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No.3186 経歴詐称が発覚

2019.10.04

ファイル 1097-1.jpg  市長選に係ることとしてネットを見ていたら、添付のような内容がありました。
 以前から、このパワハラ関係は耳にしていました。この産経新聞の記事には名前が示されていませんが、時期的にはこの方で間違いなさそうです。裁判沙汰になった事件の本人ですから、自治体トップに名乗りを上げた以上、しっかりとした説明責任を果たしていただかないといけませんね。 まして、前市長の人格的要因で幸手市が全国的に信用を失い、私たち市民は恥ずかしい想いをした(今でも続いている)わけですから、同じテツは2度と踏んではなりません。
 

ファイル 1097-2.jpg さらにの話ですが、もう一つは、候補者本人が自ら語る10年前の福岡にある産業医科大学での教授就任時の挨拶です。本人が語っているというのが重い事実です。
「私は東京生まれの東京育ちで、そうは見えないかもしれませんが、東京から離れて住んだ経験がない」
ファイル 1097-3.jpg これは今回の選挙で配布しているチラシには栃木県西方村と記載されているので生誕地が異なります。このチラシが本当なのか、または産業医科大学入植時に経歴を偽っていたのかはわかりませんが、こういう虚言癖があるのでしょうか。単純に「間違えました」では言い訳として通用する状況ではないと思いますね。選挙なんですから。
 学歴にしても卒業ではなく修了というのは正規な学歴というイメージに遠く、やはり東大大学院の前の大学はどこを卒業したのかを示すのが本来ではないかと思います。東大を卒業してそのまま東大の大学院の専門課程を修了したのであればいいのでしょうが、東大は入っても出てもいないというのであれば、本当に卒業した大学を明示すべきでしょうね。
 生まれの詐称だけでも選挙戦では許されません。万が一、学歴詐称となるとこれはもう問題が大きすぎます。


 小生が最も問題視するのは、こうしたことを調べるどころか、知ろうともせずイメージで担ぎ出した元、現代表区長の皆さんの思考性です。この候補が市長になって、産業医科大学時代と同様の事件性が発生したら、可哀想なのは職員であり、はては市民にまで及ぶことになるでしょう。そうなった時、この方々の責任の重さは尋常ではないと考えますが、いかがなものでしょうか。
 小生は、こうやって人から恨みや憎しみをかうことが少なくないようですが、この市長選挙の重大さは人一倍理解しているつもりですので、正義正論を唱えることに躊躇することはありません。
 今号の内容は、冷静な判断を市民に求めるためにも、ぜひ真実の情報として拡散していただければ幸いです。

No.3185 違反行為野放し状態

2019.10.01

 今回の幸手市長選、私は4年前に引き続き木村すみお候補を応援しています。
 理由は、候補者本人の人間性とその考え方、幸手市の現況に精通し、なんとかしなければならないという切実な想いがしっかりと感じられるからです。
 ましてや、前市長の不祥事を生む原因を4年前の市長選に戻るならば、市民にも反省すべきところがあるし、そのためには何を基準に今回の新市長を選ばなければならないかとの判断をしているからです。

 №3181および3183でコンプライアンス遵守と、公職選挙法の問題を書き込みましたが、市民有権者の意識の中には、政策や人柄の確実性といった面より、見た目の興味、関心が投票の評価基準になることを平気で口にする人がいるようです。
 人としてのモラルの無さ、政治家としての倫理観の欠如、そして、市長としての責任感が希薄だったことが、前市長の今回の逮捕事件の大元にあったと考える市民がどれほどいるのかと首を傾げざるを得ません。4年前にこの人を選んだ結果が、幸手市にとって、幸手市民にとって恥ずかしさの頂点につながってしまったということですから、その時の61票差が返す返すもという重い反省につながるものと考えていましたが、あにはからんや。
 なんと、11名いる代表区長の数人が2月に行った区長会主催事業の流れから対抗馬の擁立をはかり、違犯行為を平気で活動している実態にはあきれるばかりです。区長を表面的にでも辞職すれば良いというものでもありませんが、中には辞職もせずに堂々と区長の肩書を選挙に活かしている方もいます。

