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No.3900 党是綱領とは?  

2026.01.22

 前号から1週間経過してしまいました。いつになく雑務所用に追われる1月で、実際てんやわんやの状態です。ひとまず「きずな№23」も作り終え前号で立民と公明との合体情報に触れましたが、これが事実となり「中道改革連合」が設立されました。理解に苦しむのは衆議院だけの話で、参議院はこれまでの党名は残すとのことです。これでは解散情報に組した選挙野合と解釈されてもやむを得ないかと思います。実は、前々から中道という政治用語の理解に悩む状況でしたので、名前などどうでもいいのかなと今回強く感じた次第です。

 ひどいなあと思うのは立憲共産党いや立憲民主党です。立憲民主党の党是綱領というか政治主張の本線には「原発ゼロ」と「平和安全法制は違憲」という共産党と同じ自民党に対する強い反駁主張があったはずです。ところが、新党設立にあたり合流する議員に、原発は必要、平和安全法制は合憲という解釈に則ることを求めているのです。これでは政党とは何ぞや、支援者からすれば絶対に譲れない思想転換としか感じられないことと思いますがいかがでしょうか。
 立憲民主党設立の原点は、2017年希望の党設立にあたって小池百合子氏から安保法制及び改憲の容認及びその政策協定書への署名を求められたことが原点でした。この時、民進党からの合流組の一人であった枝野幸男氏が合流を拒否し、立ち上げたのが今の立憲民主党です。中でも安保法制には強い疑義を訴え、これの修整を求めて訴訟にまで発展させていますが、その訴訟弁護団の一人に現在北海道比例区当選の篠田奈保子議員がいます。今後どうするというのでしょう。まったく整合性が保たれない状況になってしまったのです。
 原発容認も極めて不可思議な変節です。なぜなら、2018年3月に原発ゼロ基本法案を国会に提出したのは誰あろう枝野幸男氏が代表時の立憲民主党中心によるものでした。最近、枝野氏は条件付きで原発再開を認める発言をして話題になり党内で浮いた存在かと報道された経緯がありましたが、逆に今回、そっくり党全体が乗っかったことになったようです。
 これまでの国会論議にもかなりの時間を割いてきたこれらの主義主張を選挙直前にガラッと変えてしまったことに支援者はどう感じているのかと思います。とくに、国民民主党の政権入りには強い反対をした連合は、今回の合体にどのような意見具申をしたのでしょうか。政権奪取の暁にはリベラル日本で国をリード出来るとでも考えたのでしょうか。
 まさに、バッジをつけるための理念崩壊を平然とやってのけたということと理解せざるを得ないのですが・・・。

No.3899 立憲・公明が新党結成か  

2026.01.14

 たった今、朝日新聞ネットニュースに接して驚きました。タイトルの内容をまことしやかに伝えているのです。公明党が連立離脱で自民と別れた時も衝撃を受けましたが、その時以上のものがあります。
 ともに中道路線だからと言うのを理由としていますが、公明党は理解出来ても立憲民主党はとても中道とは言えない変貌を感じさせる昨今の動向です。元々、自民党に在籍していた議員も少なくありませんが、媚中議員も多くいるのはあきらかです。
 なんといっても、先の岡田克也氏の国会質疑も悪評フンプンで、高市政権の高い支持率を支える要因になってしまったのではないかと感じましたが、NHK日曜討論会での「国民の感情をコントロールしないといけない」という発言は中道などと言えるものではないことを示すものでした。
 急速に解散の空気が濃くなってきたことから、各党いろいろ再生再編の動きが高まっているのは理解するところですが、この新党報道の今後は誰しもが高い関心を持つことでしょう。この新党結成には、例のベテラン壊し屋議員が絡んでいるのではないかとうがった推測をしていますが果たしてどうか?
 さて、新党の名称はどうなるのでしょうか。かたや変更には慣れた政党ですが、公明党には揺ぎない政党イメージが党名に確立されていますからね。

