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No.3935 最近の許し難きこと2つ

2026.04.25

 公明党と立憲民主党が衆議院でのみ合体している中道改革連合が、先の総選挙で落選した議員に政治活動資金を給付するという話、これほど国民をバカにした話は無いと思いませんか。政党主導で行われる資金繰りにはいろいろありますが、その最たるものは、国からの政党交付金です。多くの政党は億単位の莫大な交付金を受けています。当然、活動資金としての留保金も持っているでしょうから、その額は国民が考える以上のものがあると思います。合体した公明党側ではどういった見解をもっているのでしょうか。政治資金はまったく別管理をしているということでしょうか。
 とにかく、そこから落選議員に月額40万円を給付するというのは、どう考えても納得いかないではありませんか。政党交付金はまごうこと無き税金が原資なのです。もちろん、政党によっては交付金以外にも資金繰りの元を持つ党もあるでしょうが、落選した議員が政治活動費と称して生活資金を党が支給することが許されるなら、これはまさしく生活保護にも等しい対応で、そうした目的のために私たち国民は税金を払っているつもりはありません。こんなことをが許されていいはずはありません。至急、法改正を実行するくらいでないといけないと思います。そもそも、身を切る改革として議員定数削減を語る前に、旧文書交通費の月額100万円の改革を優先すべきでしょう。無くせとまでは言いませんが、使途を明解にすべきです。それでなくても新幹線などのフリーライド権など、国会議員には複数の特権があるのですから。

 さて、もう一点は沖縄辺野古の海で起った海難事件です。もっとも腹立たしいのは、辺野古反対の左派系(共産党や日教組系)団体は、日々陸地はもとより海でも小舟に乗って辺野古基地建設反対の恣意行為を実行しています。日々行われている当地での反対運動は、地元の八重山日報が伝えるくらいで、琉球新報も沖縄タイムスも、そしてオールドメディアも取り上げませんから、国民には知る由もない状態ですが、工事関係者ヘの反対パワハラ行為は目に余るものがあるのです。
 左派思想行為の一貫として、高校生を利用したわけです。亡くなった高校生の親は、この企画の詳細を確認していたら娘を行かせなかったと無念の思いを語っています。理屈は無用! 利用したと言われても仕方のない死亡事故と言わずしてなんなのか。このボート運営に関わる人の中には、地元共産党で立派な肩書を持つ人がいたりします。事故当時の記者会見ではムスっとしたまま謝罪の言葉を口にしませんでしたし、頭もろくに下げなかったのです。
 国会では共産党の田村委員長や山添議員などは、それらの関連には口をつぐむが、委員会では高市政権が戦争をしようとしているといった主旨の質疑ばかりでうんざりします。当事者の一方である同志社国際高校の校長の対応も事件に対する謝意や反省の言葉少なく、自己弁明ばかりが口をつきます。とうとう文科省の査察が入りましたが、左派思想をカリキュラムとして思考していたとしたら何をかいわんやではありませんか。

No.3934 選挙新時代

2026.04.22

 県内で立て続けに首長選挙や市議町議選が行われている。来年の統一地方選挙以上のにぎやかさである。加須市長選で42歳の県議、久喜市長選では39歳の市議が新市長として市民の負託を受けた。7月には杉戸町長選が控えている。
 SNSが選挙戦の重要な戦術になってから数年経過しているが、テレビを見ない、新聞を読まない、車を持たないという若者が増えている現代、彼らの投票心理を読み解くのはハードなことだ。ましてや18歳で選挙権を得ることになるから、このイヤホンスマホ世代がどんな思いで投票しているかを考察することが選挙戦のカギになっているのは間違いない。
 幸手市は来年の秋に市長選があるが、3期務め上げた市長はまだいない。久喜市の場合も現職の候補が3期目への挑戦だったが、初挑戦の新人にその座を譲ることとなった。誰がどうとか、どっちがどうとかではなく、私はいつも、議員は何期何年、首長は何期何年勤めるのが適切なのだろうかと思う。年齢とのバランスもあるし、例えば極端な話で恐縮だが、30歳で首長になったとしよう。すると8期在位すると62歳になるが、年齢的には政治家としては最も油ののったところだろう。しかし、8期は選挙戦で相手陣営が問題視するほど長すぎることは間違いない。県内の市長で敗者になった後に県議になった例もあるが、やはり60代であれば、県議や国会議員への道筋があるのが理想なのかもしれない。埼玉にも栃木にも国会のステージに上がった例はあるし、知事が国会議員になるのも身近な例にもあるし、新潟県などにも見られた。そうした例は少なくないのだ。しかし、こればかりは地元事情があって、おいそれとは公認どころか信任も得られない。とくに自民党はその傾向が強く、小選挙区制ということもあって、ならば保守系野党に鞍替えしようと思いたくもなるのだろう。そんな例は先の衆議院選挙での参政党など枚挙にいとまがない。政治を目指した経緯や、イデオロギー、ましてや人間関係までもが思考の外になる。
 とりとめのない話になったが、何が言いたいかというと、若くして政治家になると落選した時の苦難を乗り越えるのは、ある意味地獄に近いものがあるように想う。かくいう私も県議選に敗れてから悩みに悩んだものだが、幸い手を差し伸べてくれる人物がいた。この時には心から人の温かさと人付き合いの大切さを感じたものだ。相互信頼があればこその人脈というものなのだろう。
 さて、前久喜市長がどういった形で捲土重来を期すのか、温かい目で見守りたいと思う。自分に何が出来るわけでもないのだけれど。

