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No.3222 12月議会が終わって

2019.12.22

 12月議会は19日に閉会し、新市長の元に新たな人事案がどう思案されているのか、議員のみならずも市民にとっても大きな関心事でした。結局、11月1日の2職計4名の入替人事の発表以外めぼしい人事は上程されませんでした。泰山鳴動というほどではないにしても、それぞれいろいろな思惑の中でこの議会を捉えていたことは間違いなかったわけですから少々拍子抜けした点もあろうかと思いますが、私は当初から重要人事は急ぐことはないという考えでした。
 今後は、市長の専権事案ということにおいてその意向をせくことなく待つというのが議員のとるべき対応かと思っています。

ファイル 1133-3.jpg 12月議会の議案は別表の通りですが、一部を除いてすべて全員賛成による可決となりました。
 ポイントは議案第70号でした。これは内容のすべてがということではありませんが、複数の議員が一般質問したほど物議を醸した区長の選挙活動にも関わる部分があり、付託委員会である総務常任委員会では初回にかなり意見が交錯しました。それも、議員間というよりは執行部と議員の見解の違いがその要因でした。それにより、議長采配で全員協議会で再び執行部の説明を受け、質疑もして2度目の委員会に臨むという運びになったのです。
 最終的には、継続審議にするほどではないという判断の元、問題点及び要望的指摘をする目的で私をはじめ3名の議員が賛成討論をし、採決にて全会一致で委員会を通過することとなり、本議会最終日に可決した次第です。
 そもそも、この改正案は非常勤とはいえ、50前後もある特別職の存在をいろいろな意味で整理するべき時期にきたと理解しています。場合によっては退職金の給付条件など自治体にのしかかる財政負担などを将来を鑑みて整理しておこうというものと推測しています。
 国の思惑は高齢者への医療費負担を増額する思考もあったりで、消費税アップとの関係をどう考えているのか理解しにくい方向性も垣間見えるので確信的なことは言えませんが、とどのつまりは、少子高齢化がこうしたところまで影響しているものと感じています。これからの自治体運営における行政施策や街づくりにとって、これが最大のハードルであるのは間違いありません。次から次に補助金を受けながら造られる高齢者施設も、いずれは淘汰整理される運命が待っていると考えると、行政はもちろん民間にとっても悩ましい問題だということです。
 なお、議案中の第80、81号は議会初日の採決で可決した議案です。

No.3218 三ツ林裕巳君を励ます会  

2019.12.12

 今日は掲題の会が東京プリンスホテルで盛大に開催されました。師走の恒例行事となった会ですが、今回も1500人近くの参加者で会場はムンムンの熱気に包まれました。
 元幹事長の細田清和会会長の挨拶に始まり、西村経産大臣、岸田政調会長、加藤厚労大臣、河野防衛大臣といった、日頃テレビでしか会うことのない方々が壇上に現れるたびに、いったん会場がどよめき、すぐに挨拶の内容に耳を傾ファイル 1129-1.jpgけるといった様子。やはり、挨拶慣れしているせいか、よどみなく話す姿は誰も同様ですが、内容は当然のごとくそれぞれ味わいが異なり、飽きることのない冒頭の1時間でした。大臣クラスの来賓は10人を超えていました。
 その後も江藤農水大臣をはじめ続々といった感じで来賓が登壇しましたが、会食が始まってからでは既に遅く、時間の経過とともに壇上に目を向ける人が少なくなっていくのはやむを得ません。話す側としては、こういった状況になると辛いものがあります。
 大臣以外に印象に残った挨拶では、日本歯科医師会会長の口腔と成人病の関わりが最近問われているという話を前提に、三ツ林代議士は内科医でありながら日本歯科大学病院の副院長として口腔医学の専門家です、と紹介しながら、代議士ほど誠実な人はいないので、私は勿論、仲間たちの信頼は大変厚いものがあるといった挨拶は、ほっこりする物がありました。これは、話す人の持つ話し方や雰囲気が大いに影響することで、見習うべきものが沢山ありました。
 ファイル 1129-2.jpgそして、三ツ林代議士の登場。医療福祉と防災を中心の話でしたが、明朗かつ清新さあふれる演説は、聴く側を引き込むほどで、単に熱弁というだけでなく、非常に内容の濃いものがありました。特に、自分の会ですから他より長めの挨拶でもいいはずなのに、会食前の時間の経過を考慮してか、短めに抑えながらも会場が盛り上がる話ぶりに代議士の人柄を改めて感じた次第です。だからこそ、地元幸手に限らず他の多くの選挙区内自治体の支援者が多いのだろうと思います。
 地元を支える国会議員ですが、地元が支える国会議員でもあります。益々のご奮闘を期待すると同時に、大臣就任を目指して今後も応援していきたいと感じた会になりました。

