県内で立て続けに首長選挙や市議町議選が行われている。来年の統一地方選挙以上のにぎやかさである。加須市長選で42歳の県議、久喜市長選では39歳の市議が新市長として市民の負託を受けた。7月には杉戸町長選が控えている。
SNSが選挙戦の重要な戦術になってから数年経過しているが、テレビを見ない、新聞を読まない、車を持たないという若者が増えている現代、彼らの投票心理を読み解くのはハードなことだ。ましてや18歳で選挙権を得ることになるから、このイヤホンスマホ世代がどんな思いで投票しているかを考察することが選挙戦のカギになっているのは間違いない。
幸手市は来年の秋に市長選があるが、3期務め上げた市長はまだいない。久喜市の場合も現職の候補が3期目への挑戦だったが、初挑戦の新人にその座を譲ることとなった。誰がどうとか、どっちがどうとかではなく、私はいつも、議員は何期何年、首長は何期何年勤めるのが適切なのだろうかと思う。年齢とのバランスもあるし、例えば極端な話で恐縮だが、30歳で首長になったとしよう。すると8期在位すると62歳になるが、年齢的には政治家としては最も油ののったところだろう。しかし、8期は選挙戦で相手陣営が問題視するほど長すぎることは間違いない。県内の市長で敗者になった後に県議になった例もあるが、やはり60代であれば、県議や国会議員への道筋があるのが理想なのかもしれない。埼玉にも栃木にも国会のステージに上がった例はあるし、知事が国会議員になるのも身近な例にもあるし、新潟県などにも見られた。そうした例は少なくないのだ。しかし、こればかりは地元事情があって、おいそれとは公認どころか信任も得られない。とくに自民党はその傾向が強く、小選挙区制ということもあって、ならば保守系野党に鞍替えしようと思いたくもなるのだろう。そんな例は先の衆議院選挙での参政党など枚挙にいとまがない。政治を目指した経緯や、イデオロギー、ましてや人間関係までもが思考の外になる。
とりとめのない話になったが、何が言いたいかというと、若くして政治家になると落選した時の苦難を乗り越えるのは、ある意味地獄に近いものがあるように想う。かくいう私も県議選に敗れてから悩みに悩んだものだが、幸い手を差し伸べてくれる人物がいた。この時には心から人の温かさと人付き合いの大切さを感じたものだ。相互信頼があればこその人脈というものなのだろう。
さて、前久喜市長がどういった形で捲土重来を期すのか、温かい目で見守りたいと思う。自分に何が出来るわけでもないのだけれど。
記事一覧
No.3934 選挙新時代
No.3930 国民民主党の異常性
公選法違反にもいろいろあるが、選挙時の買収という最近あまり聞かなくなった代表的な選挙違反が先の衆議院選東京7区で発生した。元都議の国民民主党公認の入江伸子氏で、党は即除籍扱いとし、同党都連の会長と選挙対策委員長は引責辞任している。可哀そうなのは運動員の学生さんまでが対象となったことだが、認識の甘さは学生とはいえ問われてしかるべきだろう。そして玉木党代表はあってはならない事案だとして謝罪を表明した。
ところが、埼玉県で川口市長選の関係で行われた県議補選で、またまた国民民主党の候補者に対する調査不足があったとして党は西沢理氏の公認を、なんと投票日前日に取り消すという前代未聞の事案が発生した。県連会長の鈴木衆議院議員が謝罪はしたものの理由は明らかにしなかったのも異様だった。有権者に多大な迷惑となったことは間違いないわけで、そのまま済し崩し的に終わるのかと思いきや、党の候補者が性的犯罪に関わった過去があったことが巷間伝わることとなったのだ。政党のガバナンスとしては由々しき問題である。
さらにややこしいことに、この候補者が当選枠2名枠の2位で当選したのだ。当の本人は3月県議会初日に辞職を願い出て受理されたのだが、党は党で大慌てで除籍にするという不始末この上無い結末となった。
さーて、今度は2度あることは3度あるという格言が本当に起ってしまったのだ。本日の朝刊によると、昨年3月の入間市議選で国民民主党公認としてトップ当選した益田英主氏の当選無効が確定したのだ。市内で3カ月の居住実態が無かったことを市県双方の選管が判断したことによる。こうした場合、だいたい高裁に不服申し立ての提訴をするものだが、これが先月11日に棄却された後、上告しなかったことで判決が確定した。
この居住実態不明事案は最近多く見受ける違反で、埼玉県では一昨年だったか新人の女性県議が同様の決定を受けている。この例は、維新の会が関東に進出する方針の中で起った事案だが、このパターンは今後も有り得ることと思えてならない。
