この2日間、イベント運営に追われfacebookの閲覧が少々少な目になっていたのですが、今朝画面を確認してみたら、友達の新しい書き込みが表示されないばかりか、自分の書き込みも不可能になっていました。書き込み画面で書くことはできるのですが、投稿クリックをすると、しばらく動いていたと思ったら、そこでいきなりストップしてしまうのです。あとは輪がグルグル回っているだけになってしまいます。
1年くらい前には、パソコンでの操作も不能になってしまい、ここしばらくはスマホのみでログインしていたこともおかしなことですが、こうした折には、まったくわからなくなってしまうのが悲しいところです。
どなたかご指導アドバイスいただけたらありがたいのですが、よろしくお願いいたします。
記事一覧
No.2536 facebookがおかしい!
No.2530 終戦記念日と日の丸
陽射しがやわらかく、気温が低め、湿度はまあまあ、といった感じは悪くはない。少し蒸す感じ程度なら、優しい夏をついつい感じる。
実は、曇りがちから雨の可能性もあるというのが今日の陽気。ゲリラはもちろん長雨もいやだが、毎日少しづつ降る分には水やりの手間も省けるし良しとしよう。
さて、明日は終戦記念日。朝刊を見ると菅官房長官の談話があった。
「15日の正午には、国民一人ひとりが、その家庭、職場等、それぞれの場所において、戦没者をしのび、心から黙とうをささげられるよう切望いたします」
当たり前のことだろうと思いながら読んだものの、こうしたメッセージを国民に示した政権、官房長官が過去あっただろうか。
ふと思う。
なぜ、8月15日を国民の休日にしないのだろうか。現世の国民がこの日に優雅に休暇などとんでもないということなのか、学校すべてが夏休みだから意義が少ないというものでもあるまいに。やはりよくわからない。他でこうした日を祝日にしている国はあるのかないのか。
この日が終戦記念日というなら、正午に限定せず、それぞれの都合で時間は何時でも黙祷を捧げればよいとも思う。たまたま正午に出来ない人もいるでしょうに。そう考えついたら尚更いっそのこと休日にすればいいと思えてきた。
明日は自分も日の丸を起てようか。この場合、半旗が当然なのだが、さて、どうしたら半旗にできるものやら。喪章でもピンで取り付けておこうか?
いやはや、これほどの知恵も浮かばないというのでは英霊に申し訳ない!
No.2522 ガーコの恩返し
おはようガーコ 今日もお出迎えかい バサバサ バサバサ
ガーコ すっかり元気になったみたいだね バサバサ バサバサ
羽は元に戻らないけど 立派に飛べるようになって
餌も自分でとれるようになってよかったね
おや 今日はお友達を連れてきたのかい バサバサ
それじゃ、今日もこれからお散歩だよ バサバサ バサバサ
お友達も一緒についてくるように言いなさい バサバサ バサバサ
今日もあの水路まで行ってみるかい バサバサ バサバサ
お前とはじめて出会ったあそこにね
おやおや そんなにせかさないでおくれ バサバサ バサバサ
仲良し夫婦は、ガーコの飛ぶまま、毎朝同じ道を散歩しています
三か月前の事、散歩途中で水路に落ちてもがいていた子どものカラスを
木板を差し出して救ってあげました
翌朝、どうしているかと思って、その水路に到着してふと上を見上げたら
目の前の木に止まっているカラスを見つけました
折れて小さくなった羽をバサバサと広げて、まるでありがとうと言ってる様子
それからしばらくの間、毎朝かならずそこでお出迎えしてくれるカラスに
ご夫婦はガーコという名前をつけました
驚くことに それから数日後 ご夫婦の後をついてくるようになりました
でも、途中で消えてしまい、家までついては来ませんでした
ところが、ある日散歩に出るのに玄関に出たところ なんとガーコが
玄関前の電線に止まって おばあさんの姿を見るやうれしそうにガーガーバサバサするのです
シュールという愛犬を失って元気を無くしていたおばあさんは シュールの
生まれ変わりだと感じました
それ以来、ご夫婦は毎朝ガーコの飛ぶままに、早朝散歩に出かけるようになりました ガーコも毎朝玄関前でお出迎えをするのです
そして いつしかお友達(恋人?)を連れてくるようになったのです
