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No.2754 驚きの洪水新情報

2016.06.01

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 国土交通省は、昨年の鬼怒川決壊による茨城県常総市中心の洪水被害を受けて、新たな河川別洪水予測を発表している。想定の基本は、これまでに発生した最高雨量に見舞われた場合となっているが、時間等々詳細は現状不明なのだが、その数値を見て驚いた。

 とにかく、それによると多摩川が対象となる京急川崎駅周辺では、これまで1.9mの浸水予測であったが、それが4.3メートルに引き上げられている。
 また、荒川が対象域となるJR赤羽駅周辺では、これまでの予測がわずか88cmだったものが2.4mと大きく変わっている。

 このような大幅な変更について、想定を超える自然災害は、今後ますます異常性を増す可能性を視野にいれるべきと感じるところから、けっして大げさだとは思わない。
 しかしそれ以上に、熊本地震でも感じることとして書いたことだが、実際の災害対策は遅々として進んでいないことが、倒壊家屋の光景からも散見された。洪水対策にしても、いかに浸水水位が大幅に引き上げられたからと言って、その対策をどのように施せばいいのかわけがわからないというのが国民の実態ではないかと思う。 
いや、はっきり言って住民にできることは限界がある。

 埼玉東部に関わる洪水水位の新数値について、いわゆる江戸川、中川に関連したものは現在把握出来ていないが、わかり次第また書き込みたいとは思っている。
 
 ところで、首都圏外郭放水路の存在と意義については、以前から声を大にし、実際に幸手市民の皆さんにもご覧いただくべく、何度も団体見学として訪れる機会を設けた。
 昨今の異常雨量に対する本格的な防災対策としては、一河川ごとにあのような施設を建設することしか考えが及ばない。それでも100%ではないのだが、かなりの対策になっていることは、ここ数年の状況から理解できる。
 同放水路の建設には2,300億円という巨額なコストがかかっているが、全国の主要な氾濫河川にそうした施設を建設するくらいの計画が必要ではないかと感じる今回の洪水水位の想定変更である。

 国交省もわかってはいると思うが、肝心なのは予測ではなく対策なのだ。

No.2740 心ない報道に怒りの声

2016.04.20

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http://www.sankei.com/politics/news/160420/plt1604200011-n1.html

 前号で、オスプレイ災害支援出動について書いた。大惨事を目の当たりにしてる現状で、政治的目的をもってオスプレイ批判するメディアの姿勢に怒りに近い疑問を感じたからだ。

 産経新聞の報道では、現地被災者や行政関係者などから怒りの声が相次いでおり、中には熊本県議など野党に属する議員からも事態を無視したイデオロギー報道の行き過ぎを咎める談話も出ているほどだ。 

 ご存知のように、このオスプレイは導入時の試験飛行などで事故が重なり、完成度においての問題が指摘されていた。もとより、日米同盟に反対する政党、とくに共産、社民といった党による反対は尋常ではなかった。日本の購入どころか米軍基地への導入にも激しく反対したものだ。
 これには、当時の民主党も政権批判目的での国会論争の対象としたのである。

 災害対策上の交通インフラが壊滅状態の中にあって、オスプレイが有する能力は通常のヘリ以上のものがあるということで、政権が緊急判断の上アメリカとの協議を経て出動にこぎつけた。被災現地からすれば、何をおいてもやれることはなんでもやってほしい思いに違いない。そうした被災者の中にも野党の支持者はいるはずだが、これを拒む人はいないことを前述の民進党熊本県議からも理解できる。

 私的内容で申し訳ないが、前号で元市議の同僚が熊本にUターンしたことを書いた。熊本地震発生の時、すぐに頭に浮かんだなつかしい同僚のことなのだが、彼は共産党の議員だった。合併論争時や議員削減時、病院問題などで激しくやりあった相手だ。
 私が議員削減提案をした時、懲罰動議を提出した本人でもある。しっかり覚えてはいるものの、今となってはなつかしい気持に勝るものはない。
 ある特定の状況下で、無事を祈る想いで人が人を思うというのはそういうものではないかと強く感じる。