参政党が来年の統一地方選挙で500人規模の候補者擁立を目指すとしているが、候補者の内容吟味は代表が個人的にするのがこの党の実態だろうから、政治家としての資質は後回しになり、当選出来るかどうかの浅薄な選任になるものと思う。同党の場合、地方選挙戦で保守がぶつかると一方の支援に回るという形で経験者を勧誘し、時をおかずに要職として起用する手法を見せる、和田政宗氏や豊田真由子氏などがその典型だ。本人にしてみれば政治家に復帰出来るなら保守系政党ならどこでもいいということなのだろう。結果、野党として自民党に対峙することになり、予算も反対するのだから何をかいわんやである。和田氏などは自民党バリバリの現実保守派だと思っていたが、宮城知事選の結果において、政治スタンスを変えざるを得なくなった。議員浪人するよりましというのはわからないではないが節操がなさすぎる。豊田氏にしても先の衆議院選で北関東ブロック比例というおもてなしぶりで当選し、即政調会長代行というのだからこの党の脆弱ぶりがうかがえる。
新党が全国的に組織拡大を図る際、こうした傾向が増えるであろうことは理解できるが、俗に言う落下傘候補には犯罪歴は別にして、居住歴問題は大いに可能性のあることと言える。
さて、本題に戻るが国民民主党は国政での代表発言のブレ具合も相当だが、結局のところ反自民、反高市の政党として存在感を示したいだけの政党だったと考えざるを得ない。その存在感に関わることとして立憲民主党とは一線を引く姿勢も示す。中革連合体を反面教師にして埋没防止策に配慮しているのだろうが、逆に中途半端にしか感じられない。ゆえに国民の不信感は高まり支持率低下をもたらし、今後の国政での立ち位置は微妙だ。玉木雄一郎代表の曖昧なリーダー資質が招いた現状の責任は重いといえるだろう。彼の発言は独自性を訴えたいのだろうが、思いつきで人と違うことを言えばいいと考えるタイプなのかもしれませんな。基本、素直さに欠ける。政治家の資質は学歴ではないという見本のように思えて仕方がない。
No.3911 歴史的選挙2.万死に値する
中道改革連合の大敗で、野田共同代表が「万死に値する」と自らの責任を表した。その言葉の意味は理解できるが、残念ながらネットで彼が語っている選挙総括を見たら「ネットのデマや熱狂の風に晒されたことが原因で、政策論争が出来なかった」としている。
はたしてそうだろうか。議論が出来なかったという裏には高市総理が党首討論を避けたことへの批判をニュアンスとして感じる・・・小さい小さい。
また、政策論争もなにも、バッジを保持したくて公明党の票をあてにし緊急合併を決断したのは誰なのか! 公明候補の比例上位に対して公明票を我が党に、という交換条件があったかのような見立ては当たらずとも遠からずかもしれない。
そして、憲法改正や安全保障は合憲だとか、原発ゼロはエネルギー政策にあって撤回だ、辺野古移設はやむを得ないなどを唱えたと直後に、それは選挙の後に考えると。これほどの変節を国民は見逃さなかったのです。こういった政党に救国救民政治が必要だと思っている国民の信託が受けられるはずがない。国民の怒りが爆発したと思うことなく、デマや風だとする情けないレベルがもたらした結果そのものです。個人的に想うこととしては、参議院で立民、公明を残したことも選挙目当ての合体と映り、国民の疑惑を生じさせたのではないか。こうした自爆の要因が多々あることを考えると、まさに万死に値するという総括は的を得ていることになります。
小沢、安住、岡田、玄葉、馬淵、本庄といった大物や役員議員が各地で落選し、比例復活もならなかった。これは、高市旋風でも何でもない自らが導いたいわゆる身から出た錆であるという反省が出来ていないとすればそれほどの政治家ではなかったということになる。
私は、安倍総理の無念の死にあたって、野田さんが2022年10月25日の衆議院本会議で野党議員として異例の追悼演説を行ったことが忘れられない。
「火花を散らす真剣勝負だった。再戦を挑むべき相手はもうこの議場に現れない。いつの時も手ごわい論敵だった。しかし、国会を離れると心優しい気遣いの人だった」
これは新聞でもその全文が掲載され、私はその実物を今でも残している。野田さんという政治家を見直したものだが、今回の選挙総括を語る野田氏にはもうその時の思考のかけらも感じられず、幻滅に近いものが残ったのは残念です。
No.3908 論戦の相違点が浮き彫りに
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フェイスブックなどNETに最近多くみられるのが、高市総理をはじめとする自民党候補者は他党の批判を一切しないという投稿です。これらに対して「いいね」が多数入るのも目立ちます。私が、この選挙でずっと感じていたことを同じように感じていた人がなんと多い事か。