No.3217 衝撃に近い大麻事件

2019.12.06

 芸能人による薬物違反での逮捕が止まない中、坂戸消防署東分署の消防士が麻薬特例法違反で逮捕された。芸能界ほどではないにしても、公務員による同種事件が必ずしも珍しいという社会では無くなりつつあるものの、身近なところでの出来事に衝撃の度合いが高いのは否めない。
 今回の事件で驚くべきはその年齢である。22歳の消防士。自分は、薬物事件の年齢が低下傾向にあり、今や大学生から高校生にまで広がりつつある社会変化を憂いていた。
 この若者は、大麻であることを認識し150グラムを36万円で購入した。我々にとっても36万円は大金だが22歳には相当な額だ。これを売った側の二人も共に22歳。こちらの二人は伊勢崎市在住である。このうちの一人が、受け取った密輸覚醒剤は4.7㌔、2億8千万円に及ぶことから、この事件は更なる広がりをみせる可能性もある。そもそも、この密輸取引人脈に22歳の若者が絡んでいること自体が信じにくいことである。反社会像が浮かびもするが詳細は闇のままだ。
 薬物事件の対象年齢が低下している事実はある種の恐怖感につながる。一度はまると繰り返すという実態が心身を蝕むことになるという怖さに対し、快楽をむさぼる手前で理性がかかるのは難しいことだろうと思う。
 もう一つ、首を傾げてしまうのは、5日の県警発表なのだが、逮捕は11月26日ということである。なぜ、10日も間が空くのだろう。取り調べ期間があったということかもしれないが、県警は結局3人の認否は明らかにしていない。明らかにしないのは、前述のように広がりの可能性があり、捜査目的のためにということと思うが、ならば、徹底捜査をお願いしたいものだ。この際、いもづる式に逮捕者が増えようとも、一網打尽に近い形で事件の全容に向けて解決を図ってもらいたいものだ。埼玉県での薬物の広がりを防止すべく! 今の時代、子息が公務員になれば安心と満足の想いに浸るのは親心である。しかし、こうした形で人生に大きな汚点を残すことは、親にとっては慟哭以外の何物でもないはずである。それが残念でならない。そんな思いがする事件である。

No.3215 質問終わり心地良い疲労感

2019.12.05

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 12月議会の一般質問は昨日予定をすべて終了しました。13人の質問議員のうち、持ち時間の45分をすべて使った議員が7人いたこともあって、前号でお知らせした通りのタイムラッシュとなり、最終日の昨日の閉会時間は19時20分でした。防災をはじめ同種の質問も多々ありましたが、それもやむを得ないといったところでしょうか。
 印象に残ったことがいくつかありましたのでお示ししたいと思います。
◆区長の選挙活動についての質問を、私を含め3人の議員がしましたが、投票立会人の選挙活動が禁じられていることから、区長の選挙活動が違反の対象になることが判明しました。なぜなら、選管書記長によると幸手の場合は投票立会人を代表区長に指名していただいてるとの理由からです。確かに、代表区長をはじめ区長さんが投票所で立会人として座っている実態からはこの指摘が当然ということになります。もっとも、選挙立会人に区長がなり、報酬を支給しているのは幸手に限ったことではありません。したがって、ほぼ全国あまねく、区長の選挙活動は公職選挙法違反という理解が成立するということになります。
◆以上から、今回の市長選でも直前に辞職届を出し、選挙後に復帰しているという事実が1名あったという答弁があり、それは選挙活動するための偽装辞職ではないかとの指摘をしました。明解な答弁はありませんでしたが、とにかく、選挙活動は個人的にしたのであって区長の立場でしたものではないというのは、我田引水の身勝手な言い訳でしかありません。
◆ある地区の代表区長による自治会費使い込みの指摘がありました。すでに市ではこの本人から事情聴取し、確認を始めているということで、当人からはつい最近辞職願いが出たということです。ただし、その内容次第では公金横領、私文書偽造などといったことにまで発展する可能性もあるだろうし、はたして辞職願だけで事が終わるかどうか微妙だなあと感じながら聞いていました。
◆何が原因かは全く分かりませんが、教育に関する質問が少ない議会でした。
◆二日目、最終日と続けて10時台に地震がありました。特に最終日は、私が防災の質問をしている最中でしたので驚きましたが、本庁舎はすぐにでも使用をやめるべきだとの提案要求がタイムリーというか皮肉な内容になった次第です。最初が群馬県南部、次が栃木県南部だったと思います。通常、茨城県南部を震源地とするパターンが多いことから、埼玉県は北部地域の広範囲が震源遅滞だということを実感した地震でした。
◆私は、女性候補の生誕地に関わる二重性について、立候補者のプロフィールとして有権者には理解しにくいが、こうした実態を選管が知るところとなった場合、どう対応するのかと質問しました。明解な答弁はありませんでしたが、問題ある文書図画等への指摘は選管の義務としてチェック可能です。
◆ある議員の質問に、私を指していると思われる内容がありました。
 それは、たぶん№3186の内容に関するものだと思われます。この内容に誹謗中傷という指摘が選管に届いていないかと聞き、選管がなかったと答弁すると、なければ問題視することが出来なかったということかとして、それ以上の再質問はなかったのですが・・。
 そのブログで私は、公正な選挙から逸脱しないためには躊躇なく事実の指摘をすると論じた上で書いていますので誹謗中傷という指摘が理解できませんでした。ノーサイドという言葉も出ていましたが、自らが選挙のしこりを残しているように感じられた次第です。
◆そういえば、かの女性候補が傍聴にきて最後まで聞いておられましたです。
どういったお考えでのことかは知る由もありません。
◆一連の台風災害は行政及び市民にとって新たな教訓となりましたが、広報さっての11、12月号にこの関連での記事はわずかなスペースで一つの記事が書かれただけで、折込もありませんでした。編集方針への疑問を質しました。
◆今回の台風時では防災本部の立ち上げや避難勧告について、地域防災計画に則った行動が出来ていなかったとの指摘がありました。