No.3898 前橋市長選 

2026.01.13

 前橋市長選の結果が出ました。不倫騒動の渦中に辞任し、出直し選にうって出た小川晶氏が再選を果たしましたが、多くの国民にとって複雑な想いが交錯していることは間違いないでしょう。
 前橋市民の倫理観はどれほどか、それとも政策を問う方が優先か。こんあ選挙戦になると理解していましたが、結果は政策期待に凱歌が上がったということです。当選報道画面を見ていて、かなりの数の女性がハグして歓喜の表現をしていましたが、私的には女性票がどれほど得られるかが小川氏側の厳しいところと思っていましたが、それは考え過ぎだったかもしれません。というより意外な感じが強くしています。
 部下とその家庭を守ることなく、議会の不信任議決を避けるように辞任をした小川氏への批判は戦前から強いものを感じていました。結果は、自分は元のさやに戻ることになったわけですが、選挙結果は民主主義の最たる姿だと言い聞かせてもどこか矛盾も感じる結果です。前橋市民の倫理観レベルもそうですが、政治に腹立てて投票に行かない市民も多くいた可能性を考えると、選挙が民主主義の最高定義にあてはめるのは違うのではないかと感じるのです。
 もう一つ感じる点は、山本知事が小川氏再選を強烈に否定した選挙応援をしたのがどうだったのかです。自民党がどうだとか言う以前に知事が首長選や、県議選に手も口も出すことが良い事なのかどうかは何時も疑問に感じています。埼玉県の元知事も自民党県議団に対抗する姿勢を鮮明にして、自らの政党会派を作ったものの、1期4年ももたずして消え去った事実は、私も関りがあったこととして記憶に残っています。知事や国会議員の応援は判官びいきにもつながるので、決して選挙戦を有利にするとは限りません。高市総理が来援というのなら事情も変わるでしょうが、Net戦略もしかり、そろそろ選挙戦の在り方を考え直すべきです。

 小川氏が今後、メンタルを強くして特定の相談相手無くして行政トップを務めることができるのだろうか? 相談相手を作っても相談場所を変えればいいとでも考えているのだろうか。人間個々の本能は、性格と同様簡単に変えられるものではないとしても、前橋市有権者の4分の1は政策に期待して小川氏への支持を示したのです。とくに子ども政策への期待を語る市民が多いようですが、小川氏が市内の小中高の各種式典に出向いた際にどういった挨拶をするのかは一つの関心事です。
 ともあれ、この選挙で感じることは、今の日本の倫理観が目に見えて変貌していると思わせることです。嘘や不誠実さを首長選挙という大きな選挙動向において平然と見過ごす有権者が多いという事実はどうなのか。県庁所在地の大都市で出された民意とはなんなのか。47%の投票率の半分の意志が民意なのか。
 民意という言葉は現場でも始終使われますが、是々非々と同様、政治的に都合の良い言葉だということをあらためて強く認識した次第です。私は前々からこの二つの言葉が、政治家にとって自らの都合に合わせて使える便利用語だとずっと感じているからです。是々非々にも民意にも、自分にとって正当なのか、世間から見て正当なのか、これは政治の世界の永遠のジレンマなのです。

No.3897 幸手市二十歳を祝う会 

2026.01.11

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 前号のニュー大相撲の初日に呼応するというわけではありませんが、この時期は全国各地で二十歳を祝う会が挙行される予定です。
 幸手市でも406人の二十歳をめでる祝いが午後2時からアスカル幸手で開催されます。2025年=414名 2024年=455名でしたので、少しづつ減少してはいますが、これは多くの自治体に見られる現象です。
 全ての二十歳、それぞれがほとばしる若さと情熱を地域ひいては国に向けてくれることが国家発展に欠かせません。頑張って!とか期待してるよ!という声掛けは、逆にプレッシャーになるから言ってほしくないと現代の青少年は感じるとか聞いたことがありますが、皆がそうだということでもないでしょう。青年よ大志を抱けという札幌農学校のクラーク博士の言葉もあるくらいです。
 ガンバレー二十歳!
 