 先の日曜日は各地で地区民祭が行われ、それを意識して候補者を連れまわした区長の存在がありました。開会式で挨拶をした区長が、直後から候補者を連れて場内を紹介し、握手をするよう勧めて回る選挙活動をしたのです。完全な違反行為ですが、悪びれる人物像はそこには見られません。挨拶は区長として、紹介行為は個人としてやっているという理屈のようですが、実際は違反行為そのものです。
 法を守る精神がそこには微塵もないわけで、そういう人物が長く区長をやっていることも問題なのかもしれません。区長とは市から委嘱され、収入を得て地域のまとめ役としての職制を任じられている人です。人としてのモラル無さ、区長としての倫理観の欠如予備、責任感の取り違えは、正に前市長と相通ずるものがあるではありませんか。
 また、この候補者の選対本部長は、代表区長会の副会長だった人で、前市長の親戚です。
 
選挙直前にその立場を辞職しましたが、こうしたことを考えるにつけ、今回の市長選に新たな候補を担ぎ上げた人物グループ像が浮かび上がってきます。
 問題は、担ぎ上げられた候補者ではありません。担いだバックにいるグループ像に感じられるのです。今回の選挙で、前市長を支えてきた特定グループが勝利することは、当然、そうしたしがらみが更に勢いを増すことになるでしょう。それは前市長の市政運営理論の継続につながることは必定です。特定団体や組織に補助金がどんどん使われる可能性も。そういう意味では新市長は傀儡的存在でしかなくなるでしょう。候補者に問題はないと言っても、政治行政の経験ゼロで、幸手市をよく知らない候補者であることは間違いないわけです。
 また、今後幸手市で行われる選挙で、区長という存在が違反にかまうことなく堂々と活動をすることが暗黙の了解となるのも間違いないでしょう。
 選挙とは、民主主義を標榜する最高位に位置するものであり、世の中で最も公平性と公正さを求められるものです。それを理解できないイケイケどんどんの人たちが闊歩する街・・・そんな街にさせていいのでしょうか? もうそうした状態から脱皮するべきなんです!!

 私はそう考えてこの市長選を幸手の良識の最期の砦と位置づけて木村すみお候補を応援しています。信じていただける市民が多いことを祈っています。

No.3184 きずな№3

2019.09.28

 昼夜の寒暖差によるせいか、少々鼻かぜっぽい症状に見舞われ、ティッシュペーパの消費量が進んでいます。消費税アップの前に買いこんでおこうかと思いましたが、置き場のこと考えてる?と言われて、それもそうだねと納得。そういう家内も小生より若干重い状態となっています。どうも就寝時が蒸し暑く、深夜過ぎから気温が下がることへの寝ながらの掛布団対策が徹底出来ていないことが原因なのかもしれません。気をつけなければと思いつつも、寝入ってしまうと能動的ではなくなるのがまずいと自覚してはいるのです・・・が、今夜はどうか???

 4月、6月と発行してきた広報誌「きずな」の3号が完成し、順次配布しているところですが、市内全世帯向けの部数までは作成しておりませんので、ブログでご紹介することにします。ご高覧いただければ幸いです。
 №3は、市長選特集ページを4面に設定して、私の想いを綴っています。紙面の大きさはA4版4面付けの体裁で作成していますが、今号では1面及び4面だけの紹介として、一般質問主体の2と3面は後日にさせていただきますのでご承知おきください。
 

ファイル 1095-3.jpg  ファイル 1095-2.jpg
 

No.3183 公職選挙法第135条及び136条の2

2019.09.27

 幸手市長選挙の告示日を2日後に控え、気持がグッと入れ込んでくる感じがします。ただ、これまでの選挙と異なるのは、神経戦に近い感覚が、いつもとは違うなあと感じることです。原因は、急遽出馬をした候補予定者を支援する方々に選挙運動をすべきではない人たちがいて、それも堂々と運動しているということかと感じています。許せないという想いと、しっかり取り締まらないものかなあという想いの交錯です。

ファイル 1094-1.jpg 区長という立場は多くの市町村において、選挙のたびに投票所で投票管理を依頼されます。つまり投票管理者です。添付資料をご覧ください。明確な法規定のもとに選挙活動が出来ない対象になっているのが区長です。
 ですから、それがために数人の区長が区長辞職届を委嘱者である幸手市(幸手市長)に提出した事実があるわけです。どんな運動をしているかというと、候補者を連れて戸別訪問をしたり、会合の案内ビラをポスティングやピンポン配布したりといった行為が実態となるのです。告示日が過ぎると選挙カーのドライバーになるなどといったことも推測されます。
 辞職届を出す出さないの問題ではありません。選挙後に元に戻るなどというのでは単なる法逃れの便法にすぎないのです。辞職届を出していない区長さんが紹介行為で特定地区を本人を連れて歩いているという情報もあります。
 幸手の一部区長さんは狂ってしまったのでしょうか。
 それほどまでに積極的になる理由はどこにあるのでしょうか。

