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No.3000 躾、体罰、折檻、虐待

2018.06.11

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「昨年、春日部市と新座市で父親による虐待で男児2名が亡くなりました。最近では、千葉県で子供に車のバッテリー用の希硫酸液を目に注入していたという信じられない虐待もありました。こうした児童虐待事件は後を絶たないどころか増加傾向にあります。いたいけな子供の虐待は社会全体で防止し、撲滅しなければなりません。春日部市の例では、要保護児童対策地域協議会が見守りを続けていました。この時点で危険域に入っていたわけですが、同協議会はネグレクトの危険性はないと判断し、保護対象からはずしました。その後、市のケースワーカーが訪問を重ねていましたが、対象からはずした9ケ月後に会えなくなり、更に8ヶ月後に男児は亡くなりました。小さなうちから虐待を受け続けるとそれが当然のこととなってしまい、子供自体が虐待を受けているという自覚が生まれないそうです。私は、この児童虐待に関しては新たな法規制が必要と考えます。既に、大阪、和歌山、三重の三県で児童虐待防止条例が制定されております。早期に虐待を発見し、安全に子供を保護するための条例は埼玉県でも緊急に考慮すべきものと考えますが福祉部長のご所見を伺います。
 次に、県警が平成22年に取り扱った児童虐待事案は340件でしたが、驚くことに翌年には948件で608件も増加しています。警察が関わる数が増えたことについては評価がまちまちですが、私は、警察は今まで以上に虐待撲滅体制の構築に向けて関わりを深めていくべきと考えます。県警本部長のご所見を伺います」

 この文章は、埼玉県議会平成24年6月定例議会において私が行った児童虐待に関する一般質問です。質問項目が複数に及ぶことからそれぞれを深く掘り下げることは至難であり、短文にどれだけのエッセンスが盛り込めるかといったところなのだが、読み返してみると、今回の目黒の虐待死事件の問題点を言い当てている。もっとも、それも当然のことで、この質問を項目として提示したのは、児相まかせの縦割り行政では虐待が減ることはないと考えての質問だったからだ。事実、質問の対象にしてほしくないという執行部の雰囲気を感じたものだ。
 「しっかりするから、もうおねがい ゆるして」 これは、船戸結愛ちゃん5歳が書き取り帳につづった反省文とされる文章の一部だが、私には反省というよりは命乞いの叫びにも感じられ、非道・鬼畜な親への憤怒が止まらない。この虐待は香川県で2度の児相保護があり、東京品川区の児童相談所にもその情報は連絡がなされていたというのだが、心の足りない仕事に終始した結果、悲劇の結果を招くこととなった。そもそも、訪問しても合わせてもらえない状況は只事ではないと判断すべきで、そこで警察にゆだねることが何故出来ないのか! この児相から警察の連携がシステム化されているのが全国で高知、愛知、茨城の3県だけという報道にも驚いた。先進的に県条例を制定している前述の大阪、和歌山、三重でさえ相変わらずの警察介入の制度化が未整備だというのだから、何か制度化を阻む壁があるのかとの疑問が生じる。

 この質問をした2ヶ月後、平成24年8月17日に、今回の目黒虐待死事件で的確なコメントをテレビラジオで発信されている後藤啓二弁護士に講師を依頼し、自民党県議団の勉強会を提案し、実施した経緯がある。講演のテーマは「子どもを虐待から救うために」だった。この時期、私は県議会に児童虐待撲滅推進議員連盟の立ち上げを提案した。そこで議論・研究して議員提案の条例を作りたいと考えたのだが1期先輩の議員に少し待ってほしいと言われ、結局任期中に立ち上がることはなかった。その後、虐待に関するプロジェクト勉強会が出来、昨年の6月議会で「埼玉県虐待禁止条例」が制定された。残念ながら児童虐待は一向に減る気配がないのは無念と言うしかない。後藤弁護士が説いている解決策に県が踏み込まない現状なのだ。もちろん、3県を除く44都道府県が同じ状態ということなのだが、虐待の多い東京や大阪などはあまりにものんびりしすぎている。小池都知事の今回の事件に対する感想は「どうにかならなかったものか」である。問題意識の無さ過ぎにあきれてしまう。
 3000号は、私の活動テーマの一つである児童虐待を選択したが、次号もこのテーマになることは決まりです。もう少し後藤啓二弁護士の考えに触れてみたいものですから。

