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No.3536 中国共産党の二つの善

2022.02.19

ファイル 1457-1.jpg 添付の記事に関する件は、多くの方がすでにご承知のことと思うが、中国、いや中国共産党が持つ多面外交のひとつにこうした弾圧に近い嫌がらせがあることにおぞましいほどの嫌悪感で震える。
 西側民主主義大国に対しスパイ容疑で拘束する人質外交は遠慮ない。この記事を読んでも、長年に及ぶ拘束状態はいったいどういった処遇をされているのかさえわからない。
 一党独裁で公正な司法が確立しているはずもなく、証拠さえ不明瞭なままほぼ有罪判決が必然の国家。それが中国共産党の独善性と言えるものだ。善は善でも種を異にする善だ。西側自由民主主義連合に対する疑心暗鬼度は半端なく主張も結末も常に独善的なのである。内政干渉? 足元を省みることなく矛盾を承知で言い切るところがすごい。
 もう12年前のことになるが、尖閣諸島付近の日本の領海で操業していた中国漁船に警備中の日本の巡視船が退去を伝えたところ、体当たりをしてきた事件を覚えておいでと思う。民主党政権時のことである。結果は、中国の抗議を受けて6日後に船長を除く船員全員が釈放送還され、漁船自体も変換した。船長は起訴方針が固まったのだが、またもや中国の強硬な抗議を受け、処分保留で釈放された。彼は事件発生後わずか18日後に中国のチャーター機で石垣空港から悠々と帰って行ったのだ。
 この時の双方の言い分は「尖閣諸島は中国固有の領土である」と中国が言えば、「船長の行為に計画性が認められず、日中関係を考慮した」と日本が対応した。この時の対応が影響して中国は以降固有の領土を主張する傾向を強くし、今365日のほとんどで領海侵犯入しているのだ。この時、この無罪放免を容認する決定を下したのが仙谷由人官房長官だったというのだが、これには裏話がある。菅総理が中国に忖度する意向が強く、外務省には癇癪を起し、外交に無関係の那覇地検の判断があったことにして仙谷さんにすべてをかぶってもらうことにしたとの後日談である。
 故人とは言え、政治家の功罪が永遠に問われるのは常だが、この仙谷さんの発言で有名なものに「自衛隊は暴力装置」というのがある。しかし、この事件の2年後に発生した東日本大震災や熊本地震で自衛隊が防衛とは異なる意味で国民の命を守る組織だという認識がそれまで以上に感謝と共に広がった。

 この体当たり事件の1年前の12月15日には習近平が国賓で来日し、天皇陛下と会見するという国事があった。鳩山総理の時である。天皇陛下が外国要人と会見する場合、依頼のお願いは1ヵ月前にするという決まりがあるのだが、外務省が申し入れたのが11月26日だったことから宮内庁は当然断った。そこで再度政府側が直接申し込んだが、宮内庁長官はルールは曲げられないとまた断った。そこで出てきたのが駐日大使からせっつかれた小沢幹事長だった。そこまで断りたいなら辞めてから言えと恫喝したという。そして、天皇陛下は習近平と会見することとなったのだ。民主党政権の外交が土下座外交と揶揄されたのはこういうことが起因しているのだ。今だから思うに、中国に何らかの理由で忖度したい状況が党か個人化は別にしてあったのではないだろうか。今の自民党にも一つの例をあげれば太陽光発電機器の日本国内の普及に関して中国との絆を持つ議員がいることと同じだ。

