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掲題の宣言は、幸手市の隣久喜市が発したものだ。4月の選挙戦で現職を破った市長によるものだが、ある局の記者もこれには驚いたと話す。その理由は、財政宣言もそうだが、4月にあった部長人事異動からわずか4カ月で、総務部長を宮代町と組む衛生組合に移動させた他、5人の部長を異動したことだとか。つまり、前市長の財政人事両面の全否定と思われても仕方がない、というかそう思っているからこその強い思いがそうさせたのだろう。それはそれで政治の仕組みであり、流れと考えることで理解は出来る。
「市長が変われば市政が変わる」といったところか。ふと考えてみると、似たようなことが幸手市にもあった。平成15年の市議選で、当時の市長が推し進める五霞町との合併に反旗を翻した議員の大発声で、久喜市との合併を考える市民の会が発足した。その結果、双方による激しい空中戦が続き、4月の選挙戦で久喜市との合併を望む会が、市議候補をたてて選挙に打って出た。その時、市民の会の唱えたキャッチフレーズが、「議会が変われば幸手が変わる」だった。結果、13対12で勝利したのだが、実際は政治の持つ特異性で変わることは無かった。(当時の市議数は25名でした)
ふと、そんなことを想い出したが、私は会が公認する候補者ではなかったのだが、久喜市との合併しかないと考えて立候補し、それが私の議員デビューとなった選挙戦だった。
当時の幸手市も、同年秋の市長選で新市長が就任したが、宣言までは出さなかったものの、第二の夕張になりかねない財政状況だったのは今でも忘れることは無い。議会では反市長はがその責任を新市長に被せるように質疑していたものだ。その市長時代の8年で財政調整基金も20億を上回り、財政再建を果たしたが、今また諸々の大事業が待ち受けている状況で財政が必ずしも楽観視できない事態となっている。私は、当時浪人中でいなかった時期だが、幸手駅舎の新築が現財政に重くのしかかっていると考えている。前の駅舎の風情が好きだったので、安くてレトロ感たっぷりの駅舎にプラスで、市長が唱えていた東西自由通路の建築に抑えておけばという想いは今でも残っている。
その市政方針も、3期目の市長選に敗れて市長が変わって駅舎全面新築となった。まさに「市長が変われば市政が変わる」だったのだ。

















