議会初日。12月、3月議会ともに上程されることのなかった副市長と教育委員の人事案件は、質疑、討論がないまま採決となりました。結果は、添付した賛否一覧の通りで、副市長については反対多数で否決となりました。
反対した議員の考え方が共通しているということではないように感じますが、これだけの差で否決になったという事実は重いものがあります。
記事一覧
No.3290 人事議案の採決
No.3289 6月議会
自粛、自粛の3ヵ月、慣れろ慣れようと言い聞かせるも、なかなか難しい相談だと頭も身体も言う事を聞かない。新聞や月刊誌の深読みも、コロナ以外に刻まれるのは中国の野望と蛮行という月日だった気が。もとより、中国共産党がもたらした中共ウィルスが元凶と考えれば、夢でも幻でもない現実の混沌とする世界状況もそのすべてが中国に帰来するのだろう。実際、この国に関する報道がもっとも多いのは事実だ。
つい先ほど、月替わりとなった。6月議会は今日1日が開会日である。コロナ対策に加え、新市長就任以来、不在となっている副市長人事案件が初めて上程された。どうなるやらこれも混沌状態である。粛々と真の是々非々かつ信念にもとづき応じるのみ。
一般質問は翌2日からで3日間はいつもの通りだが、各議員の持ち時間は今回に限り45分から30分に短縮された。杉戸町議会では一般質問は割愛することにしたようだが、自治体によって対応はまちまちだ。今の事態にあっては、どういった対応も間違いではないと思う。
越谷市では議員間にアクリルの仕切りを立てることや、1時間間隔で換気をするといった対応が報道されている。窮乏都市、幸手市においてはもとより望むものではないが、換気対策はすることにしている。傍聴席は間引くそうだ。
小生は、通告8番目でおそらく中日の3日午後一の出番、もしくは午前中になるかといったところ。どういうわけか、いつもと異なり、今一つ気合が乗らないと言うのが正直なところなのだが、背中か肩か、はたまた尻かはわからないが、押し叩く声をいただくので、残す時間で調整をすべく、このブログにも向かっているといった感じか。
今回、議場傍聴を勧めるものではありませんが、ネット中継で会することが出来ればなによりです。よろしくお願いいたします。
なにより嬉しいのは、明日から小中学校が平常に戻ることだ。北九州市の小学校でクラスターが発生したニュースに不安がよぎるが、巷の声を拾う限り、お母さんたちは歓迎する声が多い。冒頭の気と身体の倦怠感もどきの感覚は子どもたちとしばらく会えなかったことが一因かもしれない。また火曜日から金曜日の週4日、こどもたちとの触れ合いに鋭気をもらい、活性化をはかることとしよう。
No.3288 コロナ関連の議会臨時質問から
前号既報の通り、25日午後の議会全員協議会において、コロナ対策に関連した質問が通告形式で実施されました。
これは、議会運営委員会で執行部出席の元、各種報告を受けるとともに質疑まで行われているということを知り、それなら議員全員を招集して全ての議員が質問並びに確認が出来る場を設定することがコロナ対策というかつてない事態にあって当然のことと感じた次第です。そこで、そういう場がないということは議会の甘さを指摘されるし、議員への対応としても不公平ではないかと事務局に申し入れた次第です。同様の意見は、他のベテラン議員からも指摘があり、議長の計らいで急遽全員協議会で臨時的に質問の場が設けられることとなったのです。
制度的には、会派代表者会議と議会運営委員会はほぼ同じメンバーで運営されることが多く、会議自体は目の前の問題解決や議会運営に関わる議員間の話し合いが主体で、執行部が出席することは議会開会前の議案説明以外には基本的にありません。昨年夏の前市長の逮捕事件で、本人が広島から戻った際に弁護士とともに議員に説明するという場面では、議員全員が出席する形で全員協議会として行われた経緯があります。