No.3896 大相撲も新たな展開 

2026.01.11

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 大相撲本年初場所は久しぶりに東西の横綱と大関が揃う番付となりました。中でも安青錦と朝の山の存在が目を引きます。安青錦には近い内にというか3.4場所先の横綱昇進もあるのではないかとワクワク感がおさえられません。そして朝の山がとうとう再度の幕内復帰をはたしました。ここまでの流れをつぶさに見ていて、協会の彼に対する対応はいささか厳しすぎると思っていましたが、逆境何するものぞのスピリットでよくぞここまで精進したものです。幕下や十両時に彼が土俵に上がるとひときわ大きな拍手が上がっていたことからも彼の人気の度合いが感じられました。朝の山歓喜の初優勝!この時にトランプ大統領が土俵に上がり祝福した場面が想い出されます。安倍総理と連れ立って大相撲観戦に訪れた際の貴重な大相撲の歴史です。三役復帰、そして大関再昇進もあるか!
 霧島と高安の元大関も戻り関脇で東西揃い踏み。平幕にも地力のある力士が多くいます。大の里と豊昇龍を筆頭に新鮮さと重厚さが感じられる初場所から目が離せません。
相撲の殿堂 国技館での大相撲初場所はいよいよ今日が初日です。

 

No.3895 校内暴力いや校内犯罪? 

2026.01.10

 前号に関してネット投稿がかなり増えているようです。私も真岡市以外の学校で発生している動画をいくつか確認しました。広島県の早鞆高校、熊本県の矢部中学校、大分県の大東中学校等々で、まだ他にもあることがわかっています。こうした事案が露見するたびに言われることが「氷山の一角」という表現ですが、言い得ていると感じます。確認したほとんどの中身は、既に大人並みの体格と筋力を備えた生徒が加減をすることなく相手に襲いかかっているという見るに堪えない光景です。感じるのはまるで何でもありの総合格闘技K1を見ているようです。パンチや蹴りで倒れた相手の腹や後頭部を蹴りまくり、馬乗りになって顔面を殴打するという忌まわしいというか、これはもう犯罪そのものです。
 加害者への批判の行き過ぎは訴訟の対象になるという投稿もあると前号で書きましたが、これとさして変わらない弁明をしているのが、ある当事者学校の教育委員会です。どういうことかというと「行為自体は良くないことと思うが、加害者を動画にさらすことはいかがなものかと思う」と語っているのです。加害者を庇うコメントが謝罪会見の場で出される状況ではないと思いますがいかがなものでしょうか。そもそも動画の撮影者は暴力生徒の仲間と考えられ、それをネットに投稿するのは面白おかしく感じた結果ではないかと思います。教育委員会は、被害者側家族の心理やこの後に襲われるかもしれない被害者本人のPTSDや不登校事態への危惧を慮るのがまず最初でしょう。
 いじめ問題が発生するたびに、多くの自治体教育委員会が発する方針は、及び腰の対応です。何に対して及び腰になるかと言えば、自らの立場とメンツの保持が揺らぐことへの不安なんだろうとしか思えません。
 いじめもここまでとなると・・・もはや犯罪です。思い出すのは、昭和64年に足立区で発生した女子高校生集団暴行コンクリート詰め事件です。大宮から幸手に越してきた年なので深い記憶として残っているのですが、この時から私は常々少年法の改正が必要だと思ってきました。
 2000年に刑事処分の可能年齢が16歳から14歳に変更改正されています。この改正の原点になったのが前述の事件だったと記憶しています。そして、3年前の2022年に再度の見直しがされましたが大きな疑義の残る改正でした。なぜなら、成年の年齢が18歳になり権利と義務責任が示されました。が同時に18歳と19歳が特定少年として扱われることになったのです。不思議ですよね、18歳が成年と見なされることになったにもかかわらず特定少年にも定義づけられたというわけです。さらに、起訴されない限り健全育成の必要性から実名報道はされないことに。現実には今回の中学校の事案では暴力生徒の名前を伝える投稿があり、法と実態の乖離は当たり前のような状態です。
 ともあれ、いじめは小学生まで、中学以上は校内暴力と表現を定義づけるべき状況になっていると思う次第です。あの暴力は死に至らないと誰が言えますか!ということです。
 不適切にもほどがあるというドラマが話題ですが、まだまだ世の中不適切なことが多いようで。

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