存会の方々が精魂込めて植栽したことがわかるほど、整理整頓状態で、長い堤の土手両側と歩道に行儀よく咲いている。しかし、この行儀良さは、あと数日で満開になればわからなくなることは間違いない。一面赤一色・・いやいや白い花もなかなかだが、埋め尽くす光景は見事なものだ。実は、自分はこの花には一つだけ物足りなさを感じところがあるのだ。それは、満開となると話は別なのだが、パラパラと咲いている時には、茎に葉が全然ない。それがなんとなく満腹感を与えてくれないなーと昔から感じているのだが、一人合点な感覚ゆえ大好きな方には先にお詫びしておきます。
 歩道全距離を西から歩いて第三公園側に降りて土手下の中道を戻る形で進むと、今まで知らなかった光景に出会った。コキアと皇帝ダリアが道沿いに植え付けられているではないか。コキアは約200m、皇帝ダリアは100mほどだっただろうか。帰って調べてみたら、コキアは10月中旬には真っ赤になり、薄紫の見事な花をつける皇帝ダリアは11月中旬ごろからが見頃のようだ。
 素晴らしい!いつの間に?といった感じで、二人共々感心しきりで、散歩がてらに訪れたことを喜んだ次第。今まで以上に、この幸手市のランドマークとして全国に名をはせる権現堂桜堤に足を運ぶことにしようと意見の一致を見た。
 明日からの「権現堂曼珠沙華祭り」是非ご来場のほど!!!

No.3975 なぜ、今になって謝罪

2026.09.16

 いつになったら秋日和が感じられるのだろうか。やりたいことがなかなか出来ないじれったさもあるが、やはり心が晴れない。予報を見ると毎日のように雨マークがつく。
 心が晴れないと言えば、今年3月16日に起こった辺野古沖の研修ボートの転覆事故で高校生が亡くなってから半年が経つ16日、船の運航団体である「ヘリ基地反対協議会」が謝罪と献花をしたという。
 船長とともに命を落とした武石知華さんのご家族は、事故発生以来、真相究明を求め、知華さんの死に対する疑問を投げかけていた。平和学習と称して左派思想に満ちたヘリ基地反対協議会が運営するボートを利用した同志社国際高校も運行団体も心からのお詫びすることなく、思想的批判を真っ向から否定し、言い訳が先行するような対応に終始した。
 また、マスコミも一部を除き、この一件には極力思想的な点に触れないようにし、純粋な研修旅行だったとする報道が多かった。テレビなどはひどいものだった。
 ところが・・・13日の沖縄知事選の3日後の16日に謝罪と献花とはいかなる事情によるものかと、多くの国民は感じることだろう。
 ニュース配信は共同通信で、反保守、反高市を隠そうともしないトップメディアなのだ。しかも、私が思う「なぜ、いまになって?」という疑問は全く記事には見られない。
 知事選で敗れた玉城デニー前知事は、事故発生直後に「活動の目的は安全性、中立性が確保された上での平和教育と認識している」と発言している。更に、文科省がこれに対して、政治的中立性に欠けており、教育基本法に違反していると認定した際には、「国は踏み込み過ぎで、沖縄の平和教育は偏向していない」と逆批判している。そして、知事選においては「辺野古は書かず、語らず」の選挙戦に徹し、約14万票の大差で敗れたばかりだった。こうして半年の流れを経ての知事選で学校側とヘリ基地反対派の側に立って、理論展開してきた前知事が大敗した理由がおのずと理解できる。
 思想の自由は認めるが、非は非として認め、詫びる姿勢は早いに越したことはない。思想的な傾向以上に人柄に問題があるとしか考えられない。思い起こせば、玉城氏は小沢一郎氏の配下議員だったことから、翁長知事の急逝にあたり送りこまれた候補だった。当時はオール沖縄の勢いが勝っていた時期だった。今回、玉城候補が勝利していたら、今日の謝罪と献花はあっただろうか。ヘリ基地反対協議会の代表には、警察による事情聴取が続いていることも有る。そうしたタイミングでの遅れた反省なのだ。その代表が献花で述べた追悼の言葉が「二度とこのような事故が起きぬよう、真相究明に向け捜査に協力していく」である。半年経って、真相究明に協力も無いものだ。
 共産党委員長田村智子氏は知事選後に「高市政権は沖縄政治の転覆を謀った」と。これでは、時の政権がクーデターをしたような言い分だが、どこか思考がずれているとしか思えない。中国に近く、沖縄は中国の領土であると公然と言い放つ中国の現実があって、地政学的に日本の領土であり続けるために沖縄の良識が目覚めたことは間違いない。

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