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No.3879 議会初日

2025.11.29

 前号でお知らせした通り、昨日12月定例会の初日が終了しました。
 議案説明と各種報告を受けるのが初日の慣わしですが、それとは別に、継続審査となり総務常任委員会で20日に審議が行われた職員訴訟に関する専決処分について、委員会では賛成少数で否決だったとの委員長報告がなされ、その後に討論、採決が行われました。この流れはわかりにくいかもしれませんが、委員会には全議員が出てるわけではないので、こういった流れが必要と理解していただければよろしいのかなと思います。
 それで、委員会で詳細を質疑し賛成したのは私一人でした。ですから賛成少数ということだったわけです。しかし、昨日の本議会では私も反対しました。というのは、委員会の直後に担当部長を訪ね、状況の詳細と部長の考え方を直接確認した結果として、自らの賛成方針に違和感を持たざるを得なかったということです。詳細は担当部長との関りですから控えますが、要するに今後このようなことの無いようにとの釘を射す必要を感じたとご理解いただければよろしいのかなと思います。ご本人がどう感じたかはわかりませんが。
 また、この討論の際に幸手市議会にも問題があると発言した議員に対して発言の撤回を求めるということで議会運営委員会が開催され、昼食後の1時~2時までがこれに費やされました。確かにあえて口にしなくてもよかったかなあと感じる面もありますが、それほどかなあとも感じないでもありませんでした。ただ、撤回しなければ懲罰の可能性もありそうだということであれば仕方ありません。数人の議員でこの議員さんを説得して事なきを得たということです。
 しかし、前議会で私も一度同じような経験をしましたが、言葉に対してどこまで感受性豊かにチェック機能を発揮するかという点において、行き過ぎた言葉狩りという状況にならないように願いたいと思いますし、それが自由で闊達な議会の姿として望まれるのではないかと思います。

No.3878 12月議会はまもなく

2025.11.25

 令和7年度4回目の定例会は今月28日金曜日に初日を迎えます。
土日休日をを挟んで、その後の予定は・・12月1.2.3日の3日間が一般質問、9日に提出議案に対する議案質疑、10、11、12日には3受任委員会が開催され、17日に採決等の最終日となり、計9日間での開催予定となっています。
 今回の一般質問は13名の議員が通告しており、私は12番目になりましたので3日目の出番です。今回通告したのは下記の2項目です。
❶幸手市の経済について
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 なかなか範囲の広い質問ですが、埼玉りそなが毎月発行している経済情報を元に近隣との比較表を作ってみて、そこから何がしかの疑問ないし興味として感じ取れるものがあれば質問してみようと考えたものです。表の作成にあたっては数値を拾い、無いものについては総務省や埼玉県によるデータを拾い上げてるなど若干目が疲れる手間がかかりました。広範囲にはなりますが、財政厳しい幸手市との関連においてまあまあ参考になるかなとは思っています。
❷公職選挙法について
 これは選挙管理委員会の公選法に対する職制権限などや政治的道義・倫理と言う観点が質問の動機です。

「傍聴のススメ」
 現場でもライブ中継でもかまいませんのでどうぞ覗いてみてください。

No.3877 インフル大丈夫?

2025.11.21

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 インンフルエンザの脅威が身近なものになってきています。全国的にはとくに5県での感染が多くなっているということで、埼玉県もその一つになっているようです。今朝のスクールガードでも、4つの通学班のうちの一つがまったく姿を見せませんでした。今週に入って28人学級で7人が休んでいるクラスがあると聞いていたので、もしかするとと思っていましたが、既に休校クラスが出ている可能性を憂慮しています。
 今日は午後に毎年恒例の長倉小感謝の会が開催される予定になっていますが、子どもたちとの交流のお楽しみがどのようになるのか期待と心配の想いでいます。
 また、本日は6月3日に野球歳(89歳)で亡くなられたミスタプロ野球長嶋茂雄さんのお別れ会が開かれます。参加したいと思っていたのですが、もちろん地元行事を優先するのは言うまでもありません。

No.3876 不登校を考える

2025.11.19

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 政治活動のテーマには議員個々の想いが繁栄するのは当然ですが、私の議会における言動の多くは子どもの未来に重点を置いてきました。それは国家体制の永遠の安寧を築くには、子どもの健全な成長が欠かせないという理念によります。
 ということから、いじめ、虐待、不登校といった解決困難な子ども社会の問題に加えて、大人まで巻き込む状況にあるSNSも新たな問題となっています。
 そうした中、昨日の読売朝刊に記載のあった人生相談が目に尽きました。
とくに申し上げることはありませんので、ご覧いただければとだけお願いしたいと思います。同時に本年6月の記事についてもあらためて読んでみたところなるほどといった感を持った次第です。
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No.3875 埼玉県議会自民党