No.3933 知恩・報恩

2026.04.16

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 前号の“一本の桜”に対してお褒めとも思える感嘆された様子のメールを複数いただきました。私自身もそうですが、何に感動を覚えるかは人それぞれですが何処に感動があるかわかりませんね。
 最近、アクセスが80を超えるような日があることに驚いていますが、議員だから議会や街に関連する内容と思いつつも、それにこだわることをせず、エッセイとしてのブログ思考で内容構成をすることに、今回のようにホットするような言葉をいただくのでこちらの方が心安まる感覚になります。そして、必ずそこに書かれていることは頑張ってくださいという励ましの言葉です。有難いことです。

 今号のタイトルは文字通り、受けた恩を忘れることなく、感謝の心を持って恩に報いるというものです。特に仏教用語を意図したわけではありませんで、通用語として、まさに議員であれば、その職の特性において、なったいきさつから維持・継続について多くの恩をいただいているという意味で忘れてはならない心根を言い当てた言葉だと思っています。一般的には人生の幾つかの通過点で恩人と感じる人は少なくないのですが、そうした感性は人次第ということもありますね。それがトドのつまりは人としての本質を示しているのかもしれません。そして、そんな過去を懐かしく振り返ることが多くなった現実は、私もそれなりに・・・ということでしょうか。
 

 
 

No.3932 一本の桜

2026.04.09

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ファイル 1865-1.jpg 昨日の入学式では、小学生264人、中学生305人の新一年生が幸手市で誕生しました。毎年のことではありますが、人は小学校6年間でどれだけ成長するかというビフォア&アフターという意味合いから、保護者や学校関係者の皆さんのご苦労が理解できるところです。
 午前9時からの中学校入学式から自転車で帰宅する際、最近通ることが少なくなった道で郷愁をそそられる風景に出くわしました。香日向での生活も35年になる中、こんな身近なところに感動する風景があったのかと感じた次第です。
たあいもなく道端に立つ「一本の桜」を数メートル前にして通り過ぎようとしながら「待てよー」とひらめき、戻ってスマホに収めたのが添付の写真。電信柱とカーブミラーが無ければ良かったと思ったのものの、いやそれがあるからまたいいのかもしれないと言い聞かせる自分。
 桜は集合体で立ち並ぶ姿に多くの人が魅了されるものと思いがちですが、こうして立つ一本桜もなかなかではありませんか。たまたま、既にほとんどは葉桜になっているのに、この桜はまだまだ見るものを納得させる満開感であふれているのです。写真の奥が幸手市の最西部に位置する香日向です。

No.3931 入学式

2026.04.08

 良かったですねー。えー、何が良かったかですか? 昨日までのどんよりした悪天候が嘘のように今朝は大中落とし沿いの葉桜が輝いて見えるのです。
 今日8日は市内小中学全校の入学式が挙行される。まだ人数確認は出来ていませんが、今や国家の宝でもある小学1年生の屈託のない姿に接することへの期待感は毎年のことながらわくわくさせられますし、少し大きめの学生服に身を包んだ中学1年生には、更なる高みに向うフレッシュかつ緊張する姿にこちらも身が引き締まるといったところ。
 一昨日、権現堂まで歩き汗をかきましたが、今日あたりは市内の桜が子どもたちの背中に祝福の花吹雪を見舞うことになるでしょう。そして、明日からはまたスクールガードの朝が始まります。勤め人時代と違い、いつの間にか年の始まりは新入生誕生の日がお定まりとなっていることに年を感じるこの頃です。

