中道改革連合の大敗で、野田共同代表が「万死に値する」と自らの責任を表した。その言葉の意味は理解できるが、残念ながらネットで彼が語っている選挙総括を見たら「ネットのデマや熱狂の風に晒されたことが原因で、政策論争が出来なかった」としている。
はたしてそうだろうか。議論が出来なかったという裏には高市総理が党首討論を避けたことへの批判をニュアンスとして感じる・・・小さい小さい。
また、政策論争もなにも、バッジを保持したくて公明党の票をあてにし緊急合併を決断したのは誰なのか! 公明候補の比例上位に対して公明票を我が党に、という交換条件があったかのような見立ては当たらずとも遠からずかもしれない。
そして、憲法改正や安全保障は合憲だとか、原発ゼロはエネルギー政策にあって撤回だ、辺野古移設はやむを得ないなどを唱えたと直後に、それは選挙の後に考えると。これほどの変節を国民は見逃さなかったのです。こういった政党に救国救民政治が必要だと思っている国民の信託が受けられるはずがない。国民の怒りが爆発したと思うことなく、デマや風だとする情けないレベルがもたらした結果そのものです。個人的に想うこととしては、参議院で立民、公明を残したことも選挙目当ての合体と映り、国民の疑惑を生じさせたのではないか。こうした自爆の要因が多々あることを考えると、まさに万死に値するという総括は的を得ていることになります。
小沢、安住、岡田、玄葉、馬淵、本庄といった大物や役員議員が各地で落選し、比例復活もならなかった。これは、高市旋風でも何でもない自らが導いたいわゆる身から出た錆であるという反省が出来ていないとすればそれほどの政治家ではなかったということになる。
私は、安倍総理の無念の死にあたって、野田さんが2022年10月25日の衆議院本会議で野党議員として異例の追悼演説を行ったことが忘れられない。
「火花を散らす真剣勝負だった。再戦を挑むべき相手はもうこの議場に現れない。いつの時も手ごわい論敵だった。しかし、国会を離れると心優しい気遣いの人だった」
これは新聞でもその全文が掲載され、私はその実物を今でも残している。野田さんという政治家を見直したものだが、今回の選挙総括を語る野田氏にはもうその時の思考のかけらも感じられず、幻滅に近いものが残ったのは残念です。