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No.3975 なぜ、今になって謝罪

2026.09.16

 いつになったら秋日和が感じられるのだろうか。やりたいことがなかなか出来ないじれったさもあるが、やはり心が晴れない。予報を見ると毎日のように雨マークがつく。
 心が晴れないと言えば、今年3月16日に起こった辺野古沖の研修ボートの転覆事故で高校生が亡くなってから半年が経つ16日、船の運航団体である「ヘリ基地反対協議会」が謝罪と献花をしたという。
 船長とともに命を落とした武石知華さんのご家族は、事故発生以来、真相究明を求め、知華さんの死に対する疑問を投げかけていた。平和学習と称して左派思想に満ちたヘリ基地反対協議会が運営するボートを利用した同志社国際高校も運行団体も心からのお詫びすることなく、思想的批判を真っ向から否定し、言い訳が先行するような対応に終始した。
 また、マスコミも一部を除き、この一件には極力思想的な点に触れないようにし、純粋な研修旅行だったとする報道が多かった。テレビなどはひどいものだった。
 ところが・・・13日の沖縄知事選の3日後の16日に謝罪と献花とはいかなる事情によるものかと、多くの国民は感じることだろう。
 ニュース配信は共同通信で、反保守、反高市を隠そうともしないトップメディアなのだ。しかも、私が思う「なぜ、いまになって?」という疑問は全く記事には見られない。
 知事選で敗れた玉城デニー前知事は、事故発生直後に「活動の目的は安全性、中立性が確保された上での平和教育と認識している」と発言している。更に、文科省がこれに対して、政治的中立性に欠けており、教育基本法に違反していると認定した際には、「国は踏み込み過ぎで、沖縄の平和教育は偏向していない」と逆批判している。そして、知事選においては「辺野古は書かず、語らず」の選挙戦に徹し、約14万票の大差で敗れたばかりだった。こうして半年の流れを経ての知事選で学校側とヘリ基地反対派の側に立って、理論展開してきた前知事が大敗した理由がおのずと理解できる。
 思想の自由は認めるが、非は非として認め、詫びる姿勢は早いに越したことはない。思想的な傾向以上に人柄に問題があるとしか考えられない。思い起こせば、玉城氏は小沢一郎氏の配下議員だったことから、翁長知事の急逝にあたり送りこまれた候補だった。当時はオール沖縄の勢いが勝っていた時期だった。今回、玉城候補が勝利していたら、今日の謝罪と献花はあっただろうか。ヘリ基地反対協議会の代表には、警察による事情聴取が続いていることも有る。そうしたタイミングでの遅れた反省なのだ。その代表が献花で述べた追悼の言葉が「二度とこのような事故が起きぬよう、真相究明に向け捜査に協力していく」である。半年経って、真相究明に協力も無いものだ。
 共産党委員長田村智子氏は知事選後に「高市政権は沖縄政治の転覆を謀った」と。これでは、時の政権がクーデターをしたような言い分だが、どこか思考がずれているとしか思えない。中国に近く、沖縄は中国の領土であると公然と言い放つ中国の現実があって、地政学的に日本の領土であり続けるために沖縄の良識が目覚めたことは間違いない。