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No.2638 戦後70年安倍首相談話に想う

2015.08.19

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 安倍総理による戦後70年談話は、戦争が生んだ悲惨な実態に真摯に想いを馳せ、今後の日本の歩む未来について、見事なまでに世界に貢献する国家の姿を示したという点において素晴らしいものであった。4月28日の米議会での演説と合わせ、安倍晋三という政治家が、世界に誇れる政治家であることを確信できた。
 なにより、静かな面持ちで原稿に頼る姿勢少なく、長めではあったものの、説得力のある談話を発する総理の姿に清々しさを感じた。

 コメンテーターの木村太郎氏をはじめ、あえて談話を出すことがあるのだろうか?という談話そのものの必要性に疑問を呈する声も少なくない。私もどちらかというと、その声に同調する一員である。
 その夜、たまたま安倍批判チャンネルを観ていたら、招いたゲストが「河野さんや村山さんの時に、あまり関心をもっていなかったが、今回は世論もかなり話題に取り上げているようです。私も過去の談話がどういったものか真剣に考えたことはありませんでした」といったコメントを出す始末。過去の談話に対してこの程度なんです。私たち国民の関心度が低い状況で、贖罪の談話を繰り返し発表した事実があったということです。
 戦後談話は詫びることが目的であるがごとくに、キーワードをあらかじめ要求するマスコミや野党の主張には、やはり自虐的な思想を感じ得ないし、未来永劫10年きざみでお詫び談話を発する責任があるはずもない。
 毎年、戦争を回顧するイベントが各地で開催され、メディアでも特集番組が引きを切らない。単に戦争の実態を伝えるという意味であるならば、それは意義深く、尊いものなのだが、常に日本が侵略戦争を強いたという自虐的な意味合いをクローズアップする目的があるとすれば、それは日本の未来のためにどれほどの意味があるのだろうかと思えてならない。
 靖国神社の参拝でも言えることだが、純粋に我が国のために戦い、命をおとした英霊に感謝と安らぎをの想いで手を合わせることでいいのではないか。戦争が好きな人などいないし、戦争をしようと思っている人などいないという性善説を持てない人こそ、より好戦的な人なのではないか。それは、ある種の人たちに伝統的に血の粛清といった形で示されるのと同じように思えてならない。主義主張を貫くためには、本質的に人の命をなんとも思わない思想は世界平和の敵でしかない。

 今回の安倍談話は、日本の未来への方向性を示し、世界平和に貢献する姿を訴えた点において、批判自体を短時間で収めてしまうほど国民に合意と納得を浸透させてくれた。世界でもそうした評価が多かったようだ。その点では、70年談話を出す意義は、今回に限ってあったと考えているし、ひょっとすると、総理は今回で談話を打ち切りたい、いつまでもお詫びの表明を続けることはないという想いで、あえて今回の談話に踏み切ったのかもしれない。
 お詫びのキーワードについて連日のように報道していた朝日をはじめとする反自民新聞各紙も、声を潜めたしまった感がある。朝日などは、あろうことか談話は出さないほうがよかったなどと書いてもいる。国民が認め、5%も支持率が上昇したことなどから、攻める手だてを逸したということかもしれないが、誉めることもできずで迷走しているように感じられてならない。挙げたこぶしを戻すにも戻せない姿は滑稽でもある。 
 特に、20~30代の若者に、談話支持者が多かったという事実は、頼もしい限りではないか。自国を悪い国だと思い続けることになんの意味があるというのか。反省も賠償もするべきことはしっかりした。それを安倍総理は今回の談話で訴えたかったはずである。