 そういう意味で、日本のメディアの現状が情けなくてならない。
 情報社会の旗頭であるはずのメディアが、報道の自由を叫びつつ偏向報道に明け暮れ、言論の自由を訴えてはつまらぬ言葉狩りで国民感情を誘導する現実は、経営者にも記者にも日本人としての矜持が欠落しているとしか感じられない。
 現政権批判目的で、時と状況を選ぶことも出来ず、何でもかんでも戦争に結びつけるメディアの姿は、世界の嘲笑をかう報道の劣化だということを強く指摘したい。

No.2739 暖かくなってあげて!!

2016.04.19

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 ここ最近、とみに眠りが浅い。理由はわからない。いろいろなことが頭をよぎるのだが、ここ数日は、熊本のことが頭を巡る。市議時代の同僚議員がふる里熊本に数年前に帰った。思想的には真逆の人だったが、人間的には心の許せる人だった。どうしていることやら・・・。

 視察で行った時の、ラーメン屋のオヤジさんの顔。熊本城そばのおいしい馬刺しを食べさせてくれたお店。水前寺公園の風景など。画面にあまり入ってこない現地の状況が目に浮かぶ。多くの人が被災地に思いを馳せる日常だろうと思う。

 ところが、政治はどうかと言うと、安倍政権があらゆる救援の手立てを思案し、実行している現状でも、これを批判追求の対象にする野党の実態がある。

◆安倍総理が発生翌日に現地視察に出向くと言ったが、それを実行していないことを質す民進党議員。
 当たり前ではないか! 2度目の地震の前に発した言葉だったが、その後に本震があったことから、視察を強行しても対応に追われる現地を混乱させるだけのことだ。
 余震がこれほどまでに続き、しかも大きいというのは過去に例がないとも言われる。総理の現地視察は、そう急ぐ必要はない。現状、緊急事態国家対策本部長として被害が増える状況への対策に時間を費やしていただくことが肝要。
 こんな稚拙な質疑をやっている状況ではない。民進党は大丈夫か?

◆オスプレイの災害時初出動は、交通インフラが分断されている事態の中で求められる方策であっただろうし、できることは何でもやるというのが現実的対応である。確かに、水、食料、毛布などを緊急輸送する姿は頼もしくさえ写る。
 おおさか維新の下地議員は、もっと早い出動を考えてもよかったのではないかと総理に尋ねた。米軍との協議もあってのことゆえ、これでも早い決断ではなかったかと思いながら聞いていたが。下地議員の気持がよくわかる質疑だった。
 ところが、共産党の小池書記局長は、オスプレイの危険度を無視した対策で、これを機にオスプレイへの国民の認識を良好化しようとしているのではないかといった感じの会話を、朝日新聞との出来レースで行った。
 朝日も日米同盟関係を強調する狙いがあるのではないかと批判。つまり、オスプレイ導入支援自体を受け入れることへの批判を煽る報道なのだ。
 なんという精神! この現地状況において、よくもそういうことが言えたものだ。

 
◆同じ共産党の女性議員は、原発反対を地震に結びつけて、15日発生直後に反政権のアジツィートを流した後、炎上して削除したそうだ。何があっても、即政権批判にことを結びつけたいようだ。
◆義援金を北海道選挙の活動資金と混同させて、一つの袋で集めた上、振り分けて使用するといったブログを書いた共産党議員もいた。これには、さすがの小池書記局長も不適切だったと認めたようだ。
 善意を装う義援金詐欺への注意喚起があるが、これもその種と理解されてもやむを得ない。
 まさに恥を知れ!とはこういうことを言うのだろうと思う。

◆シールズの若い女性が、朝日新聞の資料を使って、「自衛隊は違憲だ」とFBに書き込み、これも炎上後即消えたようだが、シェアされて残っているのを私も見た。
 何を考えているのか! 情緒的思考に支配されている若い人たちが、機を選ぶこともできずに発信するSNSの在り方は大いに疑問だ。  
 言論の自由は認めるが、時と人の心に配慮がないのは、いかにも扇情的に過ぎる。

◆「安部に言いたい。オマエは人間じゃない。叩き切ってやる」とシールズデモで発言した法政大学の某教授。ヘイトスピーチ批判活動は政権批判にもつながっているが、この教授の発言こそヘイトスピーチと言わずしてなんと言うのか。
 あなたの立場の方がするべきことは、シールズに参加している若者への人間教育のはずだ。無理な話だとは思うのだが。
 

 いやー、ほんとに喝が多すぎる!