 さて、話が横にそれたが、今の中国の話に戻ろう。二つ目の善・・・偽善外交の顔である。
 経済的な不安定さから国民の不安を煽る形で非民主主義国家が各地で生まれる傾向にある。そうしたお国事情に密接に関わり、軍事政府や革命政府樹立の手助けをし、その後多額の出資供与するなど救いの手を差し出すものの、最終的には軍事基地の設置や資源の搾取につなげるという外交方針は現中国の特徴だ。これこそ偽善の顔である。ワクチン外交もその一つだ。
 地政学的に、本土を囲む形で南モンゴル、ウィグル、チベット、インド国境地区、香港、そして台湾といった問題地域があるが、これらに対する中国の方針は憎悪の意図があるかのように冷酷かつ残酷なもので寒気すら感じる。漢民族の優位性や毛沢東思想が原点にあるものと思う。
 本年が日中友好50周年とは言うものの、友好の道を探るかのような日本の紳士的外交が通じるはずのない中国。実際、中国が日本との未来関係で対等な関係を思考しているとは思えない。
 岸田政権の中露外交が弱腰に感じられてならないのだが、毅然とした外交姿勢を示してもらいたいものだ。
 憲法審査に対する左派野党の対応もそうだが、国民投票の実現に向かうのが国民に対する誠実さの所以だと思うが、審査会議論に背を向けて時計の針ばかりを進める手法は国民に対して誠実な政治姿勢とは言えない。
 最後にこの号の〆を! 中国が反スパイ法の元に拷問や死刑の正当性を外国人に適用するのであれば、日本でも早期のスパイ防止法を制定するべきである。民主主義大国で関連法律が無いのは日本だけである。少なくとも、スパイの水際作戦が軟弱過ぎる状況では国の未来も国民の命もおぼつかないのではないだろうか。

No.3522 ジェノサイド非難決議

2022.01.21

 20日は冷たい一日だった。寒い時期が良いと言われる葡萄の剪定を午前中に行ったが、手袋をしている手の感覚が無くなり、経験したことのないような痛感を覚えるようになった。それこそ指がちぎれる感じというのだろうか。およそ1時間半ほどで終わると同時にボールに張った湯につけた。朝のパトロール後だと1分程度で元にもどるのだが、5分くらいでようやくといったところだった。湯に入れている間の感覚の変異ぶりが面白く、当初痛さが増す感じになる。それからジンジンしびれ、次に太くむくむような感覚に襲われる。家内も一緒に浸けていて、まったく同じ感覚だったそうだ。雪山で遭難死、凍るというのはこういう感じなのだろうかと?・・・それほどのものではないにせよ、冷たい昨日でした。

 さて、フランスでは北京冬季五輪直前になって、下院で「中国のジェノサイド非難決議」が採択された。賛成169、反対1、棄権5という圧倒的な人権問題への対応となった。ウィグル族への拷問、性的虐待、避妊強制手術といった民族排他を集団殺戮と認定するもので、ベルギー、オランダ、カナダ、リトアニア、イギリス、オーストラリア、アメリカなどに続いて政治的意思を示すこととなった。
 金権外交の効果ゆえか、台湾に決別し中国にすり寄る国がある。将来の国際関係、世界外交を見た時、中国の覇権主義に対する脅威は、具体的な領土侵略拡張戦略が見えるだけに、フランスの今回の決議は民主主義陣営にとって心強い結果と言えるだろう。
 日本においては、高市政調会長が真正保守精神で奮闘しているが、どうやら高市包囲網という現実があるようだ。マスコミも安倍さんに近い高市思考を後押しするはずもなく、岸田政権の対中国外交への批判は避ける現状にある。幹事長と外務大臣も中国との友好関係構築にシフトしているというか、元々その方向にある政治家ということで、それを見越して登用した岸田政治は、中国への気配り外交が本質という見方が自民党内にもあるという。そこのところをアメリカに見透かされて、バイデン大統領との直接会談が実現していないとの見方もある。防衛に関する発言は安倍思考を踏襲している感じもあるが、実態はまったく違うというのが3ヵ月経過した外交評価といったところか。
 いずれにしても日本のサッチャーもしくはメルケル誕生は、残念ながら簡単なことではないというのが自民党の内輪の現実と理解している。