 公職選挙法第135条では、選挙事務関係者、この中には投票管理者が含まれますので、当然区長は選挙運動禁止対象です。
 また同法第136条の2では、すべての公務員は一般、特別、常勤、非常勤を問わず、その地位を利用して選挙運動をすることは禁じられています。その地位を利用しなければいいという理屈は通用しないでしょう。肩書と言うのは目に見えるものではありません。しかし、その目に見えない肩書を背負って職務をしている限り、まわりは区長という地位を外してみることはあり得ません。
事実、個人としてやっていると公言する区長がいると言いますが、正に屁理屈というものです。ケジメもモラルもない特定の感情が引き起こす違法行為としか考えられない実態です。
 いい大人が平気で犯す公選法違反行為が摘発される例が少ないことも、政治の堕落や地域の疲弊の根源になっているのではないかと感じる次第です。自分がまっすぐだとは言い切りませんが、こんなことがまかり通る事実は、幸手で行われる今後の選挙でタイトルの法律は無きがごとくに等しいということになるでしょう。
 やるせない想いが異質の疲労感につながっている。そんな感じです。

No.3181 コンプライアンスの無い街

2019.09.21

 ラグビーワールドカップが開幕した。防具に身をまとったアメリカンフットボールと違い、シャツと短パンだけの大きな身体がぶつかり合う迫力は、見る人の心を掻き立てる。プレーが流れるように楕円のボールを追い続ける点でもアメラグと異なる。ワクワク感というのか、試合が進むうちに興奮の度合いが最高点に引き込まれる点ではナンバーワンスポーツと言ってもよいのではないだろうか。1ヵ月半にわたる熱戦で、いったいどんなドラマが繰り広げられるのだろうか。

 ドラマが繰り広げられると言えば、市長辞職で前倒しになった幸手市長選。おかしな動きが展開しているようだ。幸手市には、およそ100人強の区長さんが各地域で地域福祉やコミュニケーションの醸成に尽力されている。その区長さんを地域ごとに束ねる代表区長が11人いるのだが、このうちの何人かが選挙運動をしているというのだ。これは当然のこととして尋常ではない。
 区長という立場は、非常勤公務員という身分ゆえ、警察、消防、教員、役所職員等々の公務員同様、選挙活動はご法度の領域となっている。
 

 それが、候補者を連れて戸別訪問で紹介して歩く、集会の案内を配る、記者会見に同席するといった行動を実行しているのが実体なのだ。秘密裏に動くといった類ではなく表立っての活動であるから、もはや何をか言わんやなのである。
 中には、辞表を市の市民協働課に提出した区長もいるようだが、地元に表明していなければ、選挙が終わって元通りといった体裁だけの法逃れと指摘しておきたい。代表区長が忙しいことは、私も昨年経験しているので理解している。順番と抽選で決まる香日向の場合と違い、他の地区では何年も同じ人が代表区長を続けている例が少なくない。前述したように忙しいことは事実なので、他に手を上げる人がそうはいない。そのような重職なので10年以上も代表区長を続けるという例もある。当然、地区の顔にもなってくる。と言うことは、辞表とは名目上で、選挙が終われば他にやるという人が現れないと考え、選挙が終わったら復活すればいいという予定の行動と言える。
 そういう人たちが、選挙で暗躍どころか表だって特定候補者の選挙活動をすることが許されていいはずがない。

 そもそも、全国に幸手の恥が波及した原因は、前市長の倫理、道徳、モラルといった人としての資質欠如に加え、深夜のバーで女性への暴力行為という、まったくもってコンプライアンス精神が欠如していたことによる辞職から、新市長選挙という経緯をたどっているのだ。
 この経緯をふまえれば、清新な幸手市に生まれ変わらなければいけないのに、今度は街の重鎮とも言うべき代表区長がコンプライアンス精神をかなぐり捨てて、やってはいけない選挙活動を実践している現実に直面している。この現状は幸手市にとって恥の上塗りでしかない。いや、この状況が広くは知れることは無いとしても、違法行為が街のリーダーによってまかり通っている現実は、幸手市を清新な街にと訴えるのがむなしくなるし、良識ある市民に申し訳ないことだと思う。幸手の政治にかかわる諸悪の根源はこうしたところにあるのかもしれないと思うと怒りと悲しさがこみ上げてくる。
 今回の選挙は、市民にとっての出直し選挙だと思います。それは、幸手市民の民度+良識=民力にかかわることです。
 だ・か・ら、主役は市民!!! 顔を見て、握手をして、感じがいいから入れたというのでは真の市長が選べるわけがありません。それは、同じことの繰り返し、過去の二の舞というドラマを生むだけ。正義と違法のぶつかるトップ選挙にどんなドラマが待っていることやら。

