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「政治は生きている」コラムではあるが、こうした形の議会の結末は、生きているとは言い難い。どころか県や県民の事をおもうと死んでいるとも言うべきか。
全国の注目を集めた福岡県議会議長に対する辞職勧告決議案は思わぬ形で決着した。決議案そのものが葬られたのだ。多数会派の自民党県議団が決議案の採決を拒否する緊急動議を発し、それが可決された。こう書くと簡潔明瞭過ぎるが、実態は数の横暴であり、個々の議員の考え方を県民に知らしめない結論を選択したと言うことになる。煙に巻かれた県民の怒りは次期県議選でしめされるのかどうか。やはり、おらが地元の県議先生として再選されるのか。小選挙区制がゆえにその可能性は高い。
それにしても、閉会後に蔵内議長は辞任をほのめかしている。決議案に法的拘束力はないが、多額の金銭授受という最低最悪の事案に対する決議案が可決されるとなるとイメージダウンには違い無い。しかるに、自ら辞める選択をすることで自民会派を納得させ、党議拘束をかけることにもなったのだろう。強烈なドンの存在を見せつけたのだ。議長を辞職しても自民会派の実態は変わらないだろうし、それが過半数を握る県議会であれば「視察旅行」も続くことだろう。
今回の結末がよろしくない!と感じる理由は、地方の多くの議会で自民党会派が過半数を有する議会が少なくないことにある。
幸手市議会の場合、自民党員は私も含めて複数いるが、会派としては2人だけの自民会派である。特殊と言えば特殊でまとまりに欠けると言われてもやむを得ない。党員ではあるものの無所属単独の議員が3人もいるし、別の会派を組む議員もいる。私の議長時代には、党員僚友から不信任や議長辞職勧告に賛成されるという実態もあった。一般的には考えられないことで、これ以上の詳細は控えるが、なにがしかの感情の行き違いが根底にあったものと感じている。その時の勧告理由は別にして、私の不徳という想いを有しつつ、それをバネにして今後に向かうという感覚だったことを想い出す。いずれにしても自民党員として忸怩たる思いでいるというのが正直なところである。
特に都道府県議会には自民会派が過半数もしくはそれに近い数を擁している議会が多い。ということは、過半数会派自民党にとって都合の悪い決議案などいくらでも闇に葬れるということにもなる。少なくとも、提出された決議案は審議採決の段階を踏むべきだと思うが、地方自治法は動議という禁じ手を封じる決まりがない。つまり、この禁じ手というか悪手が全国の議会に波及する可能性もある。実際、似たような議会は1800ほどある議会の中で、すでに存在しているかもしれないのだ。
市民県民は、通常議会に関心を持たない実態があるので、議会は何のためにあるのか!という根本的問題は解決しないまま放置されることになりかねない。
決議案は議員の権利でもあるので、これを剥奪する手法がまかり通ることの無い自治法改正が早急になされるべきと思うが、いかがなものか。