私は、あれはあれで重要な事情聴取の場だったとは思いますが、市民生活との関連で考えれば、今回の問題のほうが圧倒的に重要だと指摘しました。単純比較では、終わったことの確認よりは、これからの市民生活に多大な影響を持つコロナ対策で議会と執行部が情報共有することが大切との考え方です。
さて、実際の質問ですが、そうは言いながらも通告したのは6名だけでした。一般質問と同じ通告期限だったこともあり、そちらの方に全面的にシフトした議員が多かったようです。もっとも、単独で質問書を持ち込んでいた議員もいたようですので、それはまた進歩的なことと評価できますが、一般質問でどれほどのコロナ関連質問が通告されているか詳細は確認しておりません。
前述のベテラン議員も、あまりに少ないので驚いてましたが、一般質問は6月2日からですので、せっかく臨時でコロナに特化した質問の場が設けられたのですから、1日でも早く質問したいというのが私の想いにありました。
通告した質問は添付の内容です。質問対象はまだまだありましたが、多くの議員が通告するものと思って少し遠慮気味にしたのですが、意外な展開になったので、もう少し増やしておいてもよかったかなと感じたところです。
ちなみに、私以外に質問したのは、海老沼、武藤、藤沼、坂本、木村の5名の議員です。多くは、国や県との関係、市民生活への市の取り組み、支援対策などが主体でした。どれもが意義のある市民に直結した質問だったと思います。
No.3287 マスク姿の登校風景
朝のスクールガード終わりました。久しぶりのことで、来るのかそれとも休むのかと気を揉んで待っていましたが、子どもたちの姿を遠くに見て言葉にならない嬉しさが込みあげてきました。保護者の判断も休むことではなく学校に行くことを選択したようで全員勢ぞろいでした。驚いたのは、低学年の子にえらく背が伸びた子がいたことです。3ヵ月という期間はそれほどまでに長いということを実感させられました。
マスク姿が子どもには似合わないなあと一瞬感じましたが、口にすると逆効果になるので想いにとどめておきました。やはり快活な子供たちには癒されます。
「学校着いてもマスクはしなきゃだめだぞ」「はーい、わかってまーす」
来月からは、こんな日常が最も身近なところで戻って来ます。
No.3286 病める日本、病める地方
おはようございます! 宣言解除間もなしを聞いて、自粛疲れと相まって営業再開や人手が一気に増えている気配です。経済再開を望む声はやむを得ないとは思うものの、堰が切れたようにもう大丈夫といった感覚にはリスクを感じてしまいます。第二波がいくつかの他国で視られることですので、まだまだ油断は禁物かと。近場のラーメン屋さんで行列が出来ているのを見て、いいのかなーと感じた次第です。
さて、小生は今、「病める日本、病める地方」と題した小文を書き込んでいます。それは、課題の憲法問題にも関わるものとして捉えています。地方の一政治家ではあれ、一日本人として人権、平和、安心安全といった観点に、深い関心とともに想いを示すことは意義深いと考えるからです。
そして、一政治家としては、その活動範囲である我が街の現状と未来に心寄せることは当然のことですからね。
国も地方も深い闇に覆われており、病んでいる! そう感じる昨今です。
憲法問題は、野党が議論さえ拒否している状況には大いなる怒りを禁じ得ません。これだけ世間が話題にしていることを何故避けるのか! コロナ問題に乗じた理屈はいただけません。国会議員すべてがコロナ対策に追われているわけではなく、実際に個々の委員会は開催されています。非常事態は、台湾、香港、ウィグルに対する蛮行にとどまらず、中国の地球俯瞰外交を知るにつけ、日本の危機対応に不安が募ります。国守という精神が緻密に憲法に示されてこそ国民の安心安全が高度化すると確信しますが、今の日本は様々な理由でこれを拒む悩ましい状態にあります。
