前号で、市職員及び議員に関する議員提案による決議案をテーマに書いた。
ハラスメント対策は全国各地で話題になって久しいが、いまだに治まる気配が見られないと言ってもよい状況にある。ハラスメント問題はそれほど重いものを有しているということと理解できるのだが、これを議員側が避けて通る姿はいかがなものかと何度も提言している。前号に示した通り、我が市議会はこの庁内ハラスメント調査は無用という結論を出したわけだが、それそのものも問題だが、それ以上に大きな問題をさらけ出している。それは月があらたまって1日から市民に配布され始めた9月議会の議会だよりである。
驚くことに、ハラスメント決議案に対して、議員間で論じ合った質疑や討論は市民の皆さんにとって是非ご確認いただきたい重要な議会活動なのだが、それに関する経緯説明が一切無く、最終ページの採決結果だけとなっている。更に、それだけではありませんで、3常任委員会での議員と執行部のやり取りも一切示されていない。設置されて以来逐次開催されている庁舎問題特別委員会もあったことすら記載が無い。こんなことは、市議の経験の中で初めてのことで、驚き以外の何ものでもない。
編集委員になっている議員は、皆これを認めたということなのだろうか。実務をリードするべき事務局は何も指摘をしなかったのだろうか。それとも、指摘することも許されない編集委員長の強権差配という空気が会議全体にただよっているのだろうか? だとすれば由々しき問題だが・・・。
議会だよりとは、議会の実態を市民に報告する刊行物そのものであり、言わば、議会制民主主義に欠かすことの出来ない“市民と議会の唯一無二に近いキズナ”である。にもかかわらず、肝心の議員間論議や議員と職員の質疑答弁のあらましが一切割愛されているというのはいかがなものだろうか。特に討論は数少ない議員間討議とも言えるもので、これを省略したのでは議員の主義主張や考え方が有権者に伝わらないことになる。採決の〇×があればいいというものではない。今回のハラスメント決議案では反対討論が数多く述べられたが、これらの議員は自らの主張を市民に知ってもらいたいとは思わなかったのか。討論を述べた議員のほとんどが編集委員でもあるので不思議なことだ。
いや、逆にその発言を市民に知られたく無いとでもいうのだろうか。内容次第のご都合主義では困ったものなのだが・・・。いずれにしても、理由の如何を問わず議員の発言に関しては、議会だよりの主体主役にしなければ、それは議会だよりの本質を遠ざけようとする隠蔽体質と市民から批判されてもやむを得ないだろう。
4月には、幸手市議会として初めての議会だよりに関する視察研修を一泊で長野県に出向いているが、ここまで議会だよりの本質を歪めるとは、何のための研修だったのかと強く思う。
私が思うに、2ページから6ページは広報幸手が伝える役割であり、とくに市政40周年などはその際たるものである。それに関わるイベントも市が後援しているもので、議会が主催で行っているわけでもなく、言ってみれば特定の議員が関わっているものが記事の主体となっている。5ページのアライグマや今月の表紙もこれほどのスペースが必要とは思えない。経済的観念の点からも紙面コストへの配慮はまったく感じられない。
確かに予算は議会が承認するものだが、事業自体は市が予算化して実行するもので、今回の議会だよりは、まるで議会が市民のために事業を進めているような記述が多く見られる。昨令和7年度に行われた事業もそのたびに広報さってが書き示してきたもので、ここで議会が再度記事化する必要はない。議会は市政のチェック機能という権能があり、決算審議が行われた各常任委員会のやり取りを記載するべき立場にある。議会は市の付属機関ではない。それが議会だよりに課せられた本質というものであろう。
議員発言は議会中継録画でも確認出来るというのであれば、それは一般質問にも言えるわけで、市民全員が視聴できる環境にはないと考えるべきだ。ましてや常任委員会は中継すらしていないのだから。
4月の視察以降、6月議会だよりで読みにくいと言うご意見をいただいたこともあるが、視察後2回目となる今回は、内容そのものも大きく変容してしまった。一般質問ページも議員ごとにアイデアを凝らして紙面作りをするようになったが、どこか以前よりまとまりが無くなったように感じる。
ここまで変容させてしまうとは・・・議会の本質を失ったかのような主客転倒の議会だよりが残念に思えてならない。

