まるでご夫婦に紹介するかのように
ガーコは自分が落ちて苦しい思いをした水路に必ず向かいます
今でも毎朝 あきることなくガーコが先導する同じ道を散歩しているそうです
ガーコがご夫婦に元気を与えてくれていると思って
それはガーコが 助けてもらった恩返しをしているようにも感じると
このご夫婦から直接お聞きした動物愛護と、それを理解して感謝の行動をとるカラスのお話でした
No.2520 マスコミの意図
16、17日と2日続けて東京に出た。新橋駅汐留口から地下を通るも、まったく方向がわからず、目的地まで行くのにかなりさまようことに。東京はでかい!とあらためて感じるが、商いの形態もサービスの質も異質だ。こうしてますます東京集中、東京発展が続くとなると、日本の社会問題の多くが解決し得ないかもしれないと思うが、それもかき消されてしまうほど東京は魅力あふれる巨大都市だと悟らされた。
帰りの電車の混雑は、久しぶりに頭上の吊り広告をじっくりながめさせる時間を与えてくれた。さてさて、週刊Bには驚いた。私も石原伸晃環境相の「金目」発言にはあきれ返った・・・にしてもこの吊り広告に使われている石原氏の顔写真は、あまりにもひどい形相をしているではないか。こういう顔つきをしてくれと言われても、なかなかできるものではない。
失言で批判を浴び、滋賀県知事選で自民敗北の一因になったと言われる石原氏は、自民党内での存在感に翳りが生じているのは事実だろうが、ことさらに、納得感を与えるような顔写真がよくもあったものだ。そして、よくも使うものだ。文章では名誉棄損罪があるが、写真ではないのだろうか?という疑問すら湧いてくるほど醜い顔つき。失言も「さもありなん!」と思わせるには十分だろう。昨今のマスコミの徹底度にもあきれ返る。
No.2519 定例会が終って・・・
昨日、6月定例会が終了した。熊谷ドーム屋根改修にかかわる補正予算、さいたま市大宮区新庁舎建設にともなう県とさいたま市との土地交換といった議案が可決された。詳細は別途ご報告することとして、これからは、また違った形で毎日を消化していくこととなる。忙しいことはうれしくもあり、ありがたいことだと思っている。ただ、これから本格的な高温日が続くことと思うので、体調管理には余念なく努めなければならないと言い聞かせることに。
さて、幸手市ではこの13日に大神輿渡御、17日、18日と山車曳廻しからクライマックスの花山へと続く、夏一番の伝統行事が待っている。7台の山車が幸手駅前に向かって1台づつ駆け上がり、扇型に集結する様は観る者の心を躍らせる。あの重たい山車が、人力によって目いっぱいのスピードで駆け抜ける姿は迫力満点の風物詩。
ぜひ幸手にお越しいただきたいと思うが、カレンダー的にはどこも地元の夏祭りが集中している時期のようだ。
祭りを街おこしにして大成功を収めているものの、祭り当事者たちがじっくり自分たちの祭りを楽しめなくなってしまい、観光客が大量に来ることを喜ばしく思わなくなった街が、国内には結構あるという。
全国的には無名の地方都市の祭りからすればぜいたくな話だと思うが、勇壮絢爛な祭りを追って祭り行脚をする人もいるほど、全国各地の伝統祭りに観光バスが繰り出すようになったのは確かなことだ。が、超有名どころの祭りはいざ知らず、街の経済効果という観点では、あくまでも短日限定的なものと考えると、まずは安定継続性のある街づくりを根底にした思考が欠かせない。それによって、祭りとの相乗効果がもたらされることは間違いない。
そういった観点から、私は中央通り商店街の車歩道整備を議員活動の対象に真っ先に掲げてきた。街の顔である商店街のベースを綺麗にすれば、祭りの雰囲気も少しは変わるだろうと考えてだった。ようやく全体の3分の2が完了し、残りはこの年度内に仕上げたいと思っている。
ちなみに、権現堂桜堤にトイレを新設する件も、来年2月完成の目途で9月に工事が始まる予定となっている。来年の桜祭りには間に合わせたいから。
暑いのはたまらないが、夏祭りが涼しくてはしまらない。
汗だくになって、水をかぶりながら神輿をかつぎ、山車を曳く。祭りにわくわくするのは、いくつになっても皆同じようだ。