 現地では、今朝の気温が2度にまで低下するとの予報だった。極寒の季節ではないとは言え、この気温では被災者の皆さんの健康面が案じられる。すでに車中生活でエコノミー症候群の方も出ているという。少なくとも暖かさに向かって陽気が味方してくれないものかと、遠い熊本の空を偲ぶ。

No.2738 被災地に想う

2016.04.17

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 熊本地震が九州地震といった感じで震源地を複数とする広域化様相に変化している。画面を見ているだけで恐怖感に襲われる。実際、現地の方々が負われる心臓への負担は相当のものがあるだろうと推察する。

 今朝のニュースでは、亡くなられた方が41名、不明者もかなりに及んでいるという。
 震度6以上の地震が7回以上も発生している状況は、その場にいる人々にとっては日本沈没、地球崩壊を感じるほど強烈なものだと思う。なにしろ、私自身は経験がないことだ。
 いや、実際に目にする山腹の亀裂崩壊の規模は尋常ではない。ダムの決壊、橋の崩落、熊本城癖の崩落、阿蘇山の噴火までという現実は、今後の復旧復興への事態の重さが深くのしかかる。

 前号で付けたタイトルに関する想いをうっかり書き忘れたが、耐震補強など一般民家ではそうそう行われていないことが現地情報画面から理解出来たということだ。災害対策・・・とくに地震対策が遅々として進んでいないもどかしさを感じた次第。
 さらに言えば、いったい耐震補強がこれほどまでの揺れに対して、どれほどの効果があるのだろうかというもどかしさもある。

 とくに、古い民家に手を加えているという事実が少ないようだし、庁舎にしても崩壊同然の宇土市役所は築50年とは言うものの、耐震補強をしているようには見受けない。逆に最大の被災地である益城町役場は、補強の姿がはっきりとわかるので、若干の本体と別躯体との剥離は見えるものの、立ち姿はしっかりしている様子がうかがえる。

 ともかく、地震がおさまらなければ何も手が付けられず、ただただ現状の生活を最低限という範囲で維持することしかない。極寒の季節を過ぎてはいるものの、乳幼児や高齢者にとって心配な状況が続く。
 発生後に現地社会福祉協議会から発信されたボランティア募集もしばらく回避してほしいと現地情報が変わった。
 遅々として進まない基本地震対策ももどかしいが、想いを馳せることしか出来ず、遠くから見守るだけの状況ももどかしい。

 話は変わるが、今朝のTBS時事放談に民主党政権時の幹事長だった仙谷由人氏が出ていた。漁船体当たり中国船の船長を取り調べもせずに早期送還の方向を示し、憲法論議においては自衛隊を「暴力装置」と評した人物だ。政治家としては過去の人間だと思うが、こうした与党野党にかかわらず古い政治家をご意見番として登場させる意義がどこにあるのかと最近強く感じる。選ぶにしてもほどがある。御厨さんはいったい視聴者に何を訴えたい評論家なのかと思う。

 皮肉なことに、番組が終わった直後のニュースで、自衛隊の九州派遣人数を2万人から2万5千人に増強するという中谷防衛大臣の意向が伝えられた。
 現政権の対策論議の緊急性と決断力の早さが感じられる。

 最近知ったことだが、左翼活動家がある災害時に「カレーライスは住民の手で、迷彩服は学校にこないで」という内容の垂れ幕を学校門前でかざし、ビラまで配っていたそうだ。被災現地の被災者たちの目の前で、イデオロギー活動に時間を費やす精神がわからない。まさに仙谷氏の発言に共通するものがある。

 こうした異常性は、国を守る、国民を守るという根本精神を喪失しているとしか感じられない。
 大きい小さいの違いはあるものの、地方レベルでも政治を司る人々に、自己利益、自己保身の精神が先んじている現実があることを否定できない。
 余談が過ぎました。

No.2737 備えがままならないもどかしさ

2016.04.15

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 熊本地震発生! なんと震度7!!! 