安倍総理への感想評価にはいろいろあるでしょうが、この政治家が降りたらほぼ憲法改正は実現不可能だと思います。それは、それ以前の国政及び自民党政権が教えています。だから! 護憲連合は安倍倒閣のためにはどんな手でもいとわない状態になっており、それを主導するのが左派メディアなのです。今のコロナ対策におけるテレビの実態は酷いものがあります。中立公平な報道が一層少なくなっていると強く危惧します。
たとえば、ここまで経済が停滞したのは非常事態宣言が遅れたからだと、まるで安倍政権に問題があったかのような論理に基づく画面構成がテレビに見られます。そうした番組の多くで視られる手法は、国民の不満を煽るような印象操作的質問をぶつけたり、左派系市民のやらせインタビューを放映し、それに対して芸能人が痛烈な批判を上乗せするというシナリオです。
数ある中で、絶対に許せないと強く思っていることがあります。それは野党の主張と、それを正しい考え方だと後押しするメディアの姿です。
それはなにか・・・「私権制限」というものです。
コロナ対策で非常事態宣言が国会審議に上がった時に、立民、共産の議員たちはこぞって「私権制限」だと大騒ぎしました。非常時の内閣の権限が示されていない憲法下ではそうした国民を盾にとった国民不在の国会議論に、「なるほど」と感じた国民が多かったかもしれません。野党の卑劣な理屈をマスコミも支えました。たまたま、日本ではどこぞの知事が、法規制的に不可能な都市封鎖をロックダウンの可能性があると大騒ぎし、あげく政権批判までするに至り国民の不安を煽った結果、安倍倒閣連合を喜ばせました。
さてさて主論ですが、野党が指摘した私権制限は、国民に与えられた最大の権利である国民投票をさせない思考に通じるものです。これこそ私権制限の最たるものではありませんか。
憲法改正は国会議員だけで決められることではありません。最終的に国民投票という国民の権利が待ち受けているのです。まさに国民主権という考え方がここにあるのです。
ではなぜ、野党や反日マスコミが国民投票を可能にする国会発議を拒むかと言えば、改憲実現の可能性が高く安倍政権の最大の目的かつ日本の政治史に歴史的足跡を残す改憲を阻止することが叶わなくなるからでしょう。だから、国民の権利を遠ざけるしかないのです。不埒な国会戦略を実行することで日本を護るという精神が欠如した野党。無意味な政治集団としか思えません。
「護憲は護国にあらず!」小生の現状認識です。
さあ、今日は全員協議会です、特例的に通告システムによるコロナ問題に対する質疑が行われます。小生一番手です。全員協議会ですので、録画もないし、議事録も残らないという議会です。報告はしたいと考えています。
と、その前に香日向の子どもたちが今日から登校再開です。今週は月水金で、1日から通常登校、8日から給食再開となります。どんな元気な姿と再開できるのやら、妙にワクワクしています。
No.3285 前号内容の議員反応
前号でご案内した東部消防組合管理者会議からの「西分署の救急ステーション化」への打診を受けて、本日市長から議員全員に報告が為されました。管理者会議で配布されたものと同じと思われる15ページに及ぶ資料が提示され、ほぼそれに基づいての報告でしたが、市長はこれで合意したいとの思いも合わせて発言しました。報告を受けて質疑をした議員は5人。その反応は、およそ小生が予測した通りのものでしたが、これは今後の展開がスムーズに進まないであろうことを予感させるものでした。
◆市長の報告からかいつまんで紹介しますが、市長は・・・
1.私は先の市長選で西分署存続を公約に掲げてきた。
2.したがって、この間の管理者会議でもその趣旨を何度となく伝えてきており、それは西分署に関する合理化案を具体的に提案してほしいという形でお願いしてきた。
3.広域化の目的・意義・将来の在り方等々を考えると、西分署の廃止は容認できないが、合理化という点からいえば今回の案は納得のいくものだと思っている。
◆質疑の内容
議員1:請願を提出した市民とそれに賛意を示した議員の合意はとれるか?