 
 もとより、知識・技術優先国、武器先進国、企図力優先国が、古くから新たな経済効果を求めて未開地への植民地化侵略を続けた歴史的経緯が、最後の最後に大東亜戦争のきっかけになった。ソ連の不可侵条約破りで多くの虐待を受けた日本人がシベリア、樺太にいた。通州事件など中国各地でも虐殺された多くの日本人がいた。そして、沖縄、広島、長崎は言うに及ばず本土大空襲で命を落とした日本人も。
 当時の陸軍の交戦決定は歴史の流れの中でやむを得なかった部分もわからないではないが、戦争終結を闇雲に伸ばした無駄な心意気・・いや暴走ぶりには、同じ国民として、どうして素直にもっと早く降伏宣言できなかったのだろうかと、悔やまれてならない。少なくとも、終戦5ヶ月前の東京大空襲の前に降伏していたら・・・

 しかし、この戦争の結果、核の使用は最初で最後の歯止めとなり、独立自尊を果たした国家が多く生まれ、先進国が加わる国際間経済的侵略行為はほぼ姿を消すこととなった。ほぼと言うのは、ロシアのアフガン侵攻やクリミア制圧、中国のウィグル、チベットや南沙、西沙に醜悪な姿が残されたり、見られることによる。 
 このように、今、行われている紛争および起こしうる可能性を秘める国家がどこかを考えてみれば、平和安全法制の必要性にたどりつくと私は考えている。若者の間にも徐々にこの考え方が理解されつつあるように感じている。

 戦争回顧のあり方には、日本が世界の中で最悪の枢軸国であったがごときを蔓延させる風潮があり、蔓延させようとする動きが中韓に限らず、国内にあるというのが、他国と比較して日本の特質となってはいないだろうか。そう思うのは私だけではないはずである。自分の国が、そんなに他国から批判され、信用されなくなることを望む国民が多いという意味では、日本は世界一かもしれない。大いなる皮肉だ。

 過去の談話を否定せず、継承するとし、反省の姿勢を示しつつ、安倍総理はつぎのような文言を配した。
政治的、外交的に、歴史を歪めることがあってはならない」
「私たちの子や孫、先の世代の子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」

 他のフレーズからも、戦後談話はこれで打ち切りにしたいという総理の想いを感じたが、皆さんはどのように受け止めたでしょうか?
 国際的には、次の80年談話の必要性が問われることはないだろうし、(実際、今でも要求されているわけではないのだが、)マスコミやレッドレフティーの思惑次第、すなわち自虐史観をいつまで引っ張るのかということに尽きるのかもしれない。
 最後の戦後談話。これでいいではないか。

No.2637 香日向しらさぎ子供祭り

2015.08.16

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 安倍総理の戦後70年談話に注目が集まっています。つぎのブログで私の想いを書いてみたいと考えています。
 今年の甲子園は、殊のほか面白いと感じています。
 中国天津の大爆破事故は連続性になっているようです。問題は、まったく詳細を隠蔽していることでしょうか。まさに中国です。

 といくつか興味深いことを書き連ね、本題に!

 今日のことになりますが、添付チラシのような内容で幸手市香日向地区の夏のお祭りが開催されます。今年が第三回目となります。
 一昨年に、この「香日向しらさぎ子供祭り」が始まった理由は、いくつかありますが、最も大きな理由は20年続いた「香日向祭り」が廃止されたことがあげられます。また、3年前に香日向小学校が廃校となり、学校の存在を主体に行われていた運動会が無くなったこともあります。
 そして、単なる地域の一イベントであった「香日向ソフトボール大会」が年々参加者が減少していく中で、見直しを図る必要にせまられ、その運営方式の流れを踏襲しつつ、変形版として新たな祭りをはじめようということになったわけです。

ファイル 541-1.jpg さらには、地域のボランティアクラブが子供たちのためにと総力をかけて製造した山車が、たった一度の利用で眠ったままになっていたこともあって、この山車を利用すれば、子供たちに喜んでもらえる新しい祭りが出来るのではないかという発想につながったのです。
 山車を造りたいという思いは、それを実現してくれる人たちがいるという確信のもとに、私がある日のボラ会議で古い廃材を持ち込んで、「こういった物を利用してでも、金をかけずに山車をつくることが出来ないでしょうか?と」持ちかけたことがきっかけになりました。その場で早速、白板に図を書いたりして前向きな協議がはじまったのでした。
 それから数ヵ月、多くのメンバーが猛暑の中、クーラーもない学校の倉庫の中で汗だくになって造ってくれた手作り山車が完成したのは、平成23年9月のことでした。