No.3506 差別批判に差別あり

2021.12.13

 日増しに気温が低下し、体調管理に気を遣う時期になってオミクロン株の濃厚接触者の不明度増加という事態が加わり気の抜けない師走となっています。
 世界を見ると、良くも悪くも、悪くも中国が話題の中心にいる昨今です。北京五輪への各国の対応が微妙な時期に差し掛かっていますが、日本の方針はどうも煮え切らない見解でここまで来ています。総合的に判断するという林外務大臣の発言は作日のことです。五輪となると問題は選手のことになるわけですが、考えるべきは五輪は平和の祭典だということかと思います。だから、政治問題や思想イデオロギーを持ち込むべきではないというのはあるにせよ、開会国にその平和をナイガシロにしている現実がある場合どうなのかと考えることも間違いではない。そもそも世界平和論を語るならば、国家間の軋轢や特定国の領土拡張覇権主義が紛争のマグマとなって戦争を引き起こすと考えれば、政治問題も思想イデオロギーも平和に関わるものであって五輪にも無関係ではない、いやむしろ大いに関係があると考えられます。
 そこで、思い出すことは4カ月前の東京五輪です。選手の感情を考えることなくコロナを盾に反対運動を続け、開会式会場でも大規模な反対プロパガンダを繰り広げていた思想イデオロギー運動を特定の反日メディアは当然のことのように伝聞しつづけました。それは、まさに政権批判ありきそのものであったと思います。まだ数カ月前のことですが、野党議員の国民の命を無視していいのかといった類の発言が新聞の一面に掲載されることも少なくありませんでした。ちょうどコロナ感染がワクチンのおかげで沈静化しはじめた頃のことです。
 結果として、五輪は成功だったと感じている国民が約7割にのぼったことが示され、政府判断は間違ってはいなかったわけです。
 そこで最近感じることは、開会式が始まっても現地で五輪反対運動を行っていた左派系思想家たちから、中国のジェノサイドに対して大きな問題提起が為されることはなく、静かになっていることが不思議に感じられてならないのです。
 この問題は、確かに五輪とは関係の無いところで中国の持つ民族差別運動にどう海外が反応するかということですが、結局、中国に反省も生まれない状況で平和の祭典を開催する資格があるのかという点を指摘されており、これもまた当然のことでしょう。日本では昨今、いろいろな事象を差別問題化して政治的プロパガンダに利用する風潮が高まっているわけですが、ならば、全体主義の中国やロシア、ベラルーシなどで行われている「命を軽んる統制国家」に対しても声を上げるべきではないかと思うのです。国際社会は情報のスピード感によって正に世界は一つと考えるべき時代でもあろうと。
 このように思うと、日本の差別批判思想は状況と相手次第で使い分けるご都合主義の身勝手なものだと言わざるを得ず、こうした差別イデオロギーの実態こそが中国的体質を持っていると感じる次第です。
 いま、テレビは高市早苗政調会長の予算委員会質疑がされているところです。経済問題に続いて中国問題を指摘した質疑をされています。ジェノサイドに限らず香港しかり、中国・台湾問題も対岸の火事ではなく、日本として中国に自由と人権の観点からはっきりとした意志を示す時ではないかと思います。中国に綺麗事は通用しない。そう感じるこの頃です。

No.3453 世界動乱にあって

2021.08.16

 前号で独裁者たちと題して、地球上に見られる非民主主義国の増加傾向に言及した。そうしたところに、アフガニスタンで劇的というか悲劇的というか、その判断は別にして、過激派テロ組織のタリバンが首都カブールの大統領府を闊歩する姿が映し出された。このタリバンが国内制圧にあたった時の速さは、まさにあっという間と言うべきものであった。地域を進攻する段階で、少年兵を含む市民参入が増えていったこともあっただろう。中学生程度の少年が機関銃を肩にぶら下げて悦に入っている姿は日本とはまったく別世界の実情を伝えるものだ。
 ガニ大統領は、血を伴う争いを避けるためと称して・・・国外に去った。

 大統領府に押し入り、大統領椅子に座る人物を見て目を見張った。45年ほど前に日本のプロレスシーンで全盛を誇ったタイガージェットシンに瓜二つではないか。ターバンからヒゲといい、なぜかレトロな、さりとて宗教の存在を思い起こさせる風体に見入ってしまった。あれでサーベルを口に咥えたらまるで本物だ。そして、この男がアフガニスタンを牽引することになるのかと思うと身震いがした。狂える虎と呼ばれたタイガーだからではなく、日本に生まれて良かったという想いとのギャップがそうさせたのだ。