No.2979 涙腺がゆるむ季節

2018.03.23

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 さあ、明日からは春暖まっしぐら! 大宮あたりまでは桜前線5分咲きとなり、権現堂桜堤も今か今かと期待が高まっているといったところ。
 今日は市内小学校の卒業証書授与式(昔は単純に卒業式ではなかったか)が行われた。私も地域の小学校にお招きいただき出席させていただいた。そのたびに想うことがある。今日は涙腺ダムに水を貯めたまま放流しないようにと式に臨むのだ・・・が、恥ずかしいとか、男のくせにとかという問題ではなく、しっかり見届けたいのにそれが出来なくなるから・・・ということにしておいてください。
 さて、同校の校長との拘わりを少々。彼とは、私が平成15年に市議になった頃に彼が市の教育委員会職員だった頃からの知り合いである。その彼にとって今日が最後の卒業式ということだった。真っすぐに子供の成長を見やり、落ち着いた安定感のある教員精神を持った人物だと感じていた。いわゆる私にとっても想い出深い教育者の彼を、今日は子どもたちの動向とともに注目して見ていた。79名の卒業生に卒業証書を渡す顔つきは1枚1枚記憶に留置くようにも見えたし、緊張感が感じられた。もはや校長式辞の段階から最後まで感無量の淵に入り込んだかのような立ち居振る舞いだった。後半の卒業生と在校生の巣立ちの言葉のやりとりには誰しもがうるるにはなるのだが、校長は目を真っ赤にしたままうつむき加減でたたずんでいた。有能な方との想いから彼はまだまだ教育畑で活躍できるし、してもらいたいと思ったが、しばしゆっくりした後、家業を見つめたいということだった。38年間のお勤めご苦労様でした。最後の4年間を最も近い学校で締めくくっていただき感謝と敬意を表します。

 ところで、今日の卒業性79名の名簿を見て頭を悩まされた。なんと読むのか??? どうでしょう、皆さん少し考えてみてください。
天翔、深昊、佳儀、風翼、澄海、奏太、埜藍、花奏、和音、暖、力馳、音奏、琉月、來弥、咲光、凛綺、愛叶、彩、真倖、美芳、どうですか。のちほど親御さんが一生懸命考えて付けた名前の読み方をご紹介したいと思います。おそらく推測した読み方とは違うと思いますよ。なにしろ対象の漢字を画面に引くだけでも大変です。単純な変換だけでは出て来てくれない文字もあるんすから。

No.2951 大相撲の未来に想う

2017.12.29

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 大相撲がスポーツかどうかは議論の別れるところだが、スポーツニュースのひとつになっているのは確かである。ところが、今やスポーツニュースどころか、すべての報道番組のみならずワイドショーでも格好の材料として2ヶ月間君臨している。国の最大のニュースであるかのごとくに。
 きょうの危機管理委員長の貴乃花親方にたいする発言を聞いていてオヤ?と思った。「警察に行く前に警察に行くことについて報告がなかった」この発言の裏を考えれば「もしも報告があったら警察に行くと騒動になるから行くな」という答えが透けて見える。その場合、もしも警察に言ったら貴乃花親方は重大な指示遂行義務違反として懲罰の対象になるはずである。随分と協会論理はむしがいい。
 モンゴル相撲にいいように国技を牛耳られて、伝統歴史をないがしろにされているという声もあるが、一部それは認めたにせよ、15歳前後から食う寝る稽古の一日人生しか送っていない力士が運営する団体に近代的経営感覚が反映されているとは思えない。相撲をとるだけで20歳前後から社会にチヤホヤされ、親方株を持てば30前後で引退後は弟子を持つ。弟子を育てるというか鍛える場面で人間的に未熟な面が顔を出すのはいた仕方ない。言わばデジタル経営ではなくアナログ経営とでも言うべきか。アナログにはアナログの良さがあるはずだがどうもそれが感じられない。申し訳ないが、この騒動で顔と名を出した八角、春日野、鏡山といった親方衆の態度発言は洗練された経営陣の一角とは感じられなかった。もちろん貴乃花親方の対応も理解に苦しむ。白鵬に代表する乱暴狼藉や同部屋以外の力士と毎夜飲みふけるなどの現在の大相撲のあり方に対する危機意識が今回の手法に至ったというのでは大人げない。やり方が間違っている。
 実はもっと単純なことだったかもしれないのだ。警察に被害届けを出して直後に協会に報告すればよかったのだ。付け加えれば、その時の加害者をその場にいた全員、つまり白鵬も鶴竜もすべて対象にするべきだった。そして危機管理委員には貴の岩の入院している病院まで聞き取り調査に来てもらうべきだった。今、ここにきてはもうどうしようもない状況である。
 驚天動地な考えかもしれないが、いっそのこと貴乃花を中心に別の大相撲組織を立ち上げるというのはいかがなものだろうか。巡業ではなく、政令指定都市などでの場所を年に一度でも設定すれば充分共存共栄の道はあるのではないだろうか。もちろん、それそのものが日本の大相撲の正しいあり方と活性化につながるのであればの話だ。もうカチ上げ、張り手、ダメ押し、ケガ、そしてイジメ、暴力の多い相撲の世界から脱皮してもらいたいし、低次元のニュースの対象になってもらいたくない。相撲をこよなく愛される天皇陛下を嘆き悲しませることの無いように。

