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No.2757 非を理解し、詫びる父親に安堵

2016.06.05

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 前々号で我が子置き去り事件について書いた。厳しいことを書いたが、結果として、大和くんが元気で発見されたことから国をあげて、いや世界をあげてほっと安堵したのは間違いない。

 とにかく、父親のインタビューに注目したが、素直に反省の弁を語る純朴な人間性は理解できた。今後の大和くんへの対応に「やりすぎ」はないことを信じて、これにも安堵した次第。ただし、大和くんに詫びることがなにより先決だ。
 今回の出来事、万が一でも大和くんが無事に見つからなかったら(その可能性は大だった)この父親は、まさに世界世論からどれほど叩かれたことだろうか。
 虐待とは言えない結果になって良かったことには違いないが、結果を喜ぶだけでいいというものではない。なぜなら、虐待の種類にはいろいろあって、放棄、怠慢が身体や精神に必要以上の衝撃をもたらすという意味において、取り返しのつかない結果を子どもに与えることを指す。

 置き去りにされた小学2年生の大和くんが、発見されるまでの1週間、人と会うこともない孤独な状態で、夜の10㌔彷徨のはてに、偶然にもねぐらに行きあたった。
 その子どもが自衛隊員に出会った際に泣くこともなかったというのは、逆に私たちの涙を誘う。まさに、今回のことはネグレクト虐待のひとつである精神的虐待と判断されてもしかるべきなのだ。
 ネグレクト虐待とは、無視、放棄という心に与える虐待を指すのだから。

 自衛隊駐屯地の訓練施設に行き当たり、締まっているはずの鍵が開いていて、マットレスがあり、水道の水が出て、といった偶然の重なりの中で、大和くんが類まれな生き延びる知恵と勇気を発揮したからこそ、事件が最悪の結果にならず大団円になった。
 親が熟慮足らずの感情的誘発で、子を命にもかかわる最悪の状況に放った事実は、やはり世の批判を浴びてもやむを得ない。

 そして、これを反面教師として世間の親が認識してもらうことが大切ではないかと老婆心的な発想が浮かぶが、余計なお世話か?? 
 ただ、今ネットにおいて、しつけと称して行われた親のいくつかの行為があらためて問われている現状があることは、ひとつの戒めに近いものがある。

 ところで、尾木ママが教育者の目で、今回の事件を父親に的をあてて書いたブログが炎上に近い状態になっているという。
 大和くんの発見が難しいという想定において、親の逮捕がある!といった内容については、テレビでも語っていたと思うが、それ以外にどれほどまでのことを書いたのかは知らない。おそらく父親の行為に対してバッサリ切る内容だったのだろうと思う。
 基本的には私も尾木ママの考え方に大きな差はないが、最悪の想定を唯一に近い大前提に、父親への司法対応まで論ずることは躊躇する。
 しかし、結果がハッピーだったからといって、こうした論説にヘイト的批判をぶつけるのはいかがなものだろうか。
 

 デパートの中で置き去りにしたのとはわけが違う。大和くんにとってみたら極限に近い状態に置かれた事実は、親をかばうことにはつながらない。
 ただただ、真底からの鬼親ではなかったことが大和くんにとって良かったネと感じた事件だった。
 大和くん、父親に思い切り甘えればいい!

No.2756 大和くん、見つかる!!!!!

2016.06.03

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 緊急速報!

 北海道山林で行方不明になっていた田野岡大和くんが発見された!!!

 さぞや恐ろしい日々だったであろう。良かった、良かった!

 大和くんの第一声は?

 父親の反応・感想は?

No.2755 しつけを虐待の言い訳語にしてはいけない!

2016.06.02

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 北海道の子供置き去り事件には驚いた。
 
 私は、「現代子育て考」がたとえ一部であったにしても、かくも親の自己満足という価値観が優先されていいのだろうかと思う。今回の事件には身震いするほど驚愕している。
 事もあろうに、これから暗くなるという時間に子供を人気のない山中に置き、車で去るという行為はしようと思ってもできるものではない。時を同じくして秋田県鹿角市で熊に遭遇した3人が命を落としているというニュースが続いていた頃だ。

 子どもが置き去りにされた場所も、北海道ならではの大自然が広がる園地。昼間は観光スポットにも入るような場所かもしれないが、夜ともなるとまったく姿を変えて野生が行き交う場所だというのは、ニュース画面からもわかる。
 大人でも恐怖感しか感じないそんな場所で、小学校2年生に肝だめしでもあるまいし・・・案の定というか、実父は躾のためにやったと説明した。
 