 かたや76回目の8月15日を迎えた日本。いち早く靖国を参拝した閣僚たちや昨日の安倍前総理参拝に、マスメディアが好意的報道をすることはない。
 朝日新聞に至っては、菅総理の式典挨拶に加害責任に対する内容が含まれていないと批判。現実の世界では、系列のグループ社員が反対していた五輪の打上げ宴会を行い、2次会のカラオケ会を早朝4時まで続けたあげく、女性社員が扉を間違えて2階から落下し重傷を負う事件を起こした。お詫びもほどほどに終戦記念に事を移して政権批判とは・・・ある意味狂っていると言っても言い過ぎではない。なぜなら五輪批判していたことだけではなく、五輪批判の前提がコロナ対応であり、ワクチン供給の不手際や密を防ぐことが出来るのかといった主張だったではないか、説明付かないダブルスタンダードであり、報道倫理が宙に浮いてしまったかのようだ。報道の自由とはよく言ったものだ。張本発言が尾を引いているが、逆ではないかと思う。事件そのものを詫びるのは当然だが、言ってたこととの矛盾はどう説明するのかだ。おそらく宴会の参加者にはワクチン接種をしていない社員の方が年齢的に多かったはずである。余計な詮索ではあるが、このドンチャン騒ぎの費用は参加者負担だったのだろうか?
 共同通信も朝日と同様の記事を配信している。NHKでは例年同様に戦争の悲惨さを伝える新しい情報番組を特集する。多くに感じるのは、戦争責任が日本にあるかのような自虐的内容が多くみられる。それでいいのだろうかと思えてならない。
 中国や韓国で先の大戦責任がまるで日本だけにあるかのような教育を子どもたちにしている現実がある。この目的は、日本は未来永劫敵対国であり、戦争の償いを拒否する国だとする政治思想に繋げようとしていることは明らかだ。自国だけにとどまらず、日本に対する印象操作を世界に発信することにも長けた国だということもよくよく考えなければならない。
 戦争を礼賛する人間などこの世にいるのだろうかと思う。ヒトラーやスターリン、毛沢東といった弾圧・虐殺を実践した狂気の個人がいたことは過去のことにしてはいけないが、野心野望が優先するテロ集団が存在し、その為には殺人、虐待も辞さないという偏った宗教精神があるというアフガンの例は改めて認識した。しかし、日本とは地理的にも倫理的にも程遠い国のことでしかない。そう確信している。

 さて、難い話が続いたが、まもなく定例議会が始まる。18日には議会運営委員会、23日正午が一般質問締め切り、そして25日に再度議会運営委員会が開催される予定となっている。来月1日から始まる議会。そろそろギヤを上げていく頃となったが、幸手市の急激な感染者拡大が心配だ。今、16日午前10:15現在、一日で20人超える事態もあり、あっという間に329人にまで増えてしまった。この増え方を考えると、家族感染者、濃厚接触者がどこに居るかが大きく関わることでもあり、不要不急の外出はもちろん、訪問外出などは避けるべきだろう。
 コロナで人の生活様式や商売の在り方が変わりそれにより経済構造が様変わりすることも予測される。心配だ!