No.2908 学校統廃合に思う

2017.08.08

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 お隣の久喜市で学校の統廃合が予定されているという。江面第2小(久喜)、小林小(旧菖蒲)、上内小(旧鷲宮)、菖蒲南中がその対象のようだが、いずれも生徒数が30年前の5割程度に減少していることがその要因らしい。
 上内小は昭和46年に約2,700戸の規模で日本住宅公団鷲宮団地が造成されたことにより同年開校した小学校である。正確なデータはないが、平成2年に開校した幸手市香日向地区が1200戸の集合地域で最高650名ほどの子供たちで賑わったことを考えると、上内小は1,000人以上の生徒数を誇った時期があるのではないかと思われる。それが現在91名という数にまでなっている。お隣とはいえ行政の実情はあまり知るところではないが、開校して現在46年という歴史が50年にまで届かない状況にあるという現実は人口減少という国家最大の未来問題からは一行政区の問題と考えられない。
 幸手市でも東小、さかえ第1小、香日向小が閉校になって久しい。香日向小はわずか22年で閉校となったが、閉校後の生徒たちのことを第一に、跡地利用のこと等もふまえると久喜市も辛く厳しい決断をしたのだろうと推察出来る。

 幸手市でも生徒数が100名を割っている小学校は知る限り3校ある。それらすべてに近年学童保育を設け、働くお母さんたちへの応援を主体に人口減少対策に踏み込んでいることは理解出来る。だが、広報さってを見る限り、残念ながら人口が増える方向にはないことがわかる。
 学童保育の予算化はその時必要と判断し、国の交付金を運用した行政施策ゆえどうこう言うものではないが、長倉小、行幸小、上高野小、さくら小といった学校に生徒数の増加が見られるものの、農村部を中心とする残る5校の減少傾向が増加に転ずることは難しいということか。となると、幸手市でもさほど遠くない時期に学校の統廃合が再び起こりうるか?
 合併により久喜と幸手は15万人と5万人という都市間格差がついたものの、子どもの減少という厳しい社会問題においては大都市部以外全国に広がっていることがわかる学校統廃合の実態である。

No.2890 ホタル鑑賞会

2017.06.13

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 1日の中での寒暖差が激しいせいか風邪を引いたという知人が増えている。
今日は梅雨らしい一日だったが、過度の乾燥は風邪に限らず現状の自分には大敵ゆえに40%を下らないようにしている。
 そんな折、気分の盛り上がるイベントのご案内をいただいた。今夕7時からおこなわれたホタル鑑賞会がそれ。3年前のことになるが、知人に「ホタルおじさん」として知られる方がおり、小学校でホタルを見る会をやってもらえないかと持ちかけたところ二つ返事で了解。
 早いもので、今年で4回目になるが、その縁あってお声をかけていただくのだが今夕楽しみに出かけた。網の張られた60センチ四方ほどのケースを教室に持ち込み、カーテンを閉め、明りを消しての鑑賞。年々親子参加者も増えており、約350匹の平家ボタルの優雅な光の舞にため息と歓声が飛び交っていた。