 などなどです。私の質問に関連することが多くなりましたようでご容赦願います。3日分をすべて録画チェックするのは困難ですが、議員別、そして通告質問を確認して興味のある部分を抜粋視聴をすることもできます。市民の皆さまには是非とも議会への関心を深めていただきたいと思う次第です。
 

No.3213 またも虐待といじめ

2019.12.03

 週明けから3日間の予定で始まった一般質問。木村市長にとっては初めての場で、その答弁に対する関心が高いと思っていたのですが、傍聴者は10名に満たない人数で意外な感じでした。もっとも、議員はどういった答弁スタイルかに注目していたわけですが、登場した4人の質問にはそつのない答弁をしていたと思います。まだ核心に触れる質問に具体的な答弁が出来る状況ではないでしょうしね。ただ、責任感を感じさせる丁寧な答弁で、ご本人も意識的に心がけていたように感じました。今後に期待しましょう。
 5人の予定が4人のみで終わったので、通告順9番の私は、明日の出番があるかどうかです。あっても最後になるでしょう。ネット傍聴でもけっこうですのでご覧いただけたらと思います。もっとも、録画もされるので数日後にも画面傍聴は可能です。

 さて、帰宅してからスイッチを入れたラジオから聞こえてきたニュースに震えました。名古屋市で金銭に絡むいじめが発生したとか。小学校5年生同士の金銭的いじめということですが、この種のいじめはここしばらくなかったように思います。
 「金を持ってこないと遊ばないよ」の言葉に、家にある500円玉貯金を持ち出していたようで、その額は数十万円に及ぶということです。親は既に10月に学校に届け出ていたようです。教育委員会の対応の中に「お粗末でした」という反省言葉が流れましたが、こういう問題になると教育委員会の対応が遅いというのはどうしたものでしょう。それ自体が大きな問題です。
 また、島根県では児相が保護解除をしたばかりの10歳の男の子が死亡した事件。警察は殺人事件として捜査を始めたということで、児相の判断の甘さが浮き彫りになりました。保護解除は親の状況を観察することも必要だということを示したものと思います。
 いずれも、やはりというか教育委員会と児相の対処が甘いというのはしっかり確認できましたし、なかなか教訓が生かされないということも理解しなければなりません。どうしたものやら。

No.3196 即位礼正殿の儀

2019.10.23

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 5月に令和の幕が開け、皇位が継承されて久しいものがあります。
 昨日は、天皇陛下「即位礼正殿の儀」が、正に、真に、厳かに執り行われました。難しいことは一切無用。この日本国の象徴である天皇陛下の即位を日本人として心からお祝い申し上げます。
 台風19号の影響で「祝賀御礼の儀」であるパレードは来月に延期されましたが、この即位式には元首クラスの賓客が191国・地域から参列することでもあったので、延期が難しかったことは深く理解するところです。
 それより、この厳粛な儀が天候の関係で皇居中庭で行う予定でしたのに、すべて屋内で行われたことが残念でした。やはり、晴天のもとでと考えると、今朝の晴天が恨めしいというか、1日早ければ良かったのにと思わずにはいられません。

 昭和33年の上皇陛下と美智子様のご成婚から、浩宮様ご生誕を迎えることとなった皇室の姿を小学生2年の時から見続けてきた私にとって、最もなじみの深い存在でもあった浩宮様が、皇太子から令和天皇へと成られた経緯は上皇天皇とはまた異なる親近感を感じます。
 昭和33年は、東京タワー竣工、長嶋さん巨人入団などがあった年で、39年の東京オリンピック、新幹線開通、さらには大阪万博へとつながる高度成長期の真只中にありました。上皇陛下即位の平成時代は幕開けまもなくバブルがはじけ、国際情勢としては米同時多発テロという驚愕な事件や、国内的には大震災や大水害に数多く見舞われるなど、政治経済や自然における苦難の時代が続きました。それも、上皇陛下御夫妻のたゆまぬ笑顔とあたたかい御心が内外に発信され、多くの国民が救われたことは間違いありません。
 令和天皇陛下御夫妻におかれましても、世界各地で不穏な政治環境が感じられ、また、自然の猛威がますます激甚化する状況の中、自らがお元気に、健やかに過ごされ、国民の生きる勇気と努力へのお力添えを賜りますようお願い申し上げる次第です。

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