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No.3239 青春の詩=高齢者への応援歌

2020.01.29

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 過日、ある人が詩吟を詠うにあたり一枚の譜を参加者に配った。書かれていたのは人生の応援歌、特に高齢者にとって生きる糧となる詩が書かれていた。大げさかもしれないが私は正直にそう感じた。詩吟の世界を知らない小生に、詩吟というものは詠う題材を選ぶにあたり、漢詩、和歌、歌詞、名言など、その対象は特に限定されているわけではないということをその方が語ってくれた。
 それがゆえか、そこに書かれていたのはサミュエル・ウルマンというドイツ生まれのユダヤ系アメリカ人の詩であった。ウルマンについての詳細はウィキペディアでご確認いただくこととして、1840年から1924年、日本では幕末激動期から明治にあたる時期に生きた実業家、詩人、人道主義者として知られる人物である。詩人としては70歳過ぎてからであり、人道主義活動としては、黒人教育の必要性を訴えた歴史的経緯があるということが要因のようで、多くは実業家としての評価が占めているようである。
 さて、私がここで紹介するまでもないほど有名な詩かもしれないが、あえて紹介しておきたいと思う。訳詞はいろいろあるようだが、最もわかりやすく、背中を押してくれそうな訳詞を枝久保選ということで。

  歳月は、肌にしわを刻むかもしれないが、
  情熱を無くすと、魂がしわだらけになるのだ
  
  青春とは、人生のある期間を言うのではなく
  心の様相を言うのだ

  すぐれた想像力    
  たくましき意志    
  燃ゆる情熱 
  危機に立ち向かう勇猛心
  安易を捨て去る冒険心

  こういう様相を青春というのだ

  人は、年を重ねただけでは老いない
  理想と情熱を置き去った時
  人は、老いるのである

 70過ぎてから本格的な詩の世界に取り組んだウルマン。この「Youth]と称される青春の詩は、実は、自らの老いに立ち向かう情熱を檄する目的のようにも思えるのだが、実際に84歳という当時ではそう多くはない長寿を実現したことにつながっているのではないだろうか。そう思うと、現代にも通じるというか現代人の多くが忘れかけている高齢者への応援歌に聞こえてくるのである。へこたれてなるものかという想いが湧いてくるようではありませんか?