No.3179 自民党埼玉県連

2019.09.18

 せっせと書き綴った8月と比べ、議会が始まった9月に入り、そのペースが一変したいへん恐縮です。にもかかわらず日々アクセスいただきますことに改めて感謝申し上げます。

 一昨日、自民党埼玉県連臨時大会が開催され「知事選に対するすべての責任は県連会長であり、選対本部長である私にある」として、新藤義孝会長が辞任し、後任に柴山昌彦前文科大臣が就任した。
 県連内に青島健太氏落選の責任を問う声が強かったことも理由だが、結果が出た直後から新藤氏は辞任を意識していたという報道が出ていた。流れは、その通りになったが、これで自民党埼玉県連もしかりだが、それ以上に自民党県議団の内部改革が完了したとは思えない。逆に、これでひとまず知事選の総括が終了したと上層部が考えていたとしたら大きなしこりが残るのは間違いないとさえ思う。その理由は、選挙を仕切ったのは自民党県議団だからである。いくつか考えることはある。
◆選対本部長は選挙の最高役職ではあるが、実務本部長ではない。勝てる気配でスタートした選挙が、なぜ終盤追い込まれ敗戦に至ったのか。
◆実際、選挙戦は各地の県議が仕切るという戦略指示が出ていたが、選挙カーの日程についても、各地で余裕のない連絡通達が常態化し、動員するにも時間的にかなり無理が生じていた。
◆行田邦子氏が出馬辞退をした時点で選挙の様相が大きく変わったにもかかわらず、戦略戦術に具体的な変化は見られなかった。選挙が終わってから、行田陣営の幹部が大野候補支援に回ったとの報道があったが、実務部隊はいったい何を練っていたのか。

 つまり、選挙全体が県連というより自民党県議団に委ねられていたわけだから、新藤会長の首をすげかえるだけでは本質的な選挙総括にはならないはずだが、実際はそうならなかったということでなる。いや、少なくとも私にはそうとしか理解できない。
 責任の本丸はどこか、誰か!をしっかり考え、論じないと、埼玉県はこのまましばらくは、国政とは異なる政党系の知事が長期化するだろう。
 しかも、上田知事の辞任挨拶時も大野知事の就任挨拶時にも自民党県議団は控室を空にした。議員が一人もいないというのは偶然であろうはずがない。わざわざ挨拶にくるのに、誰もいない時間帯にというのは考えにくい。ある自民党議員が大人げない対応を詫びたというが、会派党内にある議員の発言として許されるかどうかは別の問題として、私も同じ思いがしてならない。
 「16年間ご苦労様でした」「当選おめでとうございます。お手柔らかにお願いしますよ」と、何故言えないのだろうか。人としてこの程度のことは当然だと思うのだが、人と党は違うのだろうか。選挙は常にしこりを残し、ノーサイドにはならないという悪しき見本を若い人達にまで感じさせて良いはずがない。
 今後の議会運営はまたネジレ現象が続くことを連想させる。事あるごとに知事に不毛の論戦を仕掛ける自民党県議団でいいのだろうか。とすると不幸なのは県民であり、まさに県民不在の自民党県議団の対応との評価がつきまといかねない。このような旧・新知事への対応を指示した実態と、今回の選挙を実務上指揮した姿とが重なって見えて仕方がない。
 私の4年間では、前半は上田知事と良好な関係だった。議会前の議案説明を受けて、修正すべきは議論して修正して議会が始まったこともあったと記憶している。そうした調整機能をしっかり果たし、またそれが出来るのが最大会派の存在感だと思うのだが、現状、先が思いやられる。自民党しか国を、地域を託せないという想いで政治活動を続けているつもりの自分にとって、今の状況は残念かつ悲しくてならない。

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