No.3930 国民民主党の異常性

2026.04.07

 公選法違反にもいろいろあるが、選挙時の買収という最近あまり聞かなくなった代表的な選挙違反が先の衆議院選東京7区で発生した。元都議の国民民主党公認の入江伸子氏で、党は即除籍扱いとし、同党都連の会長と選挙対策委員長は引責辞任している。可哀そうなのは運動員の学生さんまでが対象となったことだが、認識の甘さは学生とはいえ問われてしかるべきだろう。そして玉木党代表はあってはならない事案だとして謝罪を表明した。
 ところが、埼玉県で川口市長選の関係で行われた県議補選で、またまた国民民主党の候補者に対する調査不足があったとして党は西沢理氏の公認を、なんと投票日前日に取り消すという前代未聞の事案が発生した。県連会長の鈴木衆議院議員が謝罪はしたものの理由は明らかにしなかったのも異様だった。有権者に多大な迷惑となったことは間違いないわけで、そのまま済し崩し的に終わるのかと思いきや、党の候補者が性的犯罪に関わった過去があったことが巷間伝わることとなったのだ。政党のガバナンスとしては由々しき問題である。
 さらにややこしいことに、この候補者が当選枠2名枠の2位で当選したのだ。当の本人は3月県議会初日に辞職を願い出て受理されたのだが、党は党で大慌てで除籍にするという不始末この上無い結末となった。
 さーて、今度は2度あることは3度あるという格言が本当に起ってしまったのだ。本日の朝刊によると、昨年3月の入間市議選で国民民主党公認としてトップ当選した益田英主氏の当選無効が確定したのだ。市内で3カ月の居住実態が無かったことを市県双方の選管が判断したことによる。こうした場合、だいたい高裁に不服申し立ての提訴をするものだが、これが先月11日に棄却された後、上告しなかったことで判決が確定した。
 この居住実態不明事案は最近多く見受ける違反で、埼玉県では一昨年だったか新人の女性県議が同様の決定を受けている。この例は、維新の会が関東に進出する方針の中で起った事案だが、このパターンは今後も有り得ることと思えてならない。

 参政党が来年の統一地方選挙で500人規模の候補者擁立を目指すとしているが、候補者の内容吟味は代表が個人的にするのがこの党の実態だろうから、政治家としての資質は後回しになり、当選出来るかどうかの浅薄な選任になるものと思う。同党の場合、地方選挙戦で保守がぶつかると一方の支援に回るという形で経験者を勧誘し、時をおかずに要職として起用する手法を見せる、和田政宗氏や豊田真由子氏などがその典型だ。本人にしてみれば政治家に復帰出来るなら保守系政党ならどこでもいいということなのだろう。結果、野党として自民党に対峙することになり、予算も反対するのだから何をかいわんやである。和田氏などは自民党バリバリの現実保守派だと思っていたが、宮城知事選の結果において、政治スタンスを変えざるを得なくなった。議員浪人するよりましというのはわからないではないが節操がなさすぎる。豊田氏にしても先の衆議院選で北関東ブロック比例というおもてなしぶりで当選し、即政調会長代行というのだからこの党の脆弱ぶりがうかがえる。
 新党が全国的に組織拡大を図る際、こうした傾向が増えるであろうことは理解できるが、俗に言う落下傘候補には犯罪歴は別にして、居住歴問題は大いに可能性のあることと言える。
 さて、本題に戻るが国民民主党は国政での代表発言のブレ具合も相当だが、結局のところ反自民、反高市の政党として存在感を示したいだけの政党だったと考えざるを得ない。その存在感に関わることとして立憲民主党とは一線を引く姿勢も示す。中革連合体を反面教師にして埋没防止策に配慮しているのだろうが、逆に中途半端にしか感じられない。ゆえに国民の不信感は高まり支持率低下をもたらし、今後の国政での立ち位置は微妙だ。玉木雄一郎代表の曖昧なリーダー資質が招いた現状の責任は重いといえるだろう。彼の発言は独自性を訴えたいのだろうが、思いつきで人と違うことを言えばいいと考えるタイプなのかもしれませんな。基本、素直さに欠ける。政治家の資質は学歴ではないという見本のように思えて仕方がない。

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