No.3435 リンゴ日報抹殺に想う

2021.06.27

 今月23日、香港の反体制市民派メディアとして知られるリンゴ日報が廃刊・廃業となった。1週間後の30日は、香港国家安全維持法という歴史上まれに見る悪法が中国共産党によって施行されて1年になる。人によって感覚が異なるとは思うが、私にとってこの1年、社会の回転速度が異様に速く感じられるのだ。とくに、世界の動向に中国の一党独裁政権の影響があっという間に広まった感すらある。
 香港の1年前と現在では想像を絶する社会変化が起こっている。学生であろうと相手かまわず国家反逆罪として逮捕拘留するやり方は、現代の不思議でもある。人権も何もあったものではない。言論弾圧・封殺という以上に、会社ごと抹殺されてしまったリンゴ日報への当局の対応は時代錯誤も度が過ぎている。
 昨年の8月に逮捕された周庭さんが保釈されて出てきたとき、スマホで訴えたのは真っ黒な画面だった。口を閉ざさざるを得ない恐怖の勾留期間を終えて出てきたばかりであればそれも止む無しか。そして、リンゴ日報の創業者である黎智英氏が逮捕され、銀行取引を停止状態に追い込まれ、会社は先ごろ廃業するという前代未聞の抹殺行為が公然と行われたばかりだ。
 振り返れば、国安法施行以降次々と繰り出される非民主化行為は一般人からみて、そんなことがよく出来るな!というか考えられないことまでやってしまう中国を見せつけられている。一昨年の11月に行われた香港立法府議会選挙で民主派が大量に当選した。これがきっかけで国安法が考えられたともいわれているが、施行直後の昨年11月には、議員資格に制限をもうけ、民主派議員数人の資格をはく奪している。そして、今年に入り2月には議員候補者とみられる民主派を総勢53名も逮捕している。うち47人は起訴となっている。当局がしっかり検分した結果、不起訴もいるという意味での迷彩を施すためのものか。
 さらに、今月のことになるが32年前の天安門虐殺事件の追悼集会の会場封鎖で、実質上の事件隠蔽思考を見せつけたばかりだ。

 国安法施行の翌月に新設された機関に「国家安全維持公署」というのがある。これは、実質的に香港政府の上位機関にあたると明確に示されており、今、香港警察によって行われている民主派取締り活動はこの公署による指示だという。すでに香港政府は形骸化し、対外的な政治イメージを持たされているだけの機関に過ぎない。国家安全維持法、海警法、反外国制裁法と繰り出す天下の悪法には、よくこんなことを考え付くなーという思いしか沸いてこない。我田引水もここに極まれりである。
 今、わが国では渋沢栄一の素晴らしさを見直そうという観点が新1万円札とともに大きな話題となっているが、この渋沢の原点には「論語」の精神が脈々と流れている。渋沢の「論語と算盤」は150年ほど前のこととは言え、人の道を説く論語は今も立派に通用するものとして親しまれている。だが、現代中国は孔子の教えに忠実どころか、孔子の名の元に世界に身勝手な中国共産党思想を広めることに躍起なのだ。さしずめ、今の中国は「我欲と算盤」と私は表したい。
 桜井よし子氏が「中国ほど悪い国はない」と平易でわかりやすい言葉を発しているが、まさに的を得た中国評だ。
 人の口にいとも簡単に戸を立ててしまう国・・・中国。これから、教育や経済面で差別的恩恵制度を見せつける手法などで、時間をかけて香港を完全一国化していくに違いない。香港の民主派市民には思想洗脳という中国共産党の人権抑圧という地獄を覚悟する時代が待っているのだろう。

No.3377 海外事情に想う

2021.02.15

 今日は終日雨模様のようだ。春爛漫に勝る気候はないと個人的に思うが、やはり自然の息使いに水は欠かせない。久しぶりに色を濃くした庭をながめて良かったな-と感じる。ここ数日、ドウダンとサザンカにミカンの半切を指すと、即といった速さでメジロが飛来、ところが落ち着いてついばむ間もなくヒヨドリがギャギャーわめいてそこ退けとばかりにミカンを独占する。不思議なのは、鳥は目と鼻のどちらを餌探しに用いるのかと思う。とにかく小さい鳥が安心できる給餌をさせてあげたいと考え始めているのだが、物置の余り木片を手にし、構想を練ることになるやもしれぬ。のめり込みはしないが、好奇心がそうさせそうだ。