高市総理のあの30分ほどに集約される応援演説は、他党の批判はまったく聞かれません。なぜ、積極財政なのか・・・その経済循環がもたらす未来への投資の必要性をとうとうと語る姿は、まさに政策論争という選挙であるべきスタイルを実践しています。それが有権者のこころに響くということです。
尊敬するあの安倍晋三総理でも、口汚く罵られる果てしない論戦とは言えない論戦に応じざるを得なかった場面が多々ありました。しかし、今回の選挙は高市総理の演説によって爽やかな自民党が浮き彫りになっています。
それは、我が地区の三ツ林候補にも通じるものがあります。昨日、幸手市内で計18カ所の街頭演説を行いましたが、他党のことは批判どころか一切口にしません。氏の人柄がそこに示されていることを聴衆は感じるはずです。
ところが、他党はどうでしょう。新党中革連の野田・斎藤両代表は自らも関わる問題をさしおいて統一教会や不記載問題を声高らかに叫んでいます。はっきり言って中道の政策論では、生活者ファーストとか政治を真ん中に戻すという抽象的なものしか耳に残らないのがほとんどで、何がしたいのかという新たな政策論は響いてこないのです。この私の主張が批判になっているやもしれませんが、今回の選挙はそのあたりがはっきりしています。
つまり、自民党への期待感しか沸いてこない論戦状態ゆえに、自民党優勢論が増幅しているのです。今や、大手メディアに助けられるかのように不記載問題を口にし、1年3カ月前の選挙に回帰させたいかのような野党の選挙戦。これに対して有権者が厳しい目を向けていることに気づかないのが焦燥感に追われる野党の現状ということではないでしょうか。
No.3905 白熱の演説
高市早苗総理の来援は本日県内の5カ所で行われました。そして、我が第13選挙区内の久喜駅西口が第一声の場として選ばれました。7時過ぎには聴衆が溜りはじめ、9時にはほぼ指定区域が多くの聴衆で埋まりました。階段上のデッキ部分への滞留は警察によって禁止され、道行く人の整理に大わらわ。金属探知機とシール貼りが義務付けられたため、列が乱れ混雑し、その整理にあたっていた私も怒られたり、文句言われたりしながら、ひとまず蛇行列にもっていくのに大変な思いをしたのでした。
警察の要請で、安全安心の演説会のために200人程度の整理員を集めるようにとのことでしたが、その意味がわかる聴衆の熱気が集中する時間帯を目の当たりに見た次第です。
9時半から始まり、三ツ林ひろみ候補のいつもの激弁が響き渡り、聴衆の心が熱くなったところで、高市総理が登場。久喜駅の熱気はそれだけで頂点に達したように、高市さーん、ソウリーといった掛け声が爆発し、自民党選挙カーに登壇した総理に三ツ林候補からマイクが渡され、紹介と同時に早苗節が炸裂したのです。
この早苗節の数々は、行く先全てのものがYouTubeで確認できますが、なにしろカンペ無しでよどみなく語る姿は感動ものです。知識の深さは日頃の研鑽が原点にあり、頭に叩き込まれているから30分近い演説でもほぼカムことなく続き、聞く側が引き込まれていく感じです。候補者の特徴を事前に頭に入れ、ほぼ完ぺきな応援演説に対して、終了後の見しらぬ人と弾む会話では、寒かったけど聴きに来てよかったという声がほとんどというか全てでした。
演説が始まってからは、5mほど近い位置でスマホを駆使していたのですが、既にプロのものらしき動画がアップされていますので、ご覧になりたい方は、そちらでご覧になられた方がよろしいのかなと思います。変則スタイルでスマホ撮影していたので、下半身が硬直化しましたが、それよりなにより三ツ林候補の激弁と早苗節が絶妙にマッチした白熱の演説会に心地良さと満足感で目頭に熱いものがあふれる感動でいっぱいになったのでした。
No.3904 高市総理来る!!!
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選挙戦が中盤にさしかかろうとしています。高市早苗総理が来援するところすべてで過去に無かったというほどの聴衆が集まっていることが話題になっています。昨日の白岡駅東口に来援された片山さつき財務大臣の演説を見たさに集まった数は600人を超えていました。これも、毎回三ツ林ひろみ候補の応援に駆けつけてくれる片山さつき議員の時には、ここまでの数を見ることはありませんでした。すごいことです。
高市総理も北海道、兵庫、福岡、大分など、どこへ行っても数千人規模の聴衆であふれかえっています。
さて、当埼玉第13選挙区に来援されるのは
2月3日 9時30分
久喜駅西口
となっています。お知り合いへのお誘い宜しくお願いいたします。
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