 テレビが伝える状況からは、激甚災害に指定されるのは間違いないと思わせる。お亡くなりになられた方に慎んで哀悼の意を表し、多くの負傷者と罹災者された皆様に心からお見舞いを申し上げる次第です。

 昨夜、9時すぎに起こった地震、震度7と聞いて広範囲に影響が出ると瞬時に判断し、鹿児島の友人に即電話。つながってホッとしたが、友人はほとんど揺れを感じなかったと言う。まあ、無事で良かった。

 それにしても、東日本大震災の時の関東での揺れは尋常ではなかったし、阪神淡路大震災の時でさえ、若干の揺れを感じたので、熊本で7の地震が鹿児島であまり感じなかったというのは、なんとも不思議なことではある。活断層に関係しているのかもしれないが、ごくごくピンポイントで益城町を中心に揺れが集中しているようだ。
 ことに余震の状態に恐怖感がつのる。地域の人の声がそれを物語っている。「生きた心地がしない」
 地震は、そこはかとない恐怖を与えることがよくわかる。

 熊本城の屋根や石垣の崩落に受けた衝撃も小さくない。修復にはかなりの時間と予算がかかるだろうが、被災者の皆様の生活優先の対策はもちろんのこと、こうした歴史遺産の維持にも思いを注いでもらいたいものである。

No.2724 震災5年、観光のススメ!

2016.03.11

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 気温20度の5月陽気が15度前後下がってしまう真冬に逆戻りした昨日・今日。
 昨日は東京大空襲から71年、そして今日3月11日は、あの東日本大震災から早いものでちょうど5年にあたる。
 石巻市の3,545人をトップに死者19,335人、行方不明4,467人、避難生活者は約174,000人という現実は、災害対策上深い教訓をもたらしはしたが、なにより現地の復興状況がまだまだという実態に、5年が経った今にあっても現地では深いもどかしさから解放されてはいない。

 私にしても、発生当時の現地状況とその時自分がどこにいてどういうことをしていたかを生涯忘れることはない。それほど未曾有の災害だったということである。
 その後に起こったありとあらゆるインフラ問題や被災地の現状、そして政治と復興の関連に私たちは複雑な思いから解き離れてはいないし、無関心ではいられない。

 発生当時、復興に最低10年はかかるという推測が多かったのは確かだが、こうしてその半分の5年に到達してみると、あと5年でどこまで現地の元気度を取り戻すことが出来るだろうかと思えてならない。

 被災地復興のために観光活性化が大きな役割を持つとして、本年度は150万人の外国人を被災地に観光招致するとした「復興元年」宣言を安部総理が昨日口にした。
 確かに、被災各都市では被害にあった観光施設もぼちぼち再び建ち始めているという。しかし、若い人が離れ、高齢化率が上がり、後継者にも不足する現地状況にあって、今一番の問題は風化・風評に悩まされ続け、観光客が減少傾向にあることだという。

 宮城岩手の三陸は日本に名立たる観光地なのは間違いないが、この5年の実情は観光で訪れる意欲を駆り立てる状況にはない。これはある意味やむを得ないことかもしれない。行きたいとは思うものの、野次馬的であってはいけないという自制心が働く部分もあるし、復興に汗水している現地で観光などいかがなものかという想いもないではない。でも、もうそうした思いは捨てるべきなのかもしれない。
 震災後、ボランティア活動などで4度現地を訪問したが、あらためて近いうちに訪れてみたいと考えている。総理の言う外国人観光客150万人もいいとは思うが、まずは同胞日本人による被災地への旅が多く実行されてしかるべきだと思うから・・・。そして、被災者の皆さんと接し、三陸の美味を存分に堪能してみたい。

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