 実は、その製造の中心メンバーであった方が、2か月前に他界されたばかりです。まさに、送り盆の本日、しっかり見届けていただきたいという想いで、例年同様、今日も世話役の一端を担うつもりでいます。
 お盆ですから、帰省予定をぎりぎりにして参加していただける地域の二世、三世をはじめ、多くの参加者が訪れてくれることを願っています。
  

No.2636 あきれた岡鳩

2015.08.14

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 民主党さんは、我が国が国際的に威信を失くし、ひいては中国の属国になることを願っているのだろうか。
 岡田、鳩山の二人の御仁がすることといったら・・・・
 さん付けで呼びたくもないが、国会議員としての最低限の敬意は持ち得ておくべきかと思うので、以下さん付けで。
 

 岡田さんの対韓国膝まづき外交はなんたること。はっきり言って「失態」外交であり、何の権利があって、国の代表的顔で訪問しているのだろうか。同行議員が辻本清美さんなので、さもありなんとは思うが、見苦しいことこの上なし。

 宇宙人鳩山さん、これこそまさに膝まづきそのものであった。白い手袋をして三つ指ついて謝意を示す姿に、なにあれ?と唖然とした方は多いと思う。
 これって、どこかで見たなあと考えてみたら、ありました・・・安倍総理が硫黄島を訪ねて、滑走路をさすりながら、その下に眠っている英霊を称える姿に似ているではありませんか。
 まったく真逆の思考で行っている行為であることは言うまでもありません。

 この二つの出来事、いや事件ですかね。犯罪ものの・・・これは、戦後70年談話を出す安倍総理への足かせが目的で行っている恣意的な行為と感ずる。まして、相手が韓国であっても中国との関係に大きく影響することは間違いないのだ。
 それにしてもひどい政党があったものだ。所属議員が全員こうした志向ではないと思うが、野党第一党のあり方としては最悪だ。こんなことでは2大政党制などと期待した国民がいい面の皮ではないか。
 ただ、あまりもうこうしたことを追求しないほうがよいと感じた次第。
 いわゆる無視が一番かと。沖縄基地問題にしてもそうだが、現状を考えるにあきれた政治家を総理にした責任は重いということだが、今更言ってもせんないこと。無視できずに書いてしまったが無視しましょう。

No.2635 どうなる埼玉県政

2015.08.14

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 局所単位で雨が降るので、降りそうで降らない地域も少なくない。農作物への影響が心配だが、いよいよダム湖の水位の低さが話題になり始めてきたようだ。 今日は、関東では広く雨模様だが、どうなることやら。

 さて、どうなることやらと言えば、知事選が終わった後の埼玉県政にも関心が向く。とは言え、県民の多くは26.63%という全国ワースト3位という投票率からして、それほどの興味を県政にもっているとは思えない。
 
 と、そんなところに少々驚きの情報が入ってきた。
 県議会が解散するという、まさに仰天する話なのだ。いや、にわかには信じられないことで、また、あって欲しくないことなのだが・・・。
 まさかとは思うが、その理由は二つあるというのだ。
 ひとつは、上田知事が過去2年の、自民党が大勢を占める議会運営に苦慮したことかもしれない。4月の統一地方選挙で、「自民党を過半数割れに追い込む」として、自らが気脈を通じる候補を束ねて「プロジェクトせんたく」チームを結成し、その代表格で応援したものの、自民党の過半数割れは実現できなかった。
 自らは4期目に当選したものの、先の理由で、議会運営は厳しいものが予測されるのは報道にもある通りだから、生易しいものではないだろう。ゆえに解散?・・・いやーそこまでのことを上田さんはしないと思うのだ。