(確かに、そこは心配です)
議員2:今回提示された救急ステーション化案は請願を紹介した立場として大いに納得のいくものです。請願内容が組合に届いたことが今回の提示の根底にあると思う。
議員3:市長の決意表明のように聞こえる。(中略)・・・納得がいかない。
(この議員が反対のために使うエリア比較論が小生にはどうにも理解できません)
議員4:市民の想いに共感して紹介議員を引き受けた。何人かに確認した状況では概ね納得されている。全面的に満足いくものではないが、今回の案は多くの民意が下支えになった結果と感じている。
(全面存続を望んでいたようだが、6年前に合併協定を理解し、賛成したのではなかったのか)
議員5:市長は議員の意見を聞きたい。その為の報告だと言っておきながら自分の考えを出しているではないか。議会の可決は市民の民意。これで納得と言うのであれば、市民への背任だ。管理者会議では賛成多数はないと市長は明言した。ということは、市長が合意しなければまとまらないが、民意に反して合意してしまうのか。これでいいんだお前ら我慢しろというのと同じ。武闘家として鳴らした市長だと思っていたが、つまらない政治家に成り下がった。公約で存続と言っていたのはこういうことだったのか。
(市長への耳を疑う暴言はもとより、請願可決を民意の盾にする論点は、救急ステーション案に理解を示す民意がどれほどあるかを調査しての発言なのだろうかと感じた次第。市長が自分の意見を言ったことへの問題視も、言わなければ言わないで、市長はどう考えているのかと変幻自在な追求展開が可能なわけです)
ここまでお読みいただいて皆さん何をお感じになられますか? ここには議会の、正に議会らしい幾つもの特徴が示されています。ところが、こういう部分は市民にはなかなか見えにくくて、わかりずらいところだと思います。
まず、一番手の議員以外の4名は、3月議会で香日向市民を中心に提出された請願に賛成した議員であり、うち2名は請願紹介議員です。小生は昨年の段階で要望及び確認し、納得していたことなのであえて質疑をしませんでした。ただ、選挙公約を守ったといった調子の市長の報告に少々違和感は禁じ得ませんでした。というのは、「本来、幸手市さん側から反対反対と言うだけでなく、どうしたいのかを提示していただきたいということを前市長にもずっとお願いしてきたことなんですがね」と消防局長から聞いていたことによります。にもかかわらず組合側に丸投げしていたことになります。もっとも、何らかの具体案を管理者会議に提示するにしても、議会に相談せずに出せばどうなるかは自明の理ですから、市長の辛いところも理解できるところです。
さて、小生が感じるこれが議会の議会たる所以とは・・・
◆請願に賛成した議員の温度差
請願紹介議員となった議員が了解納得している。しかしながら、紹介議員が可決のための多数派工作で賛意を求め、それに応じた議員が納得せず市長に厳しく対峙している図式。それどころか、賛成討論まで行った議員は、市長の選挙公約問題まで持ち出し、市長追及論を展開したこと。・・・こうした変調はおよそ推測出来たことです。おそらく紹介議員の二人も、請願提出市民もこの流れは予測していなかっただろうと思います。もとより、存続を求めたその中身は全面存続のみありきの要望だったのであれば、これは紹介議員と市民側との温度差が生じたことを意味します。
◆反対のための反対比較論
1消防車あたりの人口に差があるのは問題だなどと、いまだにエリア思考から抜けきれない、というか反対のための反対にエリア思考を駆使する論理思考です。そもそも、とりあえずという意味での署所管区はあるものの、エリアを区切って比較する志向は広域組合では主たる理論にすべきではないのです。広域には広域のメリットがあるわけです。西分署には現在ポンプ車が1台ですが、今、実際の火事発生時には20台近い消防車が駆けつけるシステムになっています。
◆請願そのものが新たな混乱を生みつつある
当然予測できたことですが、請願紹介議員は請願可決が活かされたという論理展開をしています。正直申し上げて、この救急ステーション化案は昨年の夏には出ていたのです。ですから私は冷静に請願に対応したわけです。
それ以上に問題なのは、今回請願可決や選挙公約を盾にして市長追及に矛先を転じる議員が出たことです。
ここまで書くとお分かりいただけると思いますが、請願を可決したことが救急ステーション化案をすんなり受け入れることへのハードルになってしまったということです。質疑の内容にそれがはっきりと示されています。小生が経験として体感することは「市民運動いつでも正義にあらず」時と場合によっては、それが仇となって議会カオスの道へ向かわせることもあるということです。
市長の報告が議会に下駄を預けたかのように理解される部分があったことも確かに問題だとは思いましたが、要するに何のために、誰のために議論をし、結論を導き出すべきかが置き去りにされていると感じるのです。
聞くところでは、請願提出市民が組合に、また新たな要望書を近々持ち込むということですが、請願紹介議員が二人揃って納得の意を表明した救急ステーション化を提示した組合側に何の要望を出すというのでしょうか。いや、もはや組合に対してそうした行為をすべきではありません。もしするのであれば、救急ステーション化案では納得できないということになります。
さて、ならばどうするか・・・現状では直接私が提案する状況にはありませんが、幸手市議会に対して「救急ステーション化」で合意をしてほしい旨の要望書を出していただいた方が良策かと思います。元々、組合決定事項を市議会に請願すること自体が問題だと指摘してきた今回の状況でしたが、これこそ、市議会に要求しても何らおかしなことではないでしょう。

