 さて、大国と小国の差というか違いが如実にわかるニュースに接した。ここで言う大国は中国、小国はベトナムである。それはヒヨドリどころかまるで猛禽類のような中国ゆえに手に負えない。
 中国は訪れてから既に30年以上経つ。上海、西安、北京の3都市巡りで8泊という一部仕事がらみではあったが、会社が慰労にと計画してくれた先輩社員との2人旅だった。それぞれの街で中国人アテンダントが付き添い、不安のない旅であったが、どのアテンダントも日本に行かずして日本語を学びたいと考えたそうで、いつかは日本に行ってみたいという日本への憧れを流暢な日本語で語っていたものだ。
 西安のみならず首都北京でも牛車が大通りをゆったりと歩く光景に驚き、西安の街外れではのどかというよりは貧困風景をところどころで垣間見た。有名な西安駅を写真に撮ろうとホテルボーイに自転車を駆りて出向くと、そこは紅衛兵であふれていた。
 上海では目抜き通りに路上店舗が連なり、種類不明のヘビやカエルが売られていた。実際に売買している場面にも出会った。名前の不明な四つ足のイタチに似た哺乳類などもその仲間であった。旅情をふまえ、熱処理の安全性を考慮して、油状という揚げたてのパンスナックを買い食いしたが案外に美味しかった。
 移動は車だったが、上海と北京の交通事情は喧噪そのもの。どの車もまるでヒヨドリかカラスのようにクラクションを間断なく響かせていた。上海で一度だけ乗ったタクシーの粗暴運転は強烈なものがあった。今はどうなのだろうか。
 目を見張るのは、言うまでもないことだが中国の歴史文化が息づく名所旧跡には圧倒される。壮大かつ絢爛豪華という点においてどの都市にも共通するものであった。
 ベトナムにも6年前を最後に3回公私両面で訪れたが、柔和な人間性に中国との民族の違いを感じたものだ。今でも主流のトラフィックはバイクだが、半端な数ではなく、道路横断にはコツがあり、慣れるのに四苦八苦した。
 両国はともに共産党支配国家ではあるが、現ご時世にあってはまったく異なるお国柄で、個人的にはベトナムに親近感を感じている。どこか憎めないお国柄である。
 そんな両国であるが、中国はもとよりここ数年ベトナムからの留学生や短期労働目的の入国が増えているようだ。幅広い国から日本に出稼ぎにやって来るのはグローバル化ということになるのだろうが、犯罪のグローバル化は望むものではない。添付の記事はたまたま中国人とベトナム人による別の事件が隣り合わせで掲載されていたものだ。
 ファイル 1296-1.jpgこれを見て感じるのは、昨年の年末年始から関東各地で発生した豚や牛の窃盗犯罪に加えスイカもそうだが、農畜産の一次産業品窃盗の多くがベトナム人によるもので、屠殺して肉を流通させようとする単純な犯罪が多くみられる。ベトナムには記念絵葉書に豚をバイクや引き車に乗るだけ載せて運ぶ光景を主題にしたものがいくつもある。ユーモアで受け止めていたが、複雑な気持ちになったものだ。
 かたや中国人の犯罪はどうだろう。記事に見るように、サイバーテロ、ネット犯罪といったいわゆるデジタル犯罪が多く、30年前に訪れた中国のイメージはまったく影も形もない。私たちレベルというか日本の一般レベルではとてもかなわない知識の裏付けが有ってのことである。はたして記事にある指示役とはいかなる人物かといったところだが、注目は中国製のアプリが使用されていることではないだろうか。
 いずれにしても、金額もそうだが犯罪規模は両国のそれでは明らかに異なる。
 トランプ前大統領の対中国政策には中国製のアプリ及びスマホの危険性を訴えるものがあった。いわゆるファーウェイやチックトックであるが、私はBAZZや記事にあるウィーチャット、それとリモートワークもあって利用者が増えている会議アプリのズームもその類いに属するものとして敬遠すべきだと感じていたが、はたしていかがなものだろうか。ツィッターなどでは、トランプ通信の排除は徹底したが、反面チックトックの宣伝は執拗に画面に表示される。それは異様なほどである。

 ASEANで南シナ海での中国の動向に最も反発しているのが隣国ベトナムである。ベトナムの香港化を憂うまでには至らないとしても、台湾・・・そして日本の尖閣、沖縄に目を向ける必要は迫っていると思うのだが・・・。
 国の姿勢は弱すぎると感じるのは私だけではないだろう。ヒヨドリとメジロの違いではないが、そこ退け式の中国を止める手立てはあるのだろうかと思えてならない。

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