 親は責められない、という親擁護論があることに驚いた。しかし、比率は歪んだ親心に怒りを覚える声が圧倒的に多い感じだ。当然のことだろうと思う。
 
 この親のしたことは、断じて子育てでも躾でもない! 
 子どもが味わった恐怖を思うとまぎれもない新種の虐待である! 
 虐待は子どもや高齢者が対象となるが、高齢者の場合と異なり、子どもは親に対して物言えず、逆らうことなど出来ないのだ。こうした虐待に近い日常がある子どもの場合は、概ね親の顔をうかがう傾向にある。
 無事に発見されることを願うが、発見されたとしても田野岡大和くんは今まで以上に親に従順な子どもになるのではないかと危惧する。そこが、また不憫でもあるが、逆に元気で見つからということは、彼の生命力と根性の為せることだろうから、それはそれで彼の成長が楽しみにもなる。だからと言って、親のしたことが正当化されることがあってはならない。/span>

 親による対子供犯罪が、しつけと称する言葉で片付けられたら子はうかばれない。今後、同様の事件があった場合の悪しき先例としてしつけが虐待の言い訳語として定着しないことを願うばかりだ。 

  本来は、こうした親に対して社会がしつけをするような制度が構築されなくてはならない。しつけされるべきはこの親の方ではないか!
 それほどまでに虐待の実態は増加し、悲惨な子供の姿があるのだ。

No.2754 驚きの洪水新情報

2016.06.01

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 国土交通省は、昨年の鬼怒川決壊による茨城県常総市中心の洪水被害を受けて、新たな河川別洪水予測を発表している。想定の基本は、これまでに発生した最高雨量に見舞われた場合となっているが、時間等々詳細は現状不明なのだが、その数値を見て驚いた。

 とにかく、それによると多摩川が対象となる京急川崎駅周辺では、これまで1.9mの浸水予測であったが、それが4.3メートルに引き上げられている。
 また、荒川が対象域となるJR赤羽駅周辺では、これまでの予測がわずか88cmだったものが2.4mと大きく変わっている。

 このような大幅な変更について、想定を超える自然災害は、今後ますます異常性を増す可能性を視野にいれるべきと感じるところから、けっして大げさだとは思わない。
 しかしそれ以上に、熊本地震でも感じることとして書いたことだが、実際の災害対策は遅々として進んでいないことが、倒壊家屋の光景からも散見された。洪水対策にしても、いかに浸水水位が大幅に引き上げられたからと言って、その対策をどのように施せばいいのかわけがわからないというのが国民の実態ではないかと思う。 
いや、はっきり言って住民にできることは限界がある。

 埼玉東部に関わる洪水水位の新数値について、いわゆる江戸川、中川に関連したものは現在把握出来ていないが、わかり次第また書き込みたいとは思っている。
 
 ところで、首都圏外郭放水路の存在と意義については、以前から声を大にし、実際に幸手市民の皆さんにもご覧いただくべく、何度も団体見学として訪れる機会を設けた。
 昨今の異常雨量に対する本格的な防災対策としては、一河川ごとにあのような施設を建設することしか考えが及ばない。それでも100%ではないのだが、かなりの対策になっていることは、ここ数年の状況から理解できる。
 同放水路の建設には2,300億円という巨額なコストがかかっているが、全国の主要な氾濫河川にそうした施設を建設するくらいの計画が必要ではないかと感じる今回の洪水水位の想定変更である。

 国交省もわかってはいると思うが、肝心なのは予測ではなく対策なのだ。

No.2753 久喜市の選挙対策

2016.05.31

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 毎夜のこと、「毛布かける?」「とりあえず足元に置いといて」といったやり取りがある。暑くても、寒くても熟睡に影響することから、暑がりの自分と寒がりの家内とでは使用する寝具の調整が毎日必要な状況だ。
 日々の寒暖差は何かにつけて面倒をうむ。やれやれ。
 

 面倒と言えば、投票に行く面倒を少なからず解消し、投票率アップにつなげたいということなのか、隣街の久喜市選挙管理委員会が、この参議院選挙から大型商業施設に投票所を設置すると発表した。JR久喜駅前のクッキープラザとモラージュ菖蒲の2ヶ所がそれである。
 選挙への関心度が低下している現状は、とくに人口集中地域及び若い世代に顕著だが、県レベルでみると埼玉県でおこなわれる選挙の投票率が低い県となっている。

