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No.2860 どうぞ安らかに

2017.02.27

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 前号は2月22日で小生が67回目の誕生日であったことをお伝えしたが、その翌日のこと、元県議会議員の小森谷昭氏が亡くなられた。享年62歳というなんとも早すぎる旅たちであった。幸手市の未来に夢を掲げ、西口開発を筆頭に新たなまちづくりにご尽力された政治家だった。コツコツ、コツコツ、まさに地道な活動を続けて県議会議員というステージを勝ち得た武骨な努力家であったと多くの方が語る。

 小森谷さんが3度目の梗塞で倒れられたのは平成23年の1月末のことであった。2期目の選挙を4月に控えた時期であり、まさに上田知事を迎えて会場満杯の中で県政報告会が開催された当日のことだった。誰しもが狐につままれたといった受け止め方しか出来なかったアクシデントだった。いや、そうとしか感じられなかったというのが正直なところではなかっただろうか。
 そして、県議選の2週間後というスケジュールだった市議選に向けて3期目のチャレンジの準備たけなわの状況だった私に、小森谷後援会が推薦をくださることとなり、急遽県議選へ衣替えすることとなった。お話をいただいてから選挙投票日まで、ちょうど50日となっていた。緊急の事態にあって、そのキャッチフレーズは「小森谷昭県議の政治姿勢を継承する」であった。そして、私が当選後真っ先に県の予算取り付けに動いたのは、彼が手がけた県道並塚幸手線吉野地区の歩道新設の残りの半分をつなげることだった。権現堂公園の整備、県教職員住宅の処分対策というのも小森谷さんが掲げていたテーマだった。
 選挙戦では、後援会はもちろんのこと小森谷夫人のご主人の病とお子様たちのこともありながらの応援は心強いものがあった。出遅れ選挙戦を勝ち抜くことが出来たのは間違いなくその力によるものだった。生涯忘れることのない平成23年初頭なのである。

 6年間にわたる闘病生活のほとんどをご自宅で・・・夫人の献身的な看護介護を幾度か目にした。昨夜の通夜には上田知事も参列されていた。私も家内と焼香させていただいたが、お子様たちの成長が目を引くと同時に小森谷さんの死があまりにも早いことに、あらためて人の世の無常を思わずにはいられなかった。
 小森谷さん、長い間お疲れ様でした。そしてありがとうございました。
 どうぞ安らかに。慎んでご冥福をお祈り申し上げます。