No.2518 スマホの功罪と議員不信
台風8号の怖さは尋常ではなさそう。風速70メートルという数字がどれほどのものか想像もつかなかったが、新幹線の上に立っている状態だという。それを聞いたら恐怖感がつのるのなんの。ともかくすごい! 微小な被害程度で遠ざかることを祈るが、この台風は本州一帯が通り道になる可能性もあるという。備えあれば憂いなし!といきたいものだ。
さて、昨日は常任委員会が開催された。副委員長の立場は委員長の補佐としての役割をふまえ、質疑は控えることが大筋なのだが、今回、私が疑問のある点について他の委員から質疑が出なかったこともあり、委員長に断って質疑の手を挙げた。その質問で、提出された資料のデータで、さらに詳細な分析をすれば丁寧かつ見るものに優しい資料になり、それによりサービス向上に対する改革案・アイデアも出てくるはずではないか?との質疑をした。
実は、これは私の基本姿勢というか癖というか、提出データを再分析したくなる面がある。ところが、ご承知の方もいると思うが、議会への携帯スマホの持ち込みはご法度となっている。
しかし、これもよく考えてみると、いまの携帯スマホにはあらゆる機能が、まさに満載で、中でも電卓や辞書などは基本的な機能として使い勝手は良い。逆にいえば、今の時代にマイ電卓や紙ベースの辞書など持っている人はいないと思うがいかがなものだろうか。
本議会や委員会で、質疑答弁を聞きながら、電卓や辞書を使いたいと感じる場面は少なくない。ところが、議会とスマホの関連でいえば、スマホは性悪説のシロモノになっている。いや、この場合クロモノというべきか?
なぜなら、議会活動に必要とは思われない機能、たとえばメールをするなどが問題なのだろう。なにしろ議会中スマホを使用している議員の姿が新聞に掲載されるくらいなのだ。もっとも、持ち込まないことを取り決めているのに守っていないということを指摘したいのだろうが、実はパソコンの持ち込みが許可されている市議会もある。時代の流れ、産業の進展を受け入れることは必ずしも性悪説にはつながらないと思うのだが・・・。
私はこの質疑の中で「スマホを有効に使いたいと思っても持ち込めないことになっているので、申し訳ないが、〇〇についてどういった数値になるか計算して教えてください」といった内容の発言を、あえてした。記者も何人か傍聴していたが、どう思っただろうか?
何がと言うわけではないが、なんとなく、世の中が小さく小さくなって、おおらかさが失われている感がしてならない。統一地方選挙が近いことから、何らかの思考が働いているとしたら?
安倍政権だけでなく全自民党を対象に足をすくいたくて仕方のないマスコミの存在も一因か。
今のマスコミの在り方は、「国力を著しくそぐ」と言わざるを得ない。自民党を貶めたい精神は、もはやある種のイデオロギーが乗り移ったかのようでもあり、そうであるなら政権をどこに任せたいのか、国のトップには誰がふさわしいのかなど、はっきり対案を示すべきと思うがいかがなものだろうか? それなくして批判オンリーで国民の不安を煽る報道姿勢には疑問を感じている方も多いことと思う。
そんなところに、兵庫県議の一件である。とんでもない議員がいたものだが、議員すべてを悪者扱いするような社会風潮になりつつあるのは困ったものである。議員の不祥事が原因となって、政治不信、議員不信に関する報道がマスコミの主流になったことがあったが、安倍政権になってから国会議員の暴言、失言が少なくなったこともあり、しばらくはおさまっていた感じだった。
たしかに、兵庫県議問題はいかがなものかだ! 実際に兵庫県議の実態には私自身驚きと怒りの感情しか出てこないが、ここ数日「どうせお前らも、多かれ少なかれ」といった議員すべてをジュッパヒトカラゲにしたような雰囲気をただよわせ、言葉をかけてくる人がいないではない。同僚議員も押しなべてそういう傾向になっていることを実感しているようだ。
野々村議員は議会規則最高の処分にすべきとの声は市民感覚以上に、県議仲間に多いことをご理解いただきたいところだが、その前に、なにより格好の反面教師として、あらためて議員全員が、今後の議員活動の襟を正すことを胆に銘じるべきであると強く思う。