 もうひとつの理由は、ある県議会の大物議員が長年上田支持で活動しており、とくに前回は陣頭指揮、今回は落選しているという立場から影のフィクサーとして選挙を仕切っていたという話もあり、そのことから解散選挙で、この元議員の再選をもたらしたいとの思いがあると・・・これは極端過ぎる理屈だが、こんな理由で議会解散して、またまた選挙費用に莫大な県費をかけるか? いやいや上田さん、そこまではしない。これは私の予測だ。

 なぜなら、上田さんは、議会運営の難しさを承知で、自民党が過半数を占めた県議選の結果を受けても、また条例を破ってでも・・・つまりダブルの壁を押しのけて立候補したのだから、その覚悟は出来ているはずだと思う。
 もとより上田さんはそれほど骨のない政治家だとは思っていない。政治家としては有能な人だとは思うが、長期と条例破りはいけませんよというだけの話で、反骨精神旺盛な強気人間だからこそ4期目への挑戦を決めたのだろうと。

 私が、上田さんに問題を指摘したのは・・・
◆自ら掲げた公約(条例)を守らない。
◆なぜ、守らないのか・・・長期政権はかなりの確率で権力からの癒着を生む(これは本人も言っていたことなのに、まだやりたいことがある、とか選挙で県民の審判を得ればいい、とかの理由で反古にした)
◆前述のような考え方に、まさに権力の虜になった上田さんをみた。
◆(私は)国に予算をもらいに行くようなことはしない、という発言をしているが、これは例えそう思っても知事の立場が言ってはならぬこと。不要な強気発言をする上田さんの限界を感じた。長期になればなるほど裸の王様にならぬよう絆を深める行政運営を心がけるべきだろうし、突っ張る必要など何もないのだ。  
◆自民党を過半数割れに追い込む発言。これは国政とは異なるニ元制の地方政治で、それぞれが踏み入れてはならない部分に口を出したわけで、議会を自分の思うままにするという思考が内在している証拠である。議会が首長の私物化された状況で、民のための良い政治ができるはずがない。ゆえに、議会私物化が目的で首長が特定候補の支援をするというのは、やるべきことではない!と私は思う。
 この点は、現実の問題として幸手市にもあった・・今はどうか?

 話はそれるが、ついでに言うならば、「是々非々」という言葉を口にする議員がいるが、この是々非々は、有権者側が議会議員に望むことである。たとえば、「これは街のためにならない議案だと思ったらしっかりと反対してほしい。たとえ貴方が市長派の議員であってもだ」というのが、市民の絶対的な思いのはずだ。ここに是々非々の意義がある。
 これを、議員が口にするのでは逃げ口上でしかない。なぜなら、それは有権者側に立っての是々非々ではなく、自分の都合による是々非々に陥る確率が高いからである。あえて、議員が是々非々という必要はない。それぞれの議案に真っ直ぐ立ち向かえさえすれば、自分の信念は通したことになるのだ。
 「是々非々」は議員禁止句と私は思っている。

 
  さて、冒頭のビックリする情報は、80%?いやそれ以上の確率でガセネタだと思うし、そう思いたい。

No.2634 残念ですが・・・・

2015.08.09

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 予想以上に早い時間で結果が出ました。
 埼玉県民は、現職候補の4選を支持した形になりました。いろいろなことが頭をよぎります。最終結果の投票率と投票割合に興味が絞られますが、それ以上、この段階で今後をことを話すのは早計かと思います。

 つかだ候補をご支援いただき、また我がブログをアクセスで支えていただきました皆様に、深く深く感謝申し上げます。 
 ありがとうございました。

No.2633 追い込みに入った知事選

2015.08.06

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 異常な暑さの中で繰り広げられている埼玉県知事選も、いよいよ投票日まであと3日。昨日は浦和で自民党県連主催によるつかだ候補の緊急選対会議があり、会場整理が追いつかないほど多くの方がお集まりくださった。 

