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No.3958 国旗損壊罪と自民党内逃亡劇

2026.07.13

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 国旗損壊罪が6月30日に衆議院本会議で可決され、現在参議院に送られ審議入りしている。これについては、共同提出者として名を連ねていた国民民主党と参政党は直前逃亡している。理由は比例一本での定数削減に噛みついたゆえである。党利党略を優先させる議論ごちゃまぜの両党については後日書きとどめたいと考えている。
 JNN調査によると高市政権への支持率は67%という高い数値を維持している。外交に努力し、諸外国から高い好感度を得る総理を揶揄するオールドメディアの卑しい状況は相変わらずだが、どうして、自国の政権を貶めて喜々としていられるのか不思議でならない。
 非民主主義の独裁政治下にある中露は、言論統制を敷かれ、国民が物言えば弾圧という強権をもって厳しい対応を迫られる。しかし、独裁ゆえに事の決定は早い。身勝手な方針も即実行される。日本ではどうだろう。民主主義の元で与党が3分の1を得ても、なりふり構わぬ野党の非常識政治手法がまかり通る。日本のマスコミは国会の低次元議論を維持させるために存在しているとしか感じられない。人の感性は個人のスキャンダルに目が無い。今、国会に影響を与えている中傷動画問題やサナエトークンなど、まさにマスコミがでっち上げた証拠の無いスキャンダルだが、これによって当事者である週刊誌は売り上げが上がることは間違いない。姑息な企業理念に国会が踊らされ、国民生活の議論とはかけ離れた委員会質疑が繰り返されている。
 これを中心に質疑している杉尾秀哉議員を筆頭に、立憲民主党や中道の存在はもはやその意義すら感じない。国旗損壊罪に対する質疑で、誰かが怪我をした時、そこに国旗しかなかったら包帯代わりに使えないのかという頓珍漢な質疑も、人間がいる限り国旗以外に包帯になる生地が無いなどという仮説が成り立つはずも無い。また、損壊罪で罰になると思うと、国旗を掲揚することに怖さを感じないかという質疑も。ここまで屁理屈が創作される国会でいいのだろうか。こうした質疑をする議員は資質に欠けていると断言していいだろう。

 笑止千万な議員の存在は、与党内にもいる。岩屋氏と村上氏はこの採決を“サボった”党紀反乱議員だ。党議拘束はかかっていたとすれば重大な党規違反と言う意味だが、たとえ、そうであろうとなかろうと、この二人は公然と総理の批判もしている。また先の総選挙で自民党が公約とした食品の消費税減税に関する調査会副委員長の職にあった小渕優子氏は、この職を辞任する形で政権批判に舵を切った。財務省の事情に詳しいということで選ばれたようだが、実は財務省べったりだったということのようだ。前総理の石破氏もそうだが、高市批判を公然とする議員が党内にいるということは、考えてみれば、ある意味民主主義が機能しているということではある。なぜなら、これが中国やロシアであったら、こうした議員たちはどうなっているかよくよく想像できる話であるからだ。しかして、こうした言論の自由や表現の自由を身勝手に振りかざしたいのであれば、党を離れるべきだ。それがしたくても出来ないのが政界らしさと言えばそれまでだが。
 思い起こせばといった話で恐縮だが、私たち民間のサラリーマン出身者の経験からすれば、会社の方針に納得がいかない場面に遭遇した際、そこで、出来ることは従うか辞めるかの2者択一なのだ、私はこうした経験を何度かして今に至っているが、山崎豊子さんの「白い巨塔」や「沈まぬ太陽」では、政治と大企業等の癒着、そして、それに翻弄される企業人の辛く悲しいストーリーがある。まさにノンフィクションそのものだ。

 それにしても、高市総理は野党やマスコミのハチャメチャな攻撃にさらされながらも、多くの分野でしっかり事を進めている。こうした実績を書かず語らずの反高市勢力にめげず、日々研鑽を続けている総理を長い目で見守り、期待することが今こそ必要だ。3分の1を得ながらも、じっくりと事を進める総理を静かに見守りたいと感じる昨今である。