 すでに春日部市などでも似たような改革案が出されているが、今回の久喜市も、そういう意味では前向きな方針を高く評価したい。というのも、賃貸料や職員配置など新たな環境配慮が必要となることと、なにより公正性という観点からの信頼度が求められることになるので、こうした店での改善工夫も必要となるであろうから。
 選挙管理委員会といえども、不正の温床になった例がないではないし、ところ変われば品変わるではないが、あらゆることを想定して公正な投票管理が実施されなければならない。

 この関係の話では数年前から持論がある。 
 集客施設に定置投票所を設置することも前向きな案だと思うが、移動投票所なるものが実現しないものかとかなり前から感じていた。口にしたこともある。
 季節にもよるが、地域や職業によっては投票率アップにかなり有効性のある方法ではないかと考えるのだが・・・。
 もちろん、異動の場合は定置方法以上に規則等々含めて細やかな取り決めが必要となるのは間違いないが、投票率のアップに貢献することも間違いないと思う。
 

 ただ、こうした投票率アップ手法は、アップと引き換えに選択的投票度から乖離することにはならないか。つまり、情実的なしがらみ優先の投票意識が現状以上に増幅するという問題はないのか。

 候補者による選挙活動から、見るもの、読むもの、聴くものなど、出来る限りチェック確認して、選挙活動が終了した翌日の日曜日に投票するというのが、本来の選挙の本質でなければならないはずだが、期日前投票制度が定着した昨今もしかり、投票の利便性を高めることによって投票率は上がっても、そこから生まれる選挙そのものの姿が大きく変わる可能性を危惧する必要はないだろうか。 

 そもそも、投票率アップばかりが叫ばれる状況はいかがなものか・・・であり、主権者教育とはそればかりを教えるものではいけない。と考えたら、主権者教育は大人の我々にも必要だということではないか??? 
 誠に悩ましいが、とりあえず投票率が上がれば良し!ということにしておくか。

No.2752 裏側からしか社会を見ようとしない人々?

2016.05.30

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 昨日あたりは少々蒸し暑い感じだったが、いい季節になった。
野球、サッカーはもとよりバレー、テニス、ダービーetcスポーツの話題にも事欠かない。
笑点51年目のスタート、新司会者は好感度まあまあではなかったか。それよりも新入り三平さんには昇太師匠以上に驚いた。父親譲りの明るさは、若さと相まってこれまでと違った雰囲気をもたらしてくれそうだ。なにしろ、上から78、69,69、66、53、51といった年齢構成になっていて、山田くんでも58歳だというのだから。
 

 フェイスブックに書いたオバマ大統領の広島訪問。あのような感動的なライブシーンには滅多に出会えないと強く想った。大統領のすべての言動に凛として、素晴らしい清潔感を感じた。98%という高い数値で同じように感じた人がいたという。
 それでも素直にそれを受け止めようとしないわずかな集団がいることに寂しい想いがする。サミットを戦争会議と称して「来るな、オバマ!」「安倍政権打倒」といったプラカードを掲げる人々。多くはサングラスやマスクをしている。考えさせられる。こうした思考回路に陥っている人たちはどうにもならない妄想に犯されているとしか思えない。非礼もともなっていることを思うと同じ日本人として恥ずかしい。ネット上では日本人ではないという見方あるようだが・・・・。

 28日にある街の不動尊祭りに出かけた。初めてことだったが、農村地区の祭り縁日のレトロ感いっぱいの風情はなんとも言えぬ雰囲気を感じた。
 ところが、多くの人が行き交う山門の入口で、ノボリを立て、プラカードを持ち、画板をぶら下げた5~6人ほどが「戦争法案廃止」と叫びながら署名を求めていた。しばらく眺めていたが、署名をする人はほとんどいない。が・・・彼らの活動にひるむ姿勢は見られない。ほとんどが65歳以上の高齢者に見えた。

 場所をわきまえない反日活動としか映らない光景に強い違和感を覚えた。通る人々の対応も、同じように感じている異様な空間。
 心を通わせる田舎の小さな祭りに、こうした思想活動が居合わせる空間に不思議な感覚以上に悲しさを覚えた。

 とは言え、行列の出来ている大判焼きを家内とほうばり、さんまの糠漬け、葉唐辛子、レモンを買い、鍛冶屋さんの刃研ぎを感心しながら眺めて、このレトロな祭り縁日を堪能し、帰路についた。
 毎月28日に開催されるということなので、時間の許す限り出かけてみたいと思う。
私が早くから指摘していた都知事問題は、リコールの声が日増しに増えているという。世の中いろいろだ。
 

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