 物事にはなんでも専門的な内容があるようで、ホタルは唯一カワニナを餌にしていると思っていたら、それは源氏ボタルで、平家ボタルはタニシも食べるそうだ。他にも大きさや光り方の違い、成虫の寿命は1週間などなどいろいろである。間違いなく子供たちにとってレベルの高い自然科学の補修授業になっている。
 ゆっくり舞うホタルを手に取り、しばし見つめる子どもの姿はまさに興味しんしんといったところ。私たちの時代と違い、確実に自然との触れ合いが少なくなっているんだなあと、同行の保護者たちの姿からも感じた。
 7時という開始時間は光のイベントとしては仕方がないが、校長や教頭先生の生徒にホタルを見せて上げたいという純粋な教育者としての思いが感じられ、それ自体が私の感動の一つでもあった。トップが変わろうがいつまでも続いて欲しいものだ。
 ただし・・・ホタル風情は少し汗ばむ程度の陽気がマッチしているようで、それは光のイベントの持つ特徴と言えるが、子どもたちが満足すればそれで良しか。

No.2879 学校の対応がのんびり過ぎないか?

2017.05.09

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 県内で気になる出来事が起こった。川口市で中学生2年生の女子が歩道橋から飛び降りて亡くなった。本人は部活の人間関係で悩んでいたということで関係教師の数人に相談していたという。部活というから自動的に体育系と思ってしまったが、吹奏楽部で打楽器を担当していたという。そして、この生徒は親にも相談していたようで母親が学校の教育相談室に「娘の人間関係の悩み」を相談していた事実もある。

 市教育部長によると「相談に応じている最中だった」としているが、この生徒が部活をやめたいと先生に打ち明けていたのは1月だったという。マイナス思考の思い込みを自制心で遠ざけることが出来る子どもはそう多くはないはずである。悩み始めたら多少の説得では効き目はなく、押しつけの解決策を与えるだけでは短い期間には逆に悩みが増幅していることの方が多いことも考えられる。とくに人間関係はナイーブな問題であり、社会人でも言えることだがノイローゼの最大の原因となっていることは自身20年に及ぶ人事の担当経験からも理解できる。私の経験上は、そうした事実を確認すると即本人面談をし、上司確認をし、それとなく酒席に参加して多くの社員や対象社員と仲の良い同僚の話を聞くなどしたものだ。それにより、翌月頭には異動発令を出すこともあった。そういった手早さで対応したものだ。
 この女子生徒はなんとか頑張ろうと部活を続けていたが日頃の悩みは解消することが出来ないままゴールデンウィークの集中部活に参加していてとうとう・・・いじめがあったかどうかは定かではないが自ら命を断つ道を選択してしまった。悲惨この上ない学校関係の出来事であり、親の気持ちは量り知れない。
 企業組織の場合、適材適所という人事配置を理想としてその実現を徹底することが前提にある。ところが、個々の能力の関係もあって全てそうさせることの難しさが常にある。ある課の空気も生産性にも欠かせない存在と認められる社員はそこから異動させることの逆効果もある。ところがそれは人事の硬直化をもたらす。そこで能力のある社員はどこの所属にしてもしっかりやってくれるだろうとの思いで、硬直化防止と新鮮さをもたらすために異動をしてみるとそこで仕事内容もしくは人間関係で息詰まる場合がある。多方は人間関係の場合がほとんである。大人ゆえ忍耐するだろうと決めつけて問題発覚後もたもたしてると退職届けが出されることになる。申し訳なく可哀想な流れである。さりとてこうした事を皆無にさせる人事技術はないに等しい。人間関係の問題を生じる可能性の高い人間もしくはナイーブで精神的にか細い人間を採用しないことが肝要なのだろうが、これがどうしてなかなか。

 学校は企業と異なり異動がないが、真剣に考えた結果必要と認められれば学校替えがあってもいいだろう。子ども、とくに思春期の女子のナイーブさは際立って重く、深い。いや、そう考えて問題発覚後は素早い対応をしなければならない。もちろん、男子が対象でも同じことは言えるのだが、今回の川口市の場合はたしてどうだったのか。担任や部活顧問の人間資質もこうした場合に大きな力を持っていると私は思う。しかし、母親までが相談に乗り出していた事実を考えると、学校全体に子どもの悩みを軽く見ていたフシはなかっただろうか。子どもの自殺の原因は「いじめ」が多いとしてもこれまで発生した同様のことに強く感じるのはやはり学校対応の遅さであり役所的、官僚的という点である。教育相談室とはいったいどういう理念の元に設置され、どういった経験者が配置されているのかはわからない。実のある相談対応があったならばと思えてならない。

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