2025.11.17

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 1期4年という短期間ではありましたが、古巣である県議会の最近の状況を関心を持って見つめています。なぜなら、私が在籍していた頃の自民党県議団とはその実態がかなり変わってしまったと感じる中、旧知の議員や職員さんも少なくないものですから情報も何かと入ってきます。とにかく、埼玉県自民党県議団でまたまた除名騒動が起きてしまったことに驚くと同時に報道も大きな形となりましたので、身近な人からもいろいろ聞かれる状況となっています。
 昨年3月に夫婦別姓やLGBT関連に反対し、子どもを自宅に一人残したら虐待だとする条例案にも公然と反対した諸井眞英県議を政務活動費の問題にからめて除名、その後同様の主張をしていた高木公介議員を住所不明瞭ということから除名。そして今回県連党費不正流用ということで小谷野五雄議員を除名ということで、なんと2年足らずの間に3名の除名を決定したわけです。小谷野議員とは異なり、先の二人などは主義主張の違いから除名ということが裏事情にあるとするならば、これは恐怖独裁の会派運営と思われても仕方ありません。小谷野議員に至っては議長や県議団団長を歴任し、幹事長職がかなり長く約8年程度されていた県議団最高レベルの議員です。このベテラン議員が長らく務めていた県連幹事長の間に不正流用していたにしても、その間に、というかもっと早い時期になぜそれが発覚しなかったのかという疑問が出てもおかしくはないと思うのです。 
 規則上、党費管理責任は幹事長であるとなっているはずですので、ならばそれ以前の歴代幹事長にはその手の調査がしっかりされていたのかどうかも自然の疑問として湧いてきます。
 ただ、個人的にはそうした党費管理の問題などの内部問題以上に、埼玉自民党県議団が全国的にみて異様に左傾化している実態の方が気になるところです。それは他県の親しくしている議員からも耳にする話であり、コミュニケーションのある県議の中には保守現実派で高市政権誕生に期待と希望を示す方もいるのですが、県議団としては左傾化しているという認識はかなり深く持たれているのは間違いありません。
 こうした変化と除名処理のいきさつを想うと、鶴の一声のような実態が在るや無しや? 問題がどこにあるのか、私が感じる点に的を絞るのは簡単ですが、それは今や外野の分際でなんだ!ということにもなりますし、特定議員に触れざるを得なくなることから控えておくことにします。
 川口のクルド人問題なども外国人との共生問題に深い影をおとしているのは全国的な問題であり、国会でも取り上げられている状況です。この川口問題は他の街にとって他山の石ではないという思考を将来的に有していないといけないと思います。こうした内容はYuotubeで多数確認することが出来ます。

No.3874 長嶋茂雄賞!!!

2025.11.11

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 10日のこと、日本野球機構理事会が「長嶋茂雄賞」の創設を発表した。この朗報に接した瞬間に何とも言えない充足感に満たされました。オータニ、ヤマモト、ロウキのドジャース勢によって日々ワンダフルメジャーベースボールに心躍るようになってからというもの、NPBどころかジャイアンツにもとんと関心が薄くなってしまったかのようでしたが、ミスタージャイアンツのこととなるとそうも言ってられません。
ファイル 1807-2.jpg なんと言っても、長嶋さんは私の人生における完全無欠の太陽ですが、同じような感覚をお持ちの方は多くいらっしゃるのではないでしょうか。

 大東亜戦争が終わって8年後の高校野球南関東大会に、千葉から県営大宮球場に遠征してきた佐倉高校が、熊谷高校と対戦したのは1953年8月1日のことでした。私は3歳でしたので記憶にはありませんが、そこで佐倉高校の4番サード長嶋が放ったバックスクリーンへの弾丸ホームランが長嶋さんという稀代のスポーツマンを誕生させた試合だったと言っても過言ではないはずです。そこから立教大学に・・・。
 72年前のことですからテレビはもちろん家電品や電話も普及前のことですが、プロスポーツも相撲と野球くらいの戦後の混乱期の中、大学野球人気が沸騰していた頃のことです。そして、翌年巨人に入団してから日本全体に与えた超一等星としての輝きは以降の高度成長期にも影響をもたらしたことは間違いありません。テレビの普及によって力道山のプロレスが熱狂的な人気を博しましたが、長嶋さんがリードしたプロ野球を超えるほどではなかったと感じています。
 ちなみに、長嶋さんが高校野球で打ったホームランはこれ1本。立教時代に当時の6大学野球の新記録となる8本目を打ったのは4年次の秋の大学最終戦、せっかく30本打ったのにベースの踏み忘れをしたために29本の記録で終わったのがプロ入団1年目。そして天覧試合のホームラン、生涯本数444本と、なぜか野球好きには記録より記憶に残るスタープレイヤーだったのが長嶋さんらしいと思います。更に云えば、444本目は1974年10月14日の後楽園球場での引退試合の対中日戦ダブルヘッダー第1試合のことで私もレフトスタンド最後列で見ていました。私が後ろ髪を引かれながら球場を後にした2試合目での生涯最後の打席はショートゴロ併殺打だったのも長嶋さんらしい見せ場だったのかもしれません。
 投手に与えられる沢村賞は、戦前に豪速球でならした沢村栄治さんを讃えて1947年に創られた賞で、今回の長島茂雄賞はプレイヤーの名を冠にした賞としては78年ぶりのことになります。多くの長嶋ファンにとっては遅すぎるくらいの発表ではなかったかと感じる決定ですが、死してなお人の心をパッと明るく照らしてくれる長嶋さんが、長嶋茂雄賞として名を残し、その年の好走守に華やかで記憶に残るスラッガーに授与されることになったのです。やっぱり今でも太陽に違いないのです。

「長嶋茂雄は永遠に不滅です!」

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