 つかだ候補も、初めての選挙戦がこの暑さとは、さぞやクタクタにもなろうというもの・・・と思っていたら、前総務大臣の新藤県連会長が、昨日の緊急会議で話すことには、つかだ候補はいたって快活で、かなりのタフネスぶりだとのこと。
 58歳、今や役員待遇で活躍する日々を、あえて政治の世界に身を投じるには、相当の覚悟が必要だったはず。街頭活動で本人不在の代わりに、奥様とお嬢さんの話を聞く機会が得られた。

 なにしろ、正義感が強い熱血漢だそうで、テレビの政治討論会など観ていると、いつのまにか画面参加して、自分の意見を張り上げるタイプだと。上田知事の条例破りはおかしいということと、埼玉県の各種指標を確認してみた結果、お世話になった埼玉のために立ち上がりたいと考えたそうである。しかしながら、当初は、家族全員が、お嬢さんの結婚式などが控えていたこともあって、落ち着いた今後を求める意見に包まれたという。
 しばらくして、息子さんが「ここまで国家公務員として尽くして来たのだから、自分が思う県知事という道で最後の奉公をするのも素晴らしい生き方かもしれない。なにより、やろうという気持が尊いと思う」と応援の気持に変わる言葉を。
 結局、この4人による家族会議は大黒柱への全面支援でまとまった。それから一週間後に、つかだ家は、お嬢さんの華燭の典を迎え、さらに絆は深まることに。

 自民党の現元閣僚をはじめ、多くの自民党国会議員が日を変え、場所を変え次々と応援に来埼。いかに、つかだ候補新知事が誕生した折の、国と県の関係が深くなるかが理解出来る。
 上田候補の応援に入った方は、民主党の議員が中心で、変わったところでは、4年前の国政選挙で小沢一郎さんと党を作って話題になった、嘉田元滋賀県知事が応援に入ったという。これは考えてしまいます。
 

 テレビ討論会で「私は国に物乞いをするようなことはしない」といった内容を口にした上田知事。強気はいいが、財政厳しい状況ではとても説得力のある対応ではない。「上部組織への陳情活動は、政治家の・・とくに首長の責任業務であり、それを実践している我々の仕事を冒涜するものだ」と憤慨する首長は少なくない。 
 
 私は、知事選投票のポイントをつぎのように考えている。

◆ 国政と密な関係を構築できる首長が求められる。それは、一般議員とは桁違いの権力と責任を有する首長の選択では必須である。
◆ けっして良い事ばかりではなかった上田県政であるのだが、悪いこともなかったからという意味で、県民評価は甘い。しかし、それではいつになったら変えよう意識が芽生えるのだろうか。まさに今です。つかだ候補という素晴らしい 候補が出た今なのです!
◆多選自粛条例を反故にするというマイナスは、埼玉県にとって小さくない。全国初、しかも、上田候補が自ら望んで作った条例である。これを許せば、政治倫理も社会規範も問われ続けることになる。
◆政治家であった者が首長を目指すパターンは大変多い。その理由は、一議員と違って、予算と人事の両面で強大な権力を持つことが出来るという理由につきる。
 必ずしもこれを良くないことと決め付けるつもりはない。ただ、多くの県議が、現職身分を捨てて市町村長に挑戦する例は、そういうことを意味しているのは間違いない。だからこそ、こういったパターンでの長期政権は、権力にしがみついた結果、腐敗を生むこー
とになる可能性が高いのだ。
 権力が目的で権力を得ると、権力の虜になるのである。
衆議院議員を見切り、知事への転身を思い立った上田候補が、出ないと公言していた4選に出たくなったのは、こうした点が無縁ではないと思う。
  それに比べて、官僚が首長になるというメリットは、政治的権力思考より も、行政運営に自らの経験と知識を使ってみたいという、地域発展にからめ た純粋な自己実現への意欲という意味で、政治家のそれより高潔さで優って いると考えられる。

 あらためて言うまでもなく、これが私の結論です。
 つかだ桂祐候